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家族の肖像【2】











 思わぬ暴力を受けたイデオンとスティナは声を詰まらせてぶつけられた額を手で押さえた。目から火花が散るという経験は初めてだった。


「おかしいな。これで戻ると思ったんだが」

「……ミカル。さすがにつっこむけど、あなた、映画の見過ぎよ」


 呆れたエイラから冷静な指摘が入った。この二人は年も近いので、わりと仲がいいらしい。

「でも、ぶつかって入れ替わったんだろう?」

 ミカルが言うと、現場を目撃していたリーヌスとアニタが振り返った。

「イデオンが木から落ちて、スティナと衝突したんだよな」

「ぶつかったのが原因じゃないのかもね」

 リーヌスとアニタの言葉を聞いて、ミカルは再び考え込む。

「じゃあ、スティナの方に原因があると考えるのが自然か? イデオンにはエクエスの力がないからな」

「だが、私に精神感応系の能力はないぞ」

 腕を組んで仁王立ち気味に立ち、少し顔をそらしてミカルを見上げながらスティナが言った。姿かたちがイデオンであるが、彼本人なら絶対に見せない態度である。そう言うイデオンもスティナの姿で笑っているので人のことは言えない。


「ああ、お前、女子力(物理)の人間だからな」

「ミカル、お前、元に戻ったら覚悟しろよ」


 これはとび蹴りでもかます気だろうか。また微笑ましくなって笑ってしまう。そして、再び周囲が若干引く。でも、さすがに慣れてきたのか、はじめほどではない。


「でも、きっかけとしては僕が落ちたからだよね。ごめん」


 たとえ、本当に原因がスティナの方であっても、初めにイデオンが彼女の上に落下したのがきっかけだろう。そう思って謝ると、スティナはイデオンの顔でため息をついた。


「いや。あれは私が避けなければならないところだった。悪い」


 沈黙が降りた。少し間が空いてから驚きの声が各方々から上がる。

「スティナがっ」

「スティナが謝罪を!」

「今イデオンの顔だけどな!」

「入れ物の性格に釣られたのか!?」

「お前ら、好き勝手言ってんじゃねぇよ……」

 スティナが低い声でツッコミを入れた。自分の声だが、こんなに低い声が出たのかとイデオン自身がびっくりだ。

「でもまあ、まじめな話、元に戻ってもらわないと困るのよね」

「そうだな。スティナがいないと、戦力半減だ」

 エイラとミカルが現実的な話を始める。戻れない、と言うことはないと思うのだが。

「時間が経てば自然に戻るかもね。その場合は原因は不明になるけど」

 エイラが希望的観測を口にする。ミカルが「うーん」とうなった。


「とりあえず、今日の所は私の所で預かろうか」

「やめろ。ガキどもにどん引きされる!」


 ミカルの提案にスティナが引きつった顔で言った。そう言えば、ミカルは討伐師養成学校の校長だった。実際には寮監に近く、彼の所に身柄を預けられると言うことは、その寮に暮らす討伐師候補の子供たちの元に行くと言うことだ。

「すでに散々引かれてるだろ。というか、実際に引かれているのはイデオンだ」

 冷静につっこむミカル。さらにエイラが追い打ち。

「でも、ミカルの言うとおりにした方がいいわよ。今、スティナの力は宙ぶらりんの状態でしょ。万が一、ヴァルプルギスに狙われたらひとたまりもないわ。ミカルの側なら安全だし」

「いや、まあ、そうなんだが」

 一応試してみたのだが、スティナのエクエスの力がどこに行ったのかわからないのだ。肉体に宿っているのならイデオンが中にいても、スティナの体がその力を行使できるはずである。しかし、できなかった。逆に精神に宿っていれば、イデオンの中にいるスティナが使えるはずだが、こちらも駄目だったのだ。


 かくして、とりあえずの身の振り方が決まった。
















 討伐師エクエス養成学校アカデミーは古城を改装したような様相をしている。かなりの敷地面積を誇り、敷地には結界も張ってある。中で行う訓練が外に漏れないようにするためだ。


「おい。置いていくぞ」


 ミカルに声をかけられ、外観をまじまじと見ていたイデオンはあわててあとに続く。いつもより歩幅が小さいので、歩きにくい。と言っても、スティナとイデオンで身長差は十センチもないはずなのだが、体格の違いだろうか。ちなみに、彼女の体を借りて見て、彼女がかなり鍛えていることが良くわかった。


「あっ。スティナ姉ちゃん!」

「わわっ」


 たまたま玄関の近くにいた子供がイデオン……と言うか、スティナの姿を見て飛び着いてきた。よろけたイデオンをスティナが腕をつかんで助けた。

「あ、ありがとう」

 礼を言ったイデオンを、子供は驚きの表情で見上げている。

「え、姉ちゃん、どうしたの? 気持ち悪いよ」

「自分でも思ってんだから、言うんじゃねぇよ」

 ツッコんだのはスティナだ。もちろん、イデオンの姿をしている。子供はスティナとイデオンを見比べた。

「……え、何? どうなってんの?」

「ちょうどよかった、バート。今日、この二人も寮に泊まるからな。ちなみに、スティナの姿をしているが、こっちは監査官のイデオン。そして、こっちの男がスティナだ。体はイデオンだ」

 ミカルがかなり端折って説明したが、バートと呼ばれた少年は「ふーん」と納得した声をあげた。というか、納得できたのか。すごい。

「よーするに、入れ替わってるってこと? さすがは姉ちゃん。わけわかんないな」

「うるせぇよ」

 生意気な口を利くバートの頭を、スティナがぐりぐりとなでる。バートは楽しそうに「わー」と騒いでいる。こうだから、スティナは結構子供に好かれるのだろう。

 それから、バートはイデオン、と言うか、ニコニコしているスティナの顔を見て言った。


「やっぱり気持ちわりぃ」

「同感だ」

「覚えてろよ。特にミカル」


 さりげなくバートに同意したミカルに、スティナの怒りの矛先が向いていた。
















 イデオンはアカデミー内の居住区……と言うと堅苦しいが、いわゆる寮の中にある、四人部屋の二段ベッドの上の段にいた。二段ベッドが二つ置いてあるさほど広くない部屋で、二つの二段ベッドの下の段にはミカルとスティナがいる。

 この部屋は空き部屋だ。もともと、寮内に二人部屋はあるが、四人部屋はない。この部屋には、余ったベッドが押し込まれていただけらしい。

 これ幸いとばかりに、ミカルは「今日はここで三人で寝よう」などと言いだした。これに「ええっ?」と声をあげたのはイデオンである。

「僕はいいけど、スティナちゃん的にはいいの?」

「私がそんなことにかまうと思うのか?」

「思わないね」

 一応、スティナの体を使っているのはイデオンだが、本来の所有者にも意見を求めた。すると、スティナはあっさりと男前な回答をしてくれたのだ。


 体格的に、二段ベッドの上にミカルが上るのは難しい。そのため、ミカルとイデオン(体のみ)は下で、スティナ(体のみ)は上で寝ることになった。

 仰向けで目をつむったまま、イデオンは思い出す。寮の食堂で子供たちに囲まれながら夕食をとった。子供たちは本当にスティナに懐いているようで、姿を見ると寄ってきた。そして、中身が入れ替わっているのを知ると、スティナの笑顔を見て「気色悪い」「怖い」と好き放題言うのだ。正直、スティナはなめられているのではないかと思った。


 親元から引き離されて、戦闘訓練を受けている子供たち。みんな、笑顔だった。まあ、ちょっと達観している子もいたけど。

 上の子たちが、下の子の面倒を見る。自分たちがそうやって育ってきたから、彼らもそうするのだろう。それはスティナも同じことだ。きっと、彼女もそうやって育ったから、子供たちにも同じように接して、面倒を見る。きっと、そう言うこと。


 通常、アカデミーには高等学校卒業までいるそうだ。人によっては、その時点で討伐師としての訓練を終えているものもいるのだが、寮を出て一人暮らしを始めるのはおおむね十八歳になってかららしい。スティナは二年前に寮を出たと言っていた。

 イデオンは目を開いて、腕をあげて掌を見た。今のイデオンはスティナの体を借りているから、もちろんスティナの手だ。暗くて見えないが、そこには本来の自分の手より小さくて、指の細い手があるはずだった。


 さすがに異性の体なので詳しく見ることはなかったが、彼女の掌にはマメがある。剣ダコと言うやつだ。心もち皮膚も堅い。

 体がしなやかな筋肉に覆われているのがわかる。確実に腹筋は割れていると見た。かなりの筋肉量のはずなのに、体が軽い気がする。不思議だ。

 そして、服に隠れて見えないところに、いくつか怪我の痕を発見した。いや、何度も言うが、まじまじとは見ていない。たまたま見つけたものだ。


 どれもこれも、スティナの努力の証。彼女はそうやって、討伐師として成長してきた。


 イデオンは、スティナが泣きそうに「もしも自分が討伐師でなかったら」と言う話をしていたことを思い出した。自分が異質であると理解していて、それ故に正常な思考であるとわかる彼女。

 スティナに討伐師としての力がなければ、やはり親元で普通の女性として育ったのだと思う。まあ、普通と言うにはやや気が強すぎるかもしれないが。

 この国の北方の出身だと言うスティナ。そこで生まれ、育ち、平凡だが幸せな生活を送れたかもしれない。

 そう思ったが、スティナ自身も言っていたように、うまくそれが想像できない。スティナは、他の生き方を想像するには討伐師であり過ぎた。


 あの時、抱きしめたスティナの体は思ったより華奢だった。いくら筋肉に覆われていても、その骨格は女性のものだった。スティナだけではないが、討伐師たちは厳しい訓練を耐え抜き、そして、その命を懸けて異形の存在と戦っている。

 イデオンには足を踏み入れられない世界。司法省に入省し、たまたま配属されてきただけの職場だが、知ってしまった以上、眼をそらしたくはないと思った。











ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


いつも仏頂面なので笑うと気持ち悪いといわれるスティナ。でも、子供たちには好かれています。結構面倒見がいいのです。


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