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ルシアの祈り【5】☆










 いわゆる現役女子大生であるスティナだが、彼女は自分が大学で浮いている自覚がある。子供のころから戦闘方法を叩き込まれている彼女は一般人と感性が違うし、それがなくても絶世級の美女だ。浮くに決まっている。

 嫌われているわけではないが、いつも一緒にいる友人などがいるわけでもない。別に一人でいることが日常である彼女はさして気にしていないが。


 だが、普通に生きていたら、友人の一人もできていただろうか、と思う。家族に囲まれて友人たちとくだらない話をする『日常』にあこがれないわけではないが、スティナはそれなりに今の生活を気に入っている。

 今日の講義をすべて終え、講義棟を出ようとしていたスティナは、ふと掲示板に張られた部員募集チラシに目をとめた。この手のチラシは年中張られている。新入生が来る時期だけ、豪華なものに変わったりするけど。

 いつも張られているこのチラシにスティナが眼をとめたのは、勧誘のチラシの中に最近聞いた覚えのある文句が並べられていたからだ。


『ヴァルプルギスについて調べてみませんか? 聖女ルシアに与えられた力が私たちを守る!』

「……」


 誰だ。この痛い文章を考えたのは。まあ、大学生とはそんなものだろうか。自分が一般的な大学生と乖離しているからよくわからない。

 大学に宗教は入り込みやすいという。リーヌスが潜入捜査中の『ルシアの祈り』は新興宗教で、最近急速に勢力を伸ばしつつある組織だ。大学内にクラブとして存在していてもおかしくない。

 イデオンがリーヌスからの連絡がない、とスティナに相談を持ちかけてから五日が経っていた。その間に、リーヌスから連絡があったらしい。


『彼らが『力』のある人間を集めているのは本当のようだ。もう少し探ってみる』


 という内容の手紙が、イデオン宛てに送られてきたという。とりあえず、リーヌスの無事はわかったので、討伐師エクエスも巻き込んだ大規模捜査はお預けとなった。イデオンはやはり、リーヌスを心配している。

 スティナだって、兄代わりの彼を心配していないわけではない。リーヌスは一度は討伐師になるべく訓練を受けており、そこら辺の監査官よりもよほど戦闘力がある。それでも、スティナもそうであるように数の暴力には勝てないし、人質を取られてしまえばおしまいだ。


「あの」


 ため息をつきかけた時、か細い女性の声が聞こえてスティナは振り向いた。明るい茶髪を清楚に巻いた女子大学生がそこに立っていた。平均的な身長のスティナよりも小柄な女性だ。見覚えがある気がする。

「ヴァルプルギス研究会に、興味あるの?」

「……いや、どうだろう。たまたま目に留まったというか」

 興味がないわけではないが方向性が違うので曖昧に答えると、彼女はぱぁっと顔を輝かせた。

「私、ちょうどクラブに行くところなの。よかったらちょっと見学して行かない?」

「……」

 突然の誘いにスティナが沈黙していると、彼女は「あ、もしかして時間ない?」と首をかしげた。

「いや、時間はあるが」

 ヴァルプルギスでも出なければ、スティナは基本的に暇である。

「じゃあ、是非少し見て行って。まあ、お遊びみたいなものだけど、楽しいわよ」

 ニコニコと彼女は言う。手を引かれる段階になり、スティナはようやく尋ねた。


「で、誰?」

「……」


 彼女が驚いたように目を見開き、スティナを見上げた。何度か瞬きして答える。

「同じ学部のシーラ・シベリウスよ。今日の民俗学の講義だって、一緒に受けてたわよ、スティナさん」

「……それは申し訳ない」

 どうやら彼女、改めシーラはスティナのことを知っているようだ。

「まあ、私は目立つ方じゃないし、知らなくても無理はないけど……。人文科学部は人数が多いし」

 そう言ってシーラは肩をすくめた。スティナがシーラを知らなかったのは、彼女が目立たないからではなく、スティナが周囲に興味がないからだ。

 スティナが自分を知らなかったことを気にする様子もなく、シーラは上機嫌にスティナを連れてクラブの部屋のドアを開いた。


「こんにちは。お客様を連れてきたわ」


 そう言ってシーラはスティナを招き入れる。スティナは少し警戒しながら部屋の中に入った。戦闘力に関しては定評のある彼女だが、こんな大学の一室で暴力沙汰は避けたい。スティナは自分が短気である自覚がある。

 部屋の中には四人の学生がいた。男子学生が三人、女子学生が一人だ。あまり大きなクラブではないらしい。


「同学年のスティナ・オークランスさん。クラブの勧誘広告を見ていたから、思い切ってナンパしちゃった」


 おっとりした外見に似合わず、シーラはユーモアがあるようだ。思い切ってナンパされたスティナは、無表情で部屋の中を見渡していた。大量の本にポスター、模型、コンピューター、電気ケトルなんかもある。

「へえ~。またかわいい子をナンパしてきたな、シーラ」

 最年長に見える男子学生が言った。黒髪で、色つきの眼鏡をかけている。紫外線に弱い人などは、こうした色つきの眼鏡をかけることが多い。サングラスでもいいが、どうしてもサングラスだと不審者になるからだ。

「クラブ長のエイナル・シェルマン。大学院一年になる。よろしくな、スティナ」

「……どうも」

 エイナルが立ち上がり、手を差し出してきたのでスティナはその手を握った。間近でエイナルを見上げると、彼の左右の瞳の色が違うことに気が付いた。色眼鏡越しでも、ここまで違う色だとわかる。だが、さすがのスティナもそんな失礼な指摘はしなかった。


 ほかの三人からも自己紹介をされる。興味がないことはとことん覚えないスティナだが、記憶力はいい方だ。シーラを含めた五人の名前と顔をあっさりと記憶した。

 コーヒーを出されて何となく飲みつつ、研究会だかクラブ活動だかよくわからないこのヴァルプルギス研究会の活動について説明を聞いた。

「このクラブは『ヴァルプルギス』研究会って名前だけど、同時に聖女ルシアについても研究しているんだ」

 そう説明するのはクラブ長である。スティナは適当に相槌を打ちながら話を聞く。


 余談であるが、去年の秋特別監査室に配属されたイデオンは、ヴァルプルギスがどうやって討伐されるか知らなかったらしい。ヴァルプルギスの存在は公にされているが、討伐師については公にされていないのだ。しかし、それでも住民たちは察するものがあるのだろう。イデオンも討伐師については知らなかったが、一般に『エクエスの力』と呼ばれる魔法力がヴァルプルギスを倒すということは知っていた。

 彼らは、その『エクエスの力』についても調べているらしい。むしろ、ヴァルプルギスと『エクエスの力』の関係について、か。


「……なるほど。面白い視点だとは、思う」


 スティナは空になったマグカップを見つめながらぽつりと言った。

 スティナが大学に入る際、人文科学部を選んだのは、人間の進化の歩みについて知りたいと思ったからだ。オルヴァーなどを見てわかるように、科学的にヴァルプルギスや討伐師を調べることは、もうやっている。だから、スティナは文献の方から調べてみようと思った。人間のこれまでの文化の中に、ヴァルプルギスや討伐師についての謎が隠されているのではないかと思ったのだ。これも余談だけど。

「だろう!? 僕としては、エクエスの力と言うのはヴァルプルギスと同じ起源なのではないかと思うんだ」

「ってことは、ヴァルプルギスは同士討ちをしているってこと?」

 興奮するエイナルにシーラが冷静にツッコミを入れた。エイナルは微笑んで「どうだろうね」と首をかしげてはぐらかした。


 だが、スティナも討伐師がヴァルプルギスを倒せるということは、それぞれが持つ力が同系統のものではないかと思っている。それで行くと、ヴァルプルギスは討伐師にしか倒せないから、討伐師はヴァルプルギスにしか倒せないことになる。だが、討伐師が人間に殺された事例がないわけではないので、判断に困る。


「実はね、私のお父さん、ヴァルプルギスに殺されたの」


 クラブの部屋を後にしたスティナは、同じく帰ることにしたらしいシーラのそんな告白を聞いた。人を食らうヴァルプルギスの凶行は、一週間に一度くらいはニュースになる。なので、身近に家族をヴァルプルギスに殺されたという人がいても不思議ではない。

 だから、スティナは「そう」とだけ答えた。シーラが悲しげに微笑む。

「そう聞くとみんな、私のことをかわいそうだって、つらかったねっていうの」

「悪いが、私はそうした慰めがうまい方ではない」

 自分がやると思うと、どうも、こう、背中がむずむずする。こういうのはイデオンの方がうまそうだ。スティナは泣き崩れていたら「立て!」と胸ぐらをつかみあげるタイプである。いや、やる人は選ぶけど。


「こういうの、無責任に慰められる方が気分悪いよ。だがら、ちょっと素っ気ないスティナの方がありがたいかも」

「……そう」


 意外な言葉に、スティナは小さく返すのがやっとだった。シーラは「そうだよー」と微笑む。

「だから、私はこの学部に入ったの。ヴァルプルギスってどんな存在なんだろう。どうしてお父さんは殺されなければならなかったのだろうって。ヴァルプルギスが人を食べることは知っているわ。お父さんもね、右半身がほとんど返ってこなかったの」

 かなり血なまぐさい話をシーラは平然と言った。基本的に、男性より女性の方がこういう話に強い傾向があるらしいが、本当なのかもしれないとスティナは場違いなことを思った。

 普通の人間よりも、エクエスの力を持つ者の方がヴァルプルギスにとっては『うまい』らしい。だから、スティナの仲間にも遺体が返ってこなかった者はいくらでもいる。

「私はエクエスの力はないから、知ったところでどうすることもできないけど、少なくとも疑問は解消されて少しすっきりできるかなーって」

 そうして、屈託なく笑うシーラをすごいと思った。スティナは、こんなふうにはなれない。人死にに慣れ過ぎた彼女は、根性がひん曲がっている。こんなに純粋にはなれない。

 単純に、うらやましいと思った。こうしてまっすぐな目をできる彼女を――。


「あ、いたっ。スティナちゃん!」


 しんみりとした空気をぶち壊す聞きなれた声が聞こえた。その声が近づいてくるので、スティナは持っていたカバンを振り上げ、駆け寄ってきたイデオンの胴を横ざまに殴りつけた。


「往来の真ん中で、人の名前を大声で呼んでんじゃねぇよ」










ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


ツンデレでひねくれているスティナだけど、相手は選ぶ。一般人に手をあげたりはしません。たぶん……。


そして、気を許した相手には理不尽な暴力が(笑)


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