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北の大地【1】

今回から新章です。











 それは、はたから見ればデートのようなものだったのかもしれない。とりあえず、イデオンは妙齢の女性、と言ってもスティナだが、彼女と休日に二人で歩いていた。

 と言っても、別にデートではない。イデオンの姉デシレアが新婚旅行から帰ってきたのだが、そのお土産を直接スティナに渡したいから連れてこい、と言われたのだ。自分で連絡を取って待ち合わせればいいのだが、何故か彼女はいつもイデオンを経由してスティナとの約束をとりつけるのである。


 デシレアは半年ほど前、スティナに助けられた経験がある。その縁でこの二人は結構仲が良い。押しの強いデシレアと頼まれると断れないタイプのスティナは、意外に気が合うらしい。


「ごめんね。休日なのに、無理言って」

「いや、別に。ヴァルプルギスが出なければ基本的に暇だから」


 スティナは素っ気なく答えた。七月になり、日は長くなった。ついでに、大学は夏季休暇に入り、スティナは現在学業に追われる状況にないのだ。

「本当に素直じゃないよねぇ。そう言うところが可愛いんだけど」

「うるせぇよ」

 スティナがばしっとイデオンの肩をたたいた。ツッコミ(物理)だ。痛くはないのでイデオンは笑っただけだった。

 平日ではあるが夏季休暇の期間だ。そのため、この大通りは結構人が多い。しかしまあ、はぐれたとしてもスティナはすぐに見つかるだろう。ちょっと人に埋もれているけど。


「スティナっ。捕まえて!」

「!」


 唐突にスティナの名が叫ばれた。スティナ、と言う名はこの国では珍しいわけではないが、あまりいないだろう。なので、今イデオンの隣にいるスティナが呼ばれた可能性が高い。

 実際、すぐさまスティナは振り返った。少し遅れてイデオンも振り返る。彼が振り返ったのとほぼ同時にスティナはこちらに向かって走ってきた男の首に腕を叩き込み、そのまま引き倒した。周囲がざわつく。


「良かったー。ありがと、スティナ」


 駆け寄ってきたのは見たことのある女性だった。サングラスで変装をしているが、間違いなく今を時めく歌姫フレイアことヴィルギーニアだ。

「え、何やってるの?」

「んんっ。そっちこそデート?」

「違うよ」

「おい、こいつはどうすればいいんだ」

 男の首をホールドしたまま抑え込んでいるスティナがのんきに会話をしているイデオンとヴィルギーニアに声をかけた。

「あんたも可愛いなぁ……」

 耳元で聞こえた言葉にさしものスティナも引いた。彼女が引き倒した男が鼻息荒くスティナを見ていた。思い出したようにヴィルギーニアが言う。

「あ、そいつ、私のスカートの中盗撮してたのよね」

「ちょ、そう言うことは先に言おう!」

 イデオンはツッコミを入れてスティナを引き起こした。さすがのスティナも変態に引いていたので彼女はあっさりとイデオンの腕の中に納まった。上半身を起こしながらひひひ、と気持ち悪い笑い声をあげる男をスティナとヴィルギーニアが睨み付けていた。


 しばらくして警察が到着し、その変態は盗撮犯として逮捕された。スティナが真正面から引き倒した時に頭を打っていたようだが、これは完全に正当防衛である。ぐうの音もでない。


「スティナ、協力ありがとね」


 簡単に事情聴収されて解放されたスティナとヴィルギーニアだ。たまたまそこにいたと言うだけで彼女に巻き込まれたスティナは、顔をしかめて「巻き込むんじゃねぇ」などと言っているが、本心ではヴィルギーニアを心配していると思う。


「たまたまあなたの髪が見えたのよね」


 スティナはこの国の女性の平均身長ほどの身の丈だ。そして、目立つのはこの銀髪。人に埋もれてはいるが、この日の高い夏の日、髪に光が反射して結構目立つのだ。

「つーか、あの変態に盗撮されたんだろ。大丈夫なのか」

 スティナが珍しくストレートに心配する言葉を投げかけた。同じ女性として、何か通じるものがあったのか。まあ、心配するのは当然であるが。

「いいのいいの。下にスパッツ履いてるし」

 そう言う問題なのだろうか。イデオンにはよくわからなかった。

「……私ならそこまで割り切れないが」

「ああ、スティナにも一応乙女心的なものはあるのね。ちょっと安心したわ」

 さらっとひどいことを言ってのけるヴィルギーニアだ。イデオンにはどちらかと言うとスティナの方が普通の感性に思えた。まあ、男は口を挟まないけど。

「ま、私は仕事柄露出が多いし。あなたが怪我をしようと気にしないのと似たようなものよ」

「……よくわからないが」

 スティナが首をかしげたが、とりあえずヴィルギーニアは結構気が強いと言うことがわかった。

「ま、デートの邪魔をしてごめんなさいね」

 その言葉でイデオンははっとした。腕時計を確認すると、約束の時間から三十分も過ぎている。


「スティナちゃん! 待ち合わせの時間が!」

「ああ……そうだった」


 スティナも思い出したように言った。あわてるイデオンに対し、スティナは冷静だ。

「うわー、すっかり忘れてたよ!」

「落ち着け。過ぎちまったもんはしかたねぇだろ」

 無駄に冷静なスティナにつっこまれ、イデオンは半泣きで「そうだね」とうなずくほかない。ヴィルギーニアは面白そうに二人を見比べる。

「なんだかんだでいいコンビね。待ち合わせていたのに、時間をとらせてしまってごめんなさいね」

「動いたのは私だ。謝られるのは筋違いだ」

 相変わらず、スティナの気の使い方は不器用だった。


 ショッピング中だったらしいプライベートのヴィルギーニアと別れ、イデオンとスティナは約束の時間に四十五分も遅れてたどり着いた。ありがたいことに、約束の相手はまだ待ってくれていた。

「遅い!」

「ごっ、ごめん!」

 開口一番、イデオンの姉デシレアが叫んだ。イデオンはいつもの癖でとっさに謝ってしまう。

「痴漢を捕まえてて……」

「あんたが?」

「ううん。スティナちゃんが」

 そう言うと、デシレアがスティナを見て微笑んだ。

「相変わらず男気見せてるのね」

「……遅れてすまない」

「もういいわよ」

 そう言ってデシレアは首をかしげた。明らかにイデオンの時と態度が違う。思わずむくれていると、デシレアの夫であるドグラスが慰めるように肩をたたいた。


「そう言えば、貢物だ」


 スティナがそう言って四角いミュージックメモリをデシレアに差し出した。デシレアは「言い回しが独特ね」などと言いつつ受け取る。彼女の目が見開かれた。


「こっ、これはっ! フレイアの最新曲!? 発売前なのに、いいの!?」


 しかも本人のサイン入り! とデシレアの興奮は最高潮だ。ヴィルギーニアが邪魔して悪かったから、と発売前のミュージックメモリにその場でサインして渡してくれたのだ。

「それをくれた本人がいいって言ったんだから、いいんだろ」

 とスティナはぶっきらぼうに言う。とりあえず、デシレアの機嫌は取れたようだ。ヴィルギーニアに感謝。いや、元はと言えは彼女のせいなのか。まあ、状況的に仕方がなかったけど。

「俺達がお土産渡すはずなのに、もらっちゃったな」

「ああ、本当ね。でもうれしい」

 ドグラスとデシレアは微笑みあう。仲がよさそうで何よりだ。二人は新婚さんなのだ。

 少し遅くなってしまったが、昼食をとろうとレストランに入る。相変わらずのスティナの大食漢ぶりだが、それに驚く三人ではない。何度か一緒にご飯を食べに行っているので、慣れているのだ。

 おそらく三人前はあったであろう食事をすべて平らげ、さらにデザートのアイスクリームを食しているスティナに、デシレアが「はい」と大きな紙袋を渡した。ずっとドグラスが持っていた紙袋で、やたらと大きいので中身が気になる。


「お土産よ」

「……ありがとう」


 常識はわきまえているスティナは、ちゃんと礼を言ってそれを受け取った。中身を見たスティナは一瞬固まり、そして、お土産だと言うアプリコットカラーの大きな毛玉のようなものを取り出した。……テディ・ベアだ。しかもでかい。人間の赤ちゃんくらいのサイズはある。


「可愛いでしょ」


 ニコニコとデシレアは言うが、可愛いと言う言葉はスティナにとって難易度が高かろう。イデオンはスティナの口から「可愛い」などという言葉を聞いたことがない。

「……可愛いけど」

 イデオンは驚いた。スティナ口からそんな言葉が聞けるとは思わなかった。ついにデレ期に突入したか。そのスティナは気に入ったのか、テディ・ベアの頭を撫でている。

「気に入ってくれてよかったわ」

 デシレアもニコニコしている。スティナはそのままお土産のテディ・ベアを膝に座らせた。その様子が思いのほかかわいらしく、イデオンは携帯端末を取り出すが。

「おい。撮るな」

「え、駄目?」

「お前、絶対リーヌスに見せるだろ」

「……うーん」

 否定できないかもしれない、と思った。スティナを妹の如く可愛がっているリーヌスだ。たとえ部下であろうと可愛い妹に近寄る男に容赦をしないシスコンなのである。明日、出勤したら今日のことを聞かれる可能性は高かった。

「仲良しだね」

 ヴィルギーニアにも同じことを言われたが、ドグラスにも言われた。スティナは顔をしかめたが、イデオンはヘラリと笑う。

「悪くはないよね」

「……」

 スティナは否定も肯定もしなかったが、テーブルの下でイデオンの足を蹴った。


「ねえスティナ。これから時間ある?」

「……とくに予定はないが」


 デシレアの唐突の問いにスティナはそう答えたが、少し間があった。何かよからぬことを感じ取ったのだろうか。スティナは運が悪いわけではないが、無駄に引きがいい。主に悪い方向に。

 スティナの返答を聞いたデシレアはパッと笑う。

「じゃあ、ちょっとショッピングに行きましょうよ。スティナっていっつもクール系の服でしょ。きれい系の顔立ちだし似合ってるけど、こう、もうちょっと女の子っぽい服を着てるところも見てみたいと言うか」

「いやいや、デシレア。お前、スティナの彼氏じゃないんだから」

 ドグラスがツッコミを入れた。確かに、彼女のかわいらしい恰好が見たいと言う彼氏のようなセリフである。

「いや、きれい系の顔だけど可愛いし、絶対フリルも似合うなぁって。イーリスはそう言うの着てくれないし」

 すでにイーリスに対しては実行を試みた後だったらしい。確かに、やや変人が入っているイーリスは着てくれないだろう。


「……自分で着ればいいだろ」


 スティナからもっともなツッコミが入ったが、結局押しに弱い彼女はデシレアに連れまわされた。そして、男性陣もそれに付き合うことになった。

 人はこれをダブルデートと呼ぶ。まあ、一組には自覚がなかったが。










ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


スティナとイデオンのこのなんとも言えない関係(笑)

完全にデートです。


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