家族の肖像【6】
その日、テレビはフェルダーレン中央駅付近の交差点で起きた事故のニュースでもちきりだった。薬物を摂取した男の車が赤信号を無視して数台の車にぶつかりながら車道を走り、挙句に歩道に乗り上げた。
この事故で運転していた男は胸と足を強打し、病院に搬送された。そのまま書類送検されるだろう。
不運なのは被害者だ。巻き込まれた車は七台。うち、二台は運転手と同乗者が腕や額を切るけがをした。こちらには重傷者はいなかった。ぶつかったと言ってもかすった、と言う方が近いようだ。
一方の歩行者側。重軽傷者が十六名とかなりの被害が出た。それでも死者がいなかったのは、最も危険な位置にいた人物が人より体が丈夫である討伐師スティナだったからだ。ちょうど車が突っ込んできた真正面にいたらしい。そしてそのまま建物と車の間に挟まれる形となったと聞いている。その前にその車は女性を一人はねており、彼女とスティナが重傷者二名に数えられている。
「ほい。見舞い」
「あ、花は飾っておくね」
スティナはリーヌスが持ってきた菓子とイデオンが持ってきた花束を見て眼を細めた。どうやら、彼らが見舞客第一号だったらしい。
彼女が搬送されたのはフェルダーレン大学付属病院だった。もう一人の重症者の女性もこの病院に入院している。
スティナが事故にあったという情報は、まず彼女の身元引受人であるミカルの元に届いた。その後にたまたま首都に来ていた彼女の家族に届けられたが、結果として先に来たのはミカルから情報をもらったリーヌスとイデオンだった。
「スティナ、マドレーヌ食うか?」
「食う」
横になっていたスティナがのそりと身を起こした。頭には包帯、頬にはガーゼ。右腕は固定され、見えていないが胸部や腹部にも包帯が巻かれているはずだ。
「頭部挫傷に頬部擦過傷、右上腕骨の骨折に右第二、第三肋骨にヒビ。腹部には打撲傷。左足は捻挫だったか?」
リーヌスがスティナにマドレーヌを渡しながら尋ねた。それをおとなしく受け取り、さらにイデオンからぬるいお茶を提供されたスティナは追加情報を告げた。
「それが、精密検査をしたら肋骨が折れてたんだよな」
そう言って彼女は何事もなかったかのようにもそもそとマドレーヌを食べ始める。重傷者に数えられるほどの怪我なのに、内臓にはほとんど影響がなかったと言う。イデオンはスティナは割と『普通』だと思っているが、こういうところはとんでもないと思う。
「まあ、無事でよかったよねー。君の運動神経ならよけられただろうにそうしなかったってことは、誰かをかばった?」
「んなわけねぇだろ。ちょっとボーっとしてただけだ」
「ははっ。ボーっとしてたのに車を押し返すのは無理だろ」
「うるせぇよ」
スティナが枕をリーヌスに向かって投げた。彼はいつも一言多い。リーヌスは枕を受け止まると、ベッドに戻して「マカロンもあるぞ」と平然と言った。数時間前に怪我を負い、手術を終えたばかりの人間に食べ物を勧めるリーヌスもリーヌスだが、食べるスティナもスティナである。
討伐師であるスティナは、いつも怪我を負うとオルヴァーなど治癒系の能力を持つ医師に診てもらう。しかし、今回は事故に遭遇したため、こうして通常の病院に運び込まれることとなった。だがすぐに転院と言う手続きを取ることになるだろう。ミカルが。
「っていうか、一体どういう状況だったの、その事故」
「警察にもさんざん聞かれた」
スティナは事故後も意識がはっきりしていたため、その場で軽い事情聴収を受けたらしい。まあ、すぐに重傷者として病院に搬送されたのだが、根掘り葉掘り聞かれたのだそうだ。
「車と壁に挟まれてそれだけの怪我とは運が良かったですね、なんて厭味ったらしく言われたぞ」
「まあ、普通内臓破裂くらいはするんじゃねえの。しらねぇけど」
リーヌスが投げやり気味に言った。うん。イデオンも良くわからない。なので、あいまいに笑っておいた。
「歩道を歩いてたら車が突っ込んできたから、とっさに押し返したんだよ。右の左足の捻挫は踏ん張るときに力の入れ具合を間違ったんだろ」
「車って、押し返したら止まるものなの?」
イデオンは疑問に思って尋ねたのだが、スティナにぎっと睨まれた。
「普通は止まらねえよ。私も体重が足りなかった」
逆に言えば、体重があれば止まったのだろうか。結局、彼女は真正面から車と力比べをして押し込まれ、壁に激突したのだが。
まあ、考えるのはよそう。
「とりあえず、捻挫と骨折を治すのが急務だな……ん?」
病室にノックがあり、リーヌスがドアを開けに行った。ちなみに、スティナは個室に入っており、看護師ならノックをしてもすぐに入ってくるだろう。
「スティナ。客だぞ」
「両親なら追い返せ」
「いや、追い返さねぇよ。っていうか、お前の親御さんじゃないぞ」
リーヌスがそう言いながら勝手に客人を連れてきた。イデオンはスティナのベッドの奥側に回る。
「あの、具合はいかがですか」
入ってきたのは若い母親と五歳前後の女の子だった。母親の方は少し足を引きずっているし、女の子の方も手の甲にガーゼが当てられている。おそらく、事故に巻き込まれた母娘だろう。
「……別によくはないが、すぐに治る」
スティナが素っ気なく答えた。これだけの会話で、あ、お察し、状態のイデオンとリーヌスだった。
「その、助けてくださってありがとうございました」
思った通り、母親がぺこりとスティナに頭を下げた。わずかに顔をしかめたスティナだが、続いて女の子がニコリと笑ったので毒気を抜かれたようだ。
「おねえちゃん、たすけてくれてありがとう。あたし、おおきくなったらおねえちゃんみたいなひとになりたい」
ここでスティナもありがとう、と返せばいいのに、なぜか真顔で言った。
「いや、私のようにはなるな。その心のまま大きくなれ」
「えー」
女の子がいやいやするように身をよじるが、その顔は笑っていた。これくらいの年の子は、大人と同じように扱ってもらえるとうれしいのかもしれない。
「でも、本当にありがとうございました。あなたが突き飛ばして下さらなければ、私もこの子も車の下敷きでした」
「だが、そのせいで怪我をしたんだろ」
「それはそうですけど、本来負うはずだった怪我に比べれば大したことはありません。そもそも、命がなかったかもしれないくらいなんですから」
まあ、自動車事故に合えば命を落とすことだって珍しくはないが。
「あなたの怪我も見た目よりひどくないと聞いて安心しました。本当にありがとうございました」
若いがしっかりしている母親はそう礼を言うと、女の子を連れて出て行った。女の子が手を振るのに、スティナが軽く手をあげて応えた。ぴったりと病室のドアが閉まったのを確認し、リーヌスが噴出した。
「お前、本当に期待を裏切らないな」
「うるせぇ。黙れ」
表情を一ミリも動かさずにスティナが吐き捨てた。だが、これは照れている。イデオンも思わずにやついた。
「ボーっとしてたとはいえ、やっぱりスティナちゃんが自動車事故で怪我なんて不自然だもんね。スティナちゃん、車より強そうだもん」
鉄の塊である車だが、見方によってはスティナの方が強そうだ。
これに関して、スティナは何も言わなかった。さらっとひどい男性陣二人に対し、絶対零度の視線を向けただけだった。ちょっと顔色が悪いため凶悪な顔になってるけど。こういうところが残念な美女扱いされるゆえんだ。
そんなスティナの病室に再びの来訪者。今度は本当に彼女の家族で、スティナは「追い返せ」などと言うが、リーヌスは聞かずに通した。
「まあ……大丈夫なの?」
「取ってつけたように心配していただかなくて結構だ」
スティナの母リナの言葉に、スティナは言った。これはひどいが、確かにリナの言葉は感情が伴っていなかった。それにスティナの機嫌の悪さが重なったのだ。
「少しは気を遣ったらどうなの」
「怪我人に気を使わせるのか」
「だからスティナちゃん、大人げないって」
リナに対してひどいことを言ったスティナに苦言を呈したのは彼女の妹のマーユだ。ミニスティナとも言うべき彼女は、見た目だけではなく中身もスティナによく似ていた。
同族嫌悪と言うやつだろうか。まだ十二歳のマーユに対し、スティナは少々大人げない。昨日からイデオンはこのツッコミを入れてばかりである。
「スティナもマーユも落ち着け。スティナ、母さんは思ったより元気そうなお前にほっとしているだけだ」
なだめるように言ったのはスティナの父エドガーだ。この人と今度フェルダーレン大学医学部を受験すると言うスティナの弟ロビンは食えない男だと思う。
「でも、本当に思ったより元気そうでよかったよ。ちょっと傷口見せてよ」
「待て。なぜそうなる」
ロビンのちょっと危険な思考にスティナがツッコミを入れた。医学部志望としては気になるのか? 何となく、オルヴァーと気が合いそうだと思った。
「スティナ、オルヴァー紹介してやれば?」
「やだよ」
リーヌスもイデオンと同じことを考えていたらしい。イデオンは軽く笑うとリーヌスと目を合わせた。
「じゃあスティナちゃん。僕たちもう行くね」
「!?」
イデオンが手を振ると、リーヌスも「じゃあな。家族水入らずだ」とイデオンと共に病室を出ようとする。スティナが驚いた表情になったが、だが、彼女の性格のせいで「待って」が言えない。可愛い。
「また来るね」
そう言ってイデオンは病室の扉を閉めた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
スティナ、事故に巻き込まれる(笑)
たぶん、彼女一人ならよけきれた。なのに、母娘をかばって結局巻き込まれるという期待を裏切らないツンデレ娘です。




