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ルシアの祈り【9】











「……生きてるよな?」

「死んでねぇとは思うが。肺に穴が空いている可能性はある」

「お前、やりすぎ」

「人間相手だと、加減がわからん」


 リーヌスとスティナの不穏な会話を聞きながら、イデオンは壁際で震えている女性、シーラに声をかけた。


「えーっと、大丈夫?」


 戦闘員でもある監査官の中でも、穏やかな顔立ちと気性で通っているイデオンであるが、シーラは「ひぃっ」と悲鳴をあげた。ちょっとショックだ。

「スティナちゃん、絶対やりすぎ」

 これは、驚異的な戦闘力を誇るスティナを見た後に、その仲間であるイデオンに声をかけられたから怯えたのだ、とイデオンは解釈した。そして、それはおそらく間違ってはいない。

「うるせぇよ。お前、本当にリーヌスに似てきたな……」

「えー……」

「お前、言うこと欠いてそう言うこと言う?」

 イデオンもリーヌスも不服そうな声をあげた。スティナは二人を睥睨し、そばにあったベンチにどかりと腰かけた。

「いいから、シーラとエイナルを連れて行けよ。そっちは二人とも歩けるだろ」

 スティナがシーラと、もう一人イデオンの近くで倒れている男性を指さす。イデオンと同世代に見える男性だ。彼がエイナルだろう。こちらも意識はあるが、立ち上がる気力がないらしい。そして、不自然に後ろに回っている腕は明らかに折れている。

 イデオンはもう一度言った。


「スティナちゃん、やりすぎ」

「しつけぇよ! 加減ができねぇんだよ、悪かったな!」


 何故か切れられた。基本的に無関心なことの多いスティナにしては、感情が出ている方であるが、どちらかと言うと笑ってくれた方がイデオン的にはおいしい。

 銀行強盗に巻き込まれた時も、彼女は対人戦は嫌だ、と言っていたが、加減ができないと、そう言う意味だったのか。

「人間はもろい。すぐに死ぬ」

「……君が言うと、意味深だよね」

 スティナのどこか狂気を感じさせるセリフに、イデオンは苦笑で答えた。一方のリーヌスは倒れている男の側にしゃがみ込んで、その髪をつかんで顔を覗き込んでいた。


「あーあ、ボリスのやつ。こんなになっちまって」

「え、知り合いですか?」


 イデオンが驚いて尋ねると、「討伐師候補生だったときに同期だった」とさらりと答えた。

「じゃあ、ちゃんとした訓練受けてたんですね。リーヌスさんみたいに、力が弱かったんですか?」

「いや……思想が危険と言うことで放逐されたんだ」

「……それ、野放しにしちゃいけないやつです」

 思わず突っ込む。思想が危険な戦闘訓練経験者は、一番手綱を放してはいけない相手だ。

「まあ、ミカルもそう言ってたけどな。当時の室長の命令で放逐された。ちなみに、その室長は汚職事件で捕まった」

「……大概、腐ってますね……」

「今の室長に変わってから、だいぶましになったけどな」

 あけすけな会話をしていると、うう、とうめき声が聞こえた。倒れている主犯格の男……ボリスが眼を覚ましたらしい。

「よお、ボリス。教祖の真似事とは、お前も落ちたもんだな」

「リーヌスか……お前、まだその程度で満足してるのか」

「いや、会話になってねーよ」

「私は考えた……エクエスの力とヴァルプルギスの力、同系統のものなら、組み合わせることでさらに強化できるのではないかと……」

「おい、人の話聞いてるか?」

 リーヌスのツッコミを聞き、スティナが口をはさむ。

「無理。私とも会話にならなかったぞ」

「そりゃあ、お前とは話にならんだろうな」

「うるせぇよ、馬鹿兄貴」

 スティナが座ったままリーヌスを蹴ろうとしたが、リーヌスはひょいと避けた。ボリスは一人でしゃべり続ける。


「そう……私は、さらなる力を手に入れることに成功したのだ!」


 言っていることがかなりやばい。しかし、イデオンがそんなことを思っていられたのもその瞬間だけだった。唐突に、爆風が彼らを襲ったからだ。とっさにか弱いであろうシーラをかばう。

 ようやく爆風が収まり、イデオンは発生源であるボリスの方を見た。そのそばに、リーヌスに抱え込まれたスティナもいる。イデオンですら吹っ飛びそうになったから、彼女も飛びそうになったのだろう。


「……何あれ。ヴァルプルギス?」


 思わずつぶやきが漏れた。ボリスの姿は、異形の形に変化していた。そう、ちょうどヴァルプルギスのように。

 右半身。左側は人間のまま。右側だけ、黒く、硬い皮膚と人間にはありえない鋭い腕の形に変化していた。


「……! スティナ!」

「さがれ!」


 リーヌスとスティナが同時に叫ぶ。武器を持っていなくても、前に出るのは討伐師である彼女だ。リーヌスがイデオンの所まで下がってくる。あのままでは巻き込まれるからだ。

「ちょ、リーヌスさん、どうなってるんですか!? スティナちゃん、大丈夫ですか!? っていうか、彼はどちらかと言うと討伐師よりなのでは!?」

「俺にわかるか! スティナは……ちょっとまずいかもしれん」

 矢継ぎ早に質問を飛ばしたが、一つ分の返答しか得られなかった。

「一応、武器なしの戦闘訓練も受けているが……あいつ、脊髄で物を考えるからな……」

「それ、考えてませんよ。脳まで達してませんもん」

「うるせぇ」

「痛っ」

 リーヌスにたたかれた頭をさする。とにかく、ヴァルプルギスはイデオンたちにはどうにもできない。だから、スティナに任せるしかないのだ。とりあえず、倒れているシーラとエイナルと言う男を守ることに専念する。


 いつもは接近戦を試みるスティナだが、今回ばかりは距離をとった。彼女は右手を前に突き出し、口を開く。


『その手は神の御手。その言葉は神の声。昼が夜に反転し、夜は朝に追われる。力あるものよ、祝福を与えよ』


 古代語だ。古代語であることはわかるが、意味は理解できない。こんなところに、彼女が人文科学部の学生であることを感じる。

 いつぞやに彼女が持つ剣に流れたのと同じような金色の文字が四方からボリスを襲う。スティナに襲い掛かろうとしていた彼は、金色の文字が体に巻きつき、動きを止める。

 ボリスが咆哮を上げる。金色の文字が砕けてはじけ飛ぶ。なんと言えばいいのだろうか、彼の背後から黒い影がスティナの方に向かうのが見えた。


「スティナちゃん!」


 イデオンが思わず声を上げる。スティナが足を後ろに引くが、ちらっと背後を見て、それ以上は後ろにさがらなかった。背後にいるイデオンたちを気にしたのだろう。あまり下がると、彼らが巻き込まれてしまう。

 と、先ほどイデオンたちが入ってきた扉から誰かが駆け込んできた。その人物は持っていた剣を振り上げ、黒い影を斬り裂いた。


「って、ミカルさん!?」


 その黒髪の後姿を見て驚いたのはイデオンだけだったらしい。リーヌスはすでに退避を試みているし、スティナはとっさに魔法陣のようなものを展開し、そこから光矢こうやを放った。

「おい、殺すなよ」

「急所は外してる」

 ミカルとスティナの物騒な会話だ。ミカルはボリスと黒い影のようなものを無理やり切り離す。すると、先ほどまでの暴走が嘘のようにボリスは沈黙した.ミカルが容赦なく剣の柄をボリスの鳩尾に叩き込み、気絶させた。

「とりあえずはこれでいい。それで、スティナ」

「何」

 ミカルが顔を向けたスティナの頬を平手ではたいた。ぱん、と高らかな音が鳴る。

「何故叩かれたかはわかるな?」

「……」

 沈黙を返すスティナに、ミカルはため息をついた。

「自分の性別に感謝しておけ。男だったら拳で殴っている」

 そのセリフにイデオンは背筋が寒くなった。ミカルがスティナをたたいたのは、勝手な行動をしたからだ。そして、それはイデオンがそそのかしたことでもある。

「イデオンともども、説教をしたいところだが、そんな場合ではないな。とりあえず」


 唐突にミカルがスティナを抱きしめた。


「無事でよかった」

「……ごめん。見誤った。私が悪い」

「わかればいい。でも、説教はするからな。イデオン、お前もだ」

「……はい」

 イデオンは殊勝にうなずいた。たとえミカルが自分の娘ほどの年齢の女性を片腕に抱きしめていたとしても、ここはイデオンが折れるところだと思った。

 とりあえずスティナを解放したミカルは、引きつれてきた監査官や調査員に指示を出す。おそらく、ボリスについて調べるのだろう。教祖を失ったルシアの祈りは、事実上、崩壊するだろうと思われた。

 スティナがふらふらとイデオンたちの方に近づいてくる。正確には体をちぢこませて怯えているシーラの元に。


「……怪我はない?」


 おそらく、不器用なスティナなりの精いっぱいの優しさの表現。イデオンやリーヌスたちは、スティナが本当は心優しい女性であることを知っているが、シーラはどうだろうか。

 怯えた表情のシーラが発した言葉は。

「ば、化け物……っ」

「……」

 そうつぶやいた後、シーラは発した言葉を後悔したような表情になった。だが、吐いた言葉は飲み込めない。視線を逸らしたスティナは「無事ならいい」とだけ言って儀式場を出て行った。イデオンも止めなかったし、リーヌスも止めなかった。

「よし。悪いが、二人にも事情聴収を行うからな。エイナル、だったか? お前はその後に警察に引き渡すから」

 リーヌスが容赦なく言った。そして、彼はシーラとエイナルを連れて出て行く。イデオンは指示を出すミカルをちらっと見て、それから儀式場を後にした。あたりを見渡し、監査室の職員たちがいる方とは逆側の廊下にスティナが立っているのを見つけた。イデオンは彼女に歩み寄る。


「スティナちゃん」


 呼びかけに答えるように顔をあげたスティナが、どこか泣きそうに見えたのはイデオンの気のせいではないと思う。











ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


スティナはやや危険な思考の持ち主。優しさがひねくれてこんな性格になっております。

次で第3章も終わりです。


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