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ルシアの祈り【10】

今回で第3章も終わりです。









「何」


 そっけない返答はいつもと同じ。イデオンもいつも通りに言った。

「シーラとエイナルに事情を聞くって言って、リーヌスさんが連れて行ったよ」

「そう」

 やはり素っ気ない。スティナは壁に寄りかかり、腕を組んだ。いつも通りに見える彼女だが、イデオンはそばを離れがたくて同じように壁に寄りかかった。

「……何」

「うん、ちょっと」

「お前も作業に参加してくればいいだろ」

「うーん。僕も君と同じで説教を待つ身だからなぁ。まあ、君を連れ出したのは僕だけど」

「私は自分の意志でここに来たんだから、お前は関係ないだろ」

 スティナのその言葉に、イデオンは軽く笑い声をあげた。

「うん。そうだね。スティナちゃんって、優しいよね」

「はあ?」

 思いっきり怪訝な表情をされたが、イデオンは発言を撤回しなかった。代わりに言う。


「スティナちゃんさ。ためしに入信してみようって話になった時、『気になることがある』って言ってたでしょ」

「……言ったが、それがどうした」

「それ、きっと、シーラのことでしょ。大学のクラブがルシアの祈りとつながっていることに気が付いたから、彼女が心配になったんでしょう」


 スティナは笑顔のイデオンを横目で見た。見るものによっては睥睨しているように見えるだろうが、彼女はただ見ただけだ。視線をそらすと、顔を俯ける。

「……だったら、何」

 相変わらずのひねくれた言葉に、イデオンはスティナの頭をよしよしとなでた。

「何すんだ。うぜぇ」

 手を振り払われたが、イデオンは微笑む。

「うーん。僕が言うのも変だけど、僕も、みんなも、ちゃんとスティナちゃんが優しいことを知ってるから。少なくとも、君がそうやって行動したことで、犠牲は減ったはずだし、リーヌスさんも見つかった。まあ、結果論にすぎないけど」

「……意味が分からん」

「まあ、誰かが君を否定しても、ちゃんと肯定してくれる人がいるよってことだよ。リーヌスさんも、ミカルさんも、僕だってそう」

「……」

 スティナが顔をあげてイデオンを見た。イデオンも彼女を見つめ返す。


「……私は」


 顔を正面に戻した彼女は、今まで見せたことのない弱さを見せた。その横顔は、見た目通りのはかなげな美女にも見える。


「『普通』に生活するほど、人と関われば関わるほど、自分が異質なのだと思い知らされる……。たまに、考えることはある。もし、自分が討伐師じゃなかったら、どんな生活をしているんだろうって……でも、うまく想像できなくて……自分はまず何よりも先に『討伐師』なんだって、突きつけられる……」


 スティナが手の甲を額に当てて、上を向いた。


「自分が異質だと思っているから、周囲にもそれがわかるんだ。だから、大学でもみんな、私を避ける。……シーラが声をかけてくれた時、その行為に下心があったのだとしても、うれしかった……のだと思う……私、なんでお前にこんな話をしてるんだろう」


 そう言って、上を向いたままスティナは目を閉じた。今にも泣きだしそうに潤んでいた瞳が隠される。上を向いたのは、溢れ出しそうな涙をこらえるためだろう。

 イデオンには、彼女にかける言葉はない。討伐師として訓練を積んできた彼女に比べ、イデオンの人生は平凡で、どれだけ幸せだったのだろうかと思った。


 かける言葉は見つからない。代わりに、イデオンはスティナを思いっきり抱きしめた。


「……は?」

 抱きしめられたスティナがイデオンの耳元で間抜けな声をあげた。身長差の関係で、ちょうどスティナの顎がイデオンの肩に乗っている。抱きしめたスティナの体は鍛えられているのがわかったが、思ったより華奢だった。

 イデオンは無言でスティナを抱きしめる。スティナも何も言わなかったし、振り払われることもなかった。腕の中で強張っていた体の力が抜けていくのを感じていると、背後か「おい」と声がかかった。


「いい度胸だな、後輩」


 背後に、笑っているのに目が笑っていないリーヌスがいた。スティナを抱きしめている場面をばっちり目撃されたようだ。

「まあ、スティナがいいなら俺が口はさむことじゃないけどさぁ。そいつの兄代わりとして、とりあえず一発殴らせろ」

「リーヌスさん、それ、どう考えても娘扱いです」

 強烈なシスコンでもいいが、娘に寄りつく男を殴る父親がもっとも近い。

「ミカルを連れてきてもいいんだぞ、こら」

「や、それは勘弁してください」

 ミカルに比べたら、リーヌスなど可愛いものだ。ついでに言うと、ミカルとスティナは顔が似ているので、本当に親子に見える。まあ、ミカルは若作りなので兄妹に見える可能性の方が高いけど。

「……」


 ふと気配を感じてスティナの方を見ると、少し彼女の目が細まり、口角が上がっている気がした。


「あ、スティナちゃん、今笑った?」

「は?」

 イデオンが尋ねると、スティナは怪訝な表情になった。自分で自分の表情に変化に気付いていないらしい。

「いやいや、笑ってたよ」

「俺もイデオンに同意だ」

「あんたら、一体何なの」

 イデオンとリーヌスの言葉に、スティナが冷静にツッコミを入れた。いがみ合っていたかと思ったら、急に結託したので怪訝に思ったのだろう。

「スティナ。悪いが確認を頼む」

「ああ。今行く」

 監査官の一人に呼ばれて、スティナはそちらに向かって行った。イデオンの方にリーヌスの手がぽん、と置かれた。

「まあ、あの子は意外と繊細だからな。よく見ていてくれたことには礼を言う」

「ああ、何となくわかります」

 イデオンはうなずいた。わかる気がする。繊細と言うか、彼女の意識は『正常』なのだ。正常な意識で、戦うのはつらいだろう。

 スティナは自分は異質だ、と言っていたが、彼女が思っているよりも彼女は『普通』だとイデオンは思った。
















 その後、宗教団体ルシアの祈りは事実上、崩壊した。教祖であるボリスが捕まったからだ。宗教団体としては良識的であったが、一般人であるシーラをエイナルに人質に取らせたことで、犯罪教唆の罪で捕まったのだ。

 と、報道されている。つまりは、情報統制だ。


「結果が出たぞ」


 そう言ってばん、と会議室の机に資料を置いたのはもちろんオルヴァーだ。他にも調査員はいたが、主体で話すのは彼なようだ。

「結論から言うと、ボリスはヴァルプルギスの力を取り込んだようだ」

「確かに、そんな感じだったが……」

 オルヴァーの説明にリーヌスが顔をしかめる。

「でも、あいつ、一応は討伐師の力も持ってるはずだろ? 打ち消し合ったりしないのか?」

「うーん……」

 オルヴァーが言葉に詰まる。そこは専門外なのだろうか。それとも、言葉を探しているのだろうか。

「ほら、ヴァルプルギスとエクエスの力は同系統だって話があるだろ」

「ああ」

 うなずいたのはミカルだ。ちなみに。彼も参加している。というか、時間のある監察官と討伐師は参加していた。だから、執務室から会議室に場所が変更されたのだ。人数が多いので。


「どちらかと言うと、『同系統』というより、二つの力は表裏なんだ。コインの表と裏。光と影。光と闇と言ってもいい」

「光が二回出てきているぞ」

語彙ボキャブラリーが貧困だな」

「ミカル、スティナ、うるさいわよ」


 ヴァレリーの解説に茶々を入れたミカルとスティナにエイラからツッコミが入った。ミカルとスティナが似たようなしぐさで肩をすくめる。この二人、二人でいると絶好調だ。

 ちなみに、イデオンとスティナはがっつりミカルに説教された。膝詰説教だ。たっぷり三時間は説教されたと思う。

 それはともかく。


「おほん。で、リーヌスが言ったように表と裏なら打ち消し合うように思える。だが、実際はそんなことはない。なぜなら、ボリスは力が弱かったからな」


 その言葉に、全員が「あー」と納得の声をあげた。ヴァレリーが言葉を続けた。

「だから、スティナとかエイラとかにヴァルプルギスの力を取り込ませても、エクエスの力の方が強いから打ち消されて、討伐師としての力だけが残る、と言うわけだ」

「さっきから取り込むとか言ってるけど、それって具体的にどうするんだ? 食うのか?」

「……スティナ。もうちょっと言葉を選ぼうぜ。いや、俺もできるならお前にヴァルプルギスの力を取り入れさせてみたいけど、我慢してるんだぞ」

「お前、今その口で私にやっても意味ねぇって言ったじゃん」

 オルヴァーとスティナの応酬だ。脳筋扱いを受けるスティナだが、頭は悪くないのでツッコミは鋭い。

「まあ、ヴァルプルギスを見りゃわかるけど、普通に考えて、肉や血液を摂取すれば力を得られる。ヴァルプルギスと討伐師が表裏なら、ヴァルプルギスができることは、俺達にもできるってことになる」

「……」

 さすがに、この仮説にはだれも言葉を返せなかった。

「それと、もう一つ。これはスティナがやられそうになったやつ」

「言い方が微妙だが、儀式とやらのことか?」

「いや、俺も悪かったけど、お前もぎりぎりアウトだ」

「うるせぇよ。余計なお世話だよ」

 スティナがオルヴァーを蹴りつけた。理不尽。


「これはおそらく、詠唱と同じだな。エクエスの力を持つ者からその能力だけを取り出し、他者に移すことができる『魔法』が存在する」


 まあ、面倒くさい手順は必要だろうが、とオルヴァーは肩をすくめた。イデオンにはよくわからなかったが、そう言う『魔法』もある、と言うことで納得しておこう。

「この辺りは特に関係ないからな。興味はあるけど、現状としてはわからなくても問題はない。ただ、問題は、誰かが討伐師、もしくはヴァルプルギスの能力を他者に移植する方法を見つけ出した、と言うことだ」

「別に今更の話じゃねぇだろ。いつだって討伐師は数が足りない。だから、他の能力と掛け合わせて力を上げようって試みは昔からなされていたはずだ」

「お前、なんで知ってんの!?」

「伊達に人生のほとんどを討伐師として過ごしてるわけじゃねぇよ、私も」

 オルヴァーがスティナにツッコミを入れたが、彼女はどこ吹く風だ。だが、話が再びそれている。

「でも、それは人道的じゃないってことで中止された実験のはずだわ」

 これはエイラ。

「まあ、幼い子供を攫うように連れてきて戦闘術を叩き込むと言うのもどうかと思うが……問題は、その能力移植にある程度成功している、と言うことだな」

 これはミカル。さすがに、エイラもミカルも冷静だった。茶々を入れているスティナも、ある意味冷静だけど。

「こんな方法、独自に思いつくなんて狂気の沙汰だ。どこからか漏れたと考えるのが普通だろうな」

 ため息をつきながらリーヌスが言った。こちらも真剣だ。イデオンはごくりと唾を飲む。

「つ、つまり……」

 ちょうどイデオンの真正面にいたスティナと目があった。瑠璃色の瞳を有する目が細められるのを見た。


 この中に、内通者がいる。













ここまでお読みいただき、ありがとうございました。


スティナの性格は討伐師として生きていく上で形成されたものです。討伐師でなければ、彼女はただのツンデレ娘です。

そして、実は彼女は普通なんですよね。変人っぽいけど、意識は正常です。常識もあります。ただ性格の問題です←


次は第4章。スティナの家族のはなし。

「笑うと気持ち悪い」

「同感だ」

こんな感じですかね、内容的には。


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