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家族の肖像【9】

世の中ゴールデンウィークですね。うちは田植えをしなくちゃですよ……。











「結論から言うと、マーユちゃんにはエクエスの力がある」


 オルヴァーの言葉に監査官と討伐師たちはやっぱりな、と思ったし、オークランス一家(スティナをのぞく)は顔をこわばらせた。


「リーヌスに似た知覚系能力だから、引っかからなかったのかもしれないが……」


 オルヴァーが首をかしげる。エクエスの力を持つ者の探し方を聞いたことがあるが、結構適当だった覚えがある。どちらかと言うと、勘だ。みんなは予知だ! とか言っているが、イデオンには勘としか思えない。統計学で出そうなところを探ってんだよ、というスティナの適当な回答の方がまだ信用できるくらいだ。いや、たぶんスティナのこれも嘘だが。


「ということは……この子も、討伐師に……?」


 母親のリナが震える声で言った。すでに一度、子供を討伐師にするべく手放しているのだ。二度も同じことがあるのはつらいだろう。おそらく、スティナの両親が彼女を手放したことを後悔しているのは本当だと思うから。

 母親の懸念に、オルヴァーは首を左右に振った。

「いえ、力が弱すぎるので、訓練を受けたとしても討伐師にはなれないでしょう」

 その言葉を聞いてリナはほっとした表情になる。一方の張本人マーユは意外にも不服そうだった。

「でも……どうしてうちの子ばかり……」

 リナが泣きそうな顔をする。エドガーが彼女の肩をポンポンと叩いた。ロビンがくるっとスティナの方に顔を向ける。

「姉さんの影響?」

「……さて。どうだろうな」

 返答が面倒くさいのか、スティナが適当に受け流した。ロビンは気にした様子もなく、「そう言うのの研究も面白そう」とか言っている。そして、オルヴァーと盛り上がる。本当に何なのだろうか、この二人。一回り以上の年の差があるはずだけど、気が合いすぎだろう。


「スティナの力に引っ張られたのはあるかもしれないけど、どちらかと言うと血統の可能性が高いわね」

「血統? 血筋ってことですか」


 エイラの言葉に食いついたのはロビンだった。エイラは顔半分を眼帯で覆っているのだが、ロビンはそれを怖がる様子はない。マーユと言いロビンと言い、さすがはスティナの弟妹。メンタルが強い。

「ええ。実際に兄弟で討伐師候補として訓練を受けている者もいるわね。親子でって言う人も多いわ。そこのリーヌスなんかも、母親が討伐師だったし、彼自身にも弱いけれど、その力があるのよ」

 ニコリと笑ってエイラが言った。ロビンは「へえ」と興味深そうだ。


「マーユにスティナと同じような力があるのは理解しましたが、それで、何か生活に影響などはありますか」


 尋ねたのはエドガーだった。切り替えが早い。なんと言うか、オークランス家の男性陣は全体的に強い。

 尋ねられたのはマーユの検査をしたオルヴァーだったが、答えたのは総帥であるマテウスだった。

「別に生活に影響はないと思いますよ。ちょっと霊感が強い、くらいに思っておけば大丈夫です」

 マテウスのとんでもないたとえにリナは不安げにマーユを見たが、本人はやはりけろりとしている。男性陣だけでなく、妹も強い。

 正直、討伐師の『大丈夫』は一般人にはあてにならないのだが、そこは黙っておく。だって、イデオンに聞かれてもどうすればいいかなどわからない。

 ヴァルプルギスは、討伐師……ひいてはエクエスの力を持つ者の肉を好んで食うと言う。そのため、マーユが狙われる可能性が高くなったのだが、そこは指摘しなくてもいいのだろうか。みんな黙っている。


 イデオンはちらっとスティナを見た。彼女は、マテウスと言葉を交わしている父親をじっと見ていた。その表情からは、相変わらず感情も考えも読み取れない。だが。


 優しいよなぁ、と思う。きっと、彼女はマーユにとって何が最善か考えている。


 マーユが討伐師になることはない。訓練を始めるにはちょっと大きくなりすぎているし、たとえ力があったとしても、スティナが彼女を討伐師にはさせないだろう。彼女は、そう言う子だ。

 だけど、スティナはそれを誰にも言わない。口に出さないし、顔にも態度にも出さない。だから、彼女について勘違いするものも多い。

 たぶん、マテウスもエイラも、他のみんなも。スティナがどう出るのか見ているのだ。イデオンはふとそんなことを思った。
















「スティナ」

「何」


 本部を出る直前、自分を呼び止めたエドガーにスティナはいつものようにつっけんどんに返した。

「今日の午後、俺たちはフリュデンに戻る。お前、無理しないようにな」

「ああ、聞いてる。とっとと帰って私に平穏な時間を返せ」

 さりげなくひどいセリフだが、翻訳すると「気を付けてね。私も大丈夫だから」になる。スティナの日常が平穏かどうかははなはだ疑問であるが。何しろ、彼女は無駄に引きがいい。これで宝くじでも当てればいいのだが、そう言った『運』は彼女にはない。ただ、面倒事に対する引きが強いのだ。

「フェルダーレン中央駅から、午後十七時半に出発するエクスプレスで帰る予定だ」

「そうか。乗り遅れたら指さして笑ってやる」

「お前の笑顔が見れるならそれもいいかもな」

「……」

 スティナ、墓穴を掘っている。イデオンもちょっと笑っているスティナを見てみたい。本人はイデオンが自分の中にいる時、笑う自分を見て気持ち悪いと言っていたけど。

「できれば、見送りに来てくれるとうれしいな。今日は外泊なんだろ」

「……それはそうだが」

「でも、無理しちゃだめよ。元気そうに見えるけど……」

 リナが心配そうにスティナを見て言った。何かとスティナに対して含むようなところがあったリナだが、単純に彼女は素直なだけなのだろう。スティナを心配しているのも本当だし、どう接していいのかわからない、と言うのも本当なのだろう。その感情が素直に出るから、スティナに対してどうしても含むような物言いになる。


「それじゃあ、ホテルに荷物を取りに行かないといけないからな。スティナ、お前に会えてよかった」

「見送りに来るんなら差し入れくらい持ってきてよね」


 つんとしてマーユが父親に続いて言った。ずうずうしい物言いだが、微笑ましい。一家四人を見送ったスティナに、イデオンは話しかける。

「見送り、行くでしょ。差し入れ見つくろうの手伝おうか」

「……うるせぇよ」

 いつもより若干覇気にかける口調でスティナは言った。イデオンはははっと笑う。

「やっぱり、飲み物とか、車内でつまめるものとかがいいかな」

「誰も聞いてねぇよ」

 そう言いながらもスティナがちゃんと聞いているのがわかるので、やっぱり微笑ましいイデオンであった。
















 一応入院中の身であるスティナは、今日中に病院に戻ることになっている。明日には転院する予定だから、その前に現在入院中の病院に戻る必要があった。

 それでも、スティナは午後五時半にフェルダーレン中央駅に、家族の見送りに来ていた。


「ん」


 スティナがずいっと差し出した紙袋を受け取ったマーユは怪訝そうな表情になる。中に入っていたジュースや菓子を見て、それから顔をあげてスティナを見た。

「……センス悪い」

「うるせぇ。いらないなら返せ」

 そう言って本当に手を伸ばしたスティナに、マーユは受け取った紙袋を抱きしめて首を左右に振った。


「嘘よ。……ありがと」


 素直に礼を言えるマーユは、スティナと違ってまだすれていないようだった。

「いやいや。悪いな、スティナ。だがありがとな」

 エドガーが微笑んでスティナに言った。スティナは「別に」と視線をそらす。ロビンが笑い声をあげた。

「姉さん、そんな態度だけど、結構面倒見いいよね」

 イデオンもロビンと同意見だ。さすがはアカデミーで子供たちの面倒を見ていただけある。なんと言うか、頼られると断れないタイプだ、彼女。

「スティナ。その、よかったら、またうちに来てね。おじいちゃんとおばあちゃんにもあってあげてほしいの」

 控えめにリナが声をかけた。スティナは「気が向いたら」と適当に返事をしていた。この様子ではたぶん、行かないだろう。


「スティナちゃん」


 イデオンはスティナを小突く。彼女は渡したいものがあると、この短時間で作り上げたものがある。まあ、彼女だけの力では不可能だったのでオルヴァーに援護を頼んだが。

 せっつかれたスティナは再びマーユに向かって何かを差し出した。マーユは再び受け取る。それは、白いひものようなもので編み込まれたブレスレッドのようなものだった。

「……何これ」

「お守り」

「手作り感満載だけど」

「そりゃあ、私が作ったからな」

「……意外な特技ね」

 実際にはオルヴァーの手直しが入っているが、残念な料理の腕前に比べると、スティナは編み物の才能は有る方だった。


「気休めにすぎないが、私の力が込められているから、簡単なヴァルプルギス除けくらいにはなるだろ」


 たぶん、とスティナが心の中で付け足したのがわかった。実際には、ヴァルプルギスだけをはじく結界などはないので、本当に気休めに過ぎない。ただ、スティナの強力な『浄化』の力が込められてるからたぶん嫌がって近づかないんじゃね? というのがオルヴァーの見解だった。

 だが、思い込みの力とは結構バカにならない。気休め程度でも、『守られている』という安心感は得られる。

「……一応、もらっておくわ。ありがと」

「お前に何かあっても目覚めが悪いからな」

 素直じゃないなぁ、とイデオンは笑った。エクスプレスの発車時刻となり、音楽が鳴りだした。スティナが少し電車から離れた。

「……それじゃあ」

「ああ。何かあっても、フリュデンにも討伐師は常駐してるから」

「……そうなんだ」

「ああ」

 この二人、もう少しどうにかならないのだろうか。電車の扉が閉まり、スティナはもう少し後ろに下がった。電車の中から手を振る家族を、スティナは怪訝に見つめる。


「手、振ってあげなよ」


 イデオンがせっつくと、スティナは手をあげて軽く振った。ゆっくりとエクスプレスが動き出す。その姿を見えなくなるまで見送ったスティナはなぜかイデオンの腹に肘鉄を入れた。

「痛っ。突然何するのさ」

「うるさい」

 スティナが顔をそらしてずんずん歩いていく。イデオンは笑いながら彼女を追いかける。

「よかったね。ご家族とも話、弾んでたし」

 イデオンが指摘すると、スティナはもう一度「うるさい」と吐き捨てるように言った。本当に素直ではないが、やはりそこがかわいらしいと思った。










ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


平然と出歩いていますが、スティナは入院患者であります。


これで第4章も終わり。次は第5章に入っていきます。出張に行きます。内容的には、

「お前、しゃべらなければただの美女だからしゃべるな」

「うるさい」

こんな感じです。


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