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家族の肖像【8】










 結界内はまだ片付いていないようだが、先にヴァルプルギスを討伐したオルヴァーとスティナが出てきた。リーヌスも一緒だ。何気に巻き込まれているイデオンとリーヌスであるが、二人は事後処理をもともとの担当監査官に丸投げすることに決めていた。

 一応まだ入院患者であるスティナだが、シャツにカーディガンを羽織り、オルヴァーたちと大差ない恰好をしている。今回の討伐で特に怪我もなかったので、パッと見は元気そうに見える。いや、元気だけど。

 そのスティナは自分の家族の近くにいる壮年の男性を見るとまっすぐに彼に近寄りその胸倉をつかみあげた。


「てめぇ……っ!」

「久しいな、スティナ。相変わらず無茶してるらしいな」

「うるせぇよ!」


 スティナがその細い体からは想像できない万力で男性の体を揺さぶった。


「お前、私の家族をおとりにしただろ!」


 スティナの言葉に、男性……討伐師統括責任者マテウス・アールベック。正確な年齢は知らないが、四十代前半くらいか。討伐師全体の平均年齢が三十歳前後であることを考えると最古参と言っていいだろう。討伐師はたいていそうだが、整った顔立ちをしている。

 めちゃくちゃ背が高いわけではないが、ミカルと張り合えるくらいの長身で、マテウスの方が体格がいい。そんな男をスティナは揺さぶって怒鳴っている。

「ふざけるなよ。私の血縁とはいえ、一般人だぞ!」

「スティナ」

 マテウスがスティナの肩をつかみ、自分から彼女を引き離した。

「相変わらず優しい娘だ。家族は苦手なんじゃなかったのか」

「……」

 スティナはマテウスの胸ぐらをつかんだまま視線を逸らした。そこに、パン、と手をたたく音が聞こえた。


「はい、スティナ。ちょっと落ち着きましょう。マテウスもスティナの神経を逆なでしない」


 珍しく現場まで出てきたエイラだ。車いすに座り、顔の半分を眼帯で覆っている姿だ。つまり、いつも通り。

「なんでエイラまでいるんだよ」

「スティナ、エイラにまであたるな」

 リーヌスがスティナの頭をはたいた。オルヴァーが「そいつ、頭怪我してんだけど」と一応ツッコミを入れていた。

 ひとまず姉、兄と慕うエイラとリーヌスにつっこまれ、スティナは落ち着きを見せたようだ。とりあえずマテウスから離れた。


「説明なしにお前の家族を利用したのは事実だ。悪かったと思っている」


 マテウスの悪びれない謝罪に、スティナは彼を睨み付けた。だが、それでひるむような討伐師総括責任者ではない。伊達に討伐師を束ねる男ではないと言うことか。

「だが、荒療治だがお前にも家族愛があるとわかったわけだ。よかったな」

「とぼけてんじゃねぇぞ。人を利用しておいてそれか。新月の夜に後ろから切り捨てるぞ」

「スティナちゃん。言ったら意味ないよ」

 奇襲はいつされるかわからないから成功するのだ。思わずつっこんでしまったイデオンである。リーヌスに無言で命じられ、イデオンはスティナの背後に回った。マテウスを奇襲しようとしたら止めろ、と言うことだと解釈したのだ。

「はっはっは。今のお前には勝てんだろうなぁ」

「マテウスもそんなこと言うのはやめてちょうだい。士気が下がるわ」

 エイラが飄々としたマテウスにツッコミを入れた。もう、つっこみどころが多すぎる。

「この病院に巣食っていたヴァルプルギスがなかなかしっぽを見せなくてな。たまたまお前が入院したと聞いたから、ちょうどいいと思ってな」

「何故それでおとりを使うことになるのかわからん」

 それは確かに。しかし、さすがにここは人払いしてあるとはいえ病院だ。詳しい話はできない。そんなわけで監査室本部に移ろうとしたのだが。


「あ、私入院中だ」


 一緒に出て行こうとしたスティナがそうつぶやいた。そのため急遽外泊の申請をしに行くと言うハプニングがあったが、とにかく本部に移動できた。


「で、どういうことだ説明しろ。理由如何りゆういかんではその首本気で挿げ替える」


 『その首』がどの首を指すのかは不明であるが、スティナの眼は本気だった。

「ああ……そうだな」

「……なんだ?」

 思いのほか真剣な表情で返され、スティナの方が戸惑っている。マテウスは指を組んで両肘をテーブルに乗せた。


「例えば、お前が現在の討伐師を相手取って戦おうと思ったら、まずどうする?」

「はあ?」


 スティナが思いっきり怪訝な表情になった。それは彼女だけではない。イデオンやリーヌス、エイラですら不思議そうだ。

「いいからお前の考えを教えてくれ」

「……」

 スティナが眉間にしわを作る。少し間を開けてから答えた。

「まあ、まずは一番上にいる奴をどうにかするな。指揮官がいなくなれば、総崩れだ」

「一般的にはな。だが、討伐師は軍隊ではないぞ」

 軍隊は指揮系統重視で、下の者は上の者の命令に従うのが鉄則だ。そのため、上がいなくなればその軍隊はもう機能しない。しかし、討伐師は各々の判断で動いている面が大きい。そのため、スティナの言った『鉄則』は当てはまりにくい。


「……まあ、否定はできないが……だが、指揮官であるマテウスやエイラ、ミカルは絶対に何とかしたい。協力者が何人いるかにもよるけど、特にミカルは早急に倒しておきたいな。真正面から戦っても勝てる気がしない」


 そんなに強いのか、ミカルは。話の流れが全く読めないので、イデオンは妙なところに感心した。

「だろうな。私でもそうする」

「……何が言いたい」

 スティナが促すと、マテウスは「つまりだな」と彼女を指さす。


「私が、次の総帥はお前だと考えていると言うことだ」

「……」


 沈黙が降りた。マテウスの向かい側で頬杖をついていたスティナがその腕を降ろした。


「……いや、やっぱり意味が分からない」

「私がお前の能力を買っていると言うことだ。私も、そろそろ肉体的に限界が――」

「いや、そっちじゃねぇよ。私の家族をおとりに使って何を見ようとしたんだ」

「なんだ。わかってるんじゃないか」

 マテウスはそう言って笑った。


「お前の言った指揮官の話だ。私、エイラ、ミカルがいなくなれば、その指揮権はお前に移譲される。命令書にもそう書いてある」

「……マジか」


 さすがのスティナも想定外か、呆けたようにつぶやいた。

「何と言えばいいんだろうな。お前には実力も求心力もある。私なら先にお前も始末してしまう。お前が入院して、その病院にヴァルプルギスがいて、さらにお前の家族が来ていると聞いてちょうど良いと思った」

 スティナが狙われているか、確認しようと思った、と言うことだ。

「もちろん、先にご家族を保護したんだが……妹さんのことは誤算だった。今、オルヴァーが調べているが、彼女、おそらくエクエスの力があるな」

「……まあ、エクエスの力って遺伝するみたいだし、お前の両親のどちらかにもともと因子があったんだろうな」

 リーヌスが冷静に言った。エクエスの力が遺伝する、と言うのは本当だ。実際に、リーヌスの母親は討伐師だったらしいし、ミカルに至っては両親、そして祖父も討伐師だったと言う話だ。なので、スティナと同じ血を引くマーユに討伐師としての力があっても不思議ではない。

「病院に連れてきてんなら、保護しても同じだろ。エクエスの力をかぎ分ける能力に関して言えば、人間よりヴァルプルギスの方が上だ」

 人を食らうヴァルプルギスだが、食う人間は選ぶようだ。エクエスの力がある方がうまいらしく、被害者はエクエスの力を持っていることが多い。ただ、力が強すぎると逆に浄化される、と言うのも検証済みである。


 あの病院のヴァルプルギスが反応したのは、討伐師であるスティナが入院したこと、そして、同じく力を持つ彼女の家族が出入りしたことが関係しているのかもしれない。まあ、オルヴァーとリーヌスも出入りしてたけど。


「っていうかさっきからスルーされてるからツッコむけど、マテウスの言いようだと、誰かがヴァルプルギスを操ってるみたいに聞こえるわよ」


 エイラがついに指摘した。実は、イデオンも気になっていたのだが自分の思い違いかと思い、指摘できなかったのだ。どうやら自分だけでなかったようでちょっと安心した。

「その可能性もある、と言う話だ。実際、スティナは狙われただろ」

「本人にその自覚がないんだが」

 マテウスの指摘にスティナが首をかしげる。確かに、彼女は鈍いと言うか、刺客に襲われてもけろりと反撃しそうだ。そして、自分が狙われたと気付かない。うん。ありうる。


「……まあ、タイミングは良すぎるとは思うけど」


 リーヌスが少し顔をしかめて言った。

 こういう時は、最悪の方向に物事を考えておくべきだ。その方がダメージが少なくて済む。

 内通者がいてヴァルプルギスを操る存在がいて。もしかしたらその両者は通じているかもしれない。討伐師を殲滅しようとしているかもしれない。そこまで考えておくべきなのかもしれない。

 こんこん、と臨時の会議室になっていた総帥の執務室にノックが響いた。マテウスが入れ、と言うと、ひょこっとオルヴァーが顔をのぞかせた。


「マーユちゃんの検査が終わったぞ」


 その言葉はスティナに向けられていたが、彼女は微妙な表情を浮かべただけだった。










ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


討伐師は定年50歳設定。そもそも、その年齢まで生きているひとはあまりいません。平均年齢は低めとなります。


最近スティナが情緒不安定。


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