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特別監査室【2】

本日2話目の投稿です。










 そこそこの大きさのミルド孤児院は、中も清潔でシンプルな作りの建物だった。どこからか、子供たちのはしゃいだ声が聞こえてきた。施設の職員に声をかけると、その職員はすぐに施設長を連れて戻ってきた。


「お待ちしておりました、監査官殿。私が施設長のダーグ・ブラントです」

「初めまして、ブラント施設長。監査官のハンメルトです。よろしくお願いします」

「こちらこそ」


 お互いに微笑みを浮かべ合って握手をしているが、どちらも腹に一物抱えていそうだ。

 ダーグ・ブラント施設長は四十代後半ほどに見える柔和な顔立ちの男性だ。少し癖のある茶髪は、少し寝癖ではねたところがあった。


「ところで、そちらのお二人は? まだお若いようですが」


 ブラント施設長は、イデオンとスティナを見て言った。どうやら、監査官のようにも見えるが、微妙、という判断だったらしい。

「男の方は新しい監査官で、いろんな現場で実習中です。こちらは学生で、興味があると言うので見学に連れてきました」

「ああ、そうなのですか」

 ブラント施設長が何となく納得を示したところで、調査の方に入った。新米であるイデオンと、もともと部外者(?)であるスティナはリーヌスと施設長の会話を聞いているだけだ。

「以前の申請漏れから三年が経ったので、監視の方はとかせていただきますが……最後にもう一度、調査をさせていただきたいのですが」

「もちろん、構いませんよ」

 施設長が快諾した。この会話で、イデオンも何故この孤児院が監査対象になったのかわかった。


 この国では、監査が入ると、その先三年は慣例として監視が続く。まあ、執行猶予期間だ。そして、その期間が終わると決まって調査が入るのである。

 イデオンは真剣にリーヌスと施設長の話を聞いていたが、スティナは興味なさそうに施設内を見渡していた。子供たちが遊んでいる様子を見ていた時、そんなスティナに声がかかった。


「お姉ちゃん、女神様?」


 くいっと服の裾を引っ張る小さな子を、スティナも無視できなかったようだ。キラキラした目で見つめてくるのは茶髪の男の子だ。

「女神様じゃないの?」

 確かに、スティナは神の創造物かと思うほど容姿が整っているが、さすがに女神ではない。

「違うよ。私はただの人間」

「お前がただの人間だったら、殺人鬼まですべてが平凡な人間だぞ」

「うるさい」

 ツッコミを入れたのは施設長と話していたはずのリーヌスだった。間髪入れずにスティナがつっこみ返す。いや、今のは普通にリーヌスが悪いと思うのだが。

「お姉ちゃん、女神様じゃないんだ……」

「悪いね。女神様を見かけたら、私にも教えてくれる?」

 スティナが子供の頭を撫でながら言うと、現金なもので男の子は「うん!」とうなずいた。表情が無いのに子供の扱いがうますぎる……。


 半ば感心してスティナを見ていたイデオンの耳に、小さな声が入り込んできた。


 あの女が――。


 だが、小さすぎてなんと言ったのか、はっきり聞こえなかった。
















「リーヌス、腹が減った」


 調査を終え、車に乗り込むとスティナはだしぬけにそう言った。リーヌスは迷惑そうに振り返る。ちなみに、ハンドルを握っているのはイデオンだ。

「お前、さりげなくたかろうとするな。俺より給料もらってるだろ」

「さすがにそんなわけないだろ」

 間髪入れずにスティナからのツッコミが入った。彼女は仕事をしながら大学に通っている学生なのだろうか。謎が深まる。

「まあいいけどな。先に監査室本部に寄るぞ」

「わかってる」

 リーヌスの言葉に素直にうなずき、身を乗り出していたスティナはシートに身を預けた。


「あの、リーヌスさん」

「なんだ」


 恐る恐る、イデオンは尋ねる。

「彼女は結局、何者……?」

「言っただろう。戦力だ」

「そこからして意味が分からないのですが……」

「ヴァルプルギスが関わるときには必要な戦力だ。俺達だけだと一瞬でやられるからな」

 リーヌスのその言葉が頭を貫くのに少し時間がかかった。理解したイデオンはハンドルを握ったままその場ではねる。

「危ない」

「揺らすな」

 リーヌスとスティナである。この二人、本当に似ている。血がつながっていてもイデオンは驚かない。


 それよりも。


「ヴァルプルギスと戦うって、スティナ……ちゃんがですか」


 呼び捨てにしようとしたらバックミラー越しに睨まれたので、ちゃんをつけてみた。それでも睨まれたが、何も言われなかったので以降もこれで貫こうと思う。だからそうではなく。

「戦力とはそう言うことだ。これでもこいつはこの国五指には入る討伐師エクエスだ」

「これでとか言うな」

 スティナがリーヌスが座っているシートの後ろを蹴った。

「と、討伐師……」

 イデオンは後部座席にいるスティナをちらりと見た。


 ヴァルプルギスは常識を超えた力を持っていると言われる。報道統制がされているので、一般市民は深くは知らないだろうが、イデオンは特別監査室に配属されるにあたって最低限の知識は詰め込んだ。

 彼らは一般に『魔法』や『超能力』に近い能力を使うのだと言う。人間のように見えるが、本体は異形の姿なのだそうだ。そして、『魔法』に対抗するには『魔法』しかない。

 そんなヴァルプルギスに対抗し、彼らを倒す力を持つ者を討伐師エクエスとこの国では呼ぶ。ちなみに、『エクエス』と言うのは昔からの言葉で騎士の意味である。討伐師と言うのは後年の当て字だ。


 討伐師というのは、勝手に屈強な男とかを想像していた。だが、スティナの印象はそれとは真逆と言っていい。

「お前な。特別監査室の役人はほとんど訓練を受けてるんだぞ」

「ええっ? リーヌスさんも!?」

「当然だ。まあ、俺は力が弱すぎて途中で脱落したんだけどな。監査室にいる職員は、ほとんどがそんなやつばっかりだ」

「……何故僕がそんなところに」

 イデオンは特殊な技能があるわけではない。なのになぜ、そんなところに配属されたのだろうか。


「普通の事務職もいるぞ。一応監査室だから、法学の知識を持つ人間が必要だったのかもしれないし」


 確かに、リーヌスが言っていることにも一理ある。


 そうこうしている間に監査室本部に到着した。一見ただのビルに見えるが、中は最新コンピューターから医務室、仮眠室、さらには訓練場や武器庫まで備えている。ちなみに、イデオンは訓練場などは見たことがない。

 執務室のある階に上がると、リーヌスは扉を開けながら言った。

「帰ったぞ」

「あら、お帰り」

 リーヌスの声に気が付いたのは、車いすに腰掛けた女性だった。淡い茶髪の女性で、左目が黒い眼帯に覆われている。見えている右目は緑だ。美しい女性であるが、かつて、ヴァルプルギスとの戦いで重傷を負い、片足と片手が動かなくなり、左目を失ったのだそうだ。発展した再生医療でも治せなかったらしい。


 彼女はエイラ・セイデリア。監査室長補佐である。最初に怪我の話を聞いたときは、ヴァルプルギスとの戦闘に巻き込まれたのかと思ったが、先ほどリーヌスが言っていたことを踏まえると、彼女も討伐師であった可能性が高い。


「久しぶり」


 スティナがエイラに声をかけた。すると、エイラは車いすをこちらに向けた。

「まあ、久しぶりね。薄情な弟子だこと」

「前に会ったのは、十日前だ」

 数えているのか。イデオンも思ったが、リーヌスも隣で小さくつぶやいていた。

「室長は?」

「室長は会議に出かけたわ。それで、どうだった?」

 エイラが尋ねた。広いが、机が所狭しと配置されているこの部屋を、車いすで移動するのは大変だろう。今はスティナが車いすを押している。

「はぐらかされた。一応、挑発はしてきたが、しっぽを出すかはわからないな」

「でしょうね。私も、かなり強引に討伐に行ったのよ。それで、このざま」

 エイラはそう言って肩をすくめた。イデオンは思わずエイラを見た。たまたま、イデオンがいたのはエイラの左側で、彼女は左側の視覚が狭いのでイデオンが自分を見たことに気が付かなかったようだ。


「それだけ強かったと言うことか。そのヴァルプルギスは」


 リーヌスがエイラに尋ねた。スティナが彼女の席に車いすを止めた。エイラがリーヌスを見上げる。

「そうね。私が油断していたのもあるけど……スティナ、もう一人討伐師をつけましょうか」

「いらない。邪魔」

「またそう言うことを」

「一緒に斬っちゃってもいいなら、どうぞ」

 エイラの言葉を一刀両断し、スティナは言った。一緒に斬っちゃうって……。スティナの不遜な態度に、リーヌスは笑った。

「まあ、スティナはそうだよな。周りをうろちょろされたら気が散るんだよな。お前、他の討伐師をかばおうとするから」

 このリーヌスの認識は、スティナが彼に蹴りを加えたからたぶん、事実なのだと思う。
















「ここが、武器庫……本当に武器ですね」

「武器庫なのに他のものが入ってたらおかしいだろ」


 感心するイデオンに、リーヌスからツッコミが入る。やはり、彼はスティナには優しいが、自分には厳しい気がした。

 古今東西さまざまな武器が収められている武器庫は、地下に存在する。地下二階が武器庫、地下一階は修練場になる。どちらも、許可がなければ入れない。修練場の方は、人がいなかった。

 イデオンは広い武器庫を見渡す。普通の銃器から、剣や槍、弓、投石器なんてものまである。様々だ。


「好きなものを使っていいわよ。スティナも、『スノー・エルフィン』を使っていいからね」


 車いすでここまでついてきた(スティナが押してきた)エイラは武器を選んでいるリーヌスとスティナにそう声をかけた。果たして『スノー・エルフィン』とはなんなのだろうか。

「言われなくても。そもそも、私しか使えないだろ、今となっては」

「それもそうね」

 スティナが白銀の剣を鞘から引き抜きながら言った。エイラが右目を細めてうなずいている。他にも彼女は銃や短剣を取り上げていた。

「イデオン、お前も一つくらい持っておけ。ヴァルプルギスを倒せるのは討伐師だけだが、これでも身を護るくらいはできる」

「はあ……というか、通常の武器が効くんですか?」

 イデオンが一番近くにあった小銃を手に取りながら言った。片手に白銀の剣を持つスティナが「はあ?」と言った。

「あんた、ホントに監査官? 監査室で管理している武器は、魔法で精製されている。だから、ヴァルプルギスに対しても一定の効力があるんだ」

「そ、そうなんだ」

 彼女の強い口調に押されて、イデオンは引き気味だ。イデオンはざっと見渡して、ライフル銃を手に取った。


「それでいいのか? 結構扱い、難しいぞ」


 リーヌスがそう言ったが、イデオンは「大丈夫です」と答える。


「僕、大学時代は射撃部でしたから」


 一応、だいたいの銃の使い方は知っているのだ。そう言うと、リーヌスは呆れた表情になった。


「たぶん、お前が監査室に回されたの、それが原因だな」


 その指摘に、イデオンは「ええっ」と声をあげた。












ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


エイラさんはスティナの師匠。


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