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ルシアの祈り【3】☆

4月です! エイプリルフール! 


お決まりのパターン。









 スティナは、自分はあまり運の良い人間ではないという自覚はある。何が悲しくて討伐師になって命をかけなければならないのか。まあ、それはもう納得しているのでいい。すでにもう、仕方のない話だと割り切っている。


 だが、これはないだろう。キャッシュカードの利用明細を出してもらいに来ただけなのに、どうして銀行強盗に巻き込まれているのだろうか、自分は。昼をちょうどすぎたくらいの時間であるこの時間は、あまり利用者がいない。その時間帯を狙って来たのだ。たぶん、銀行強盗も狙ってきた。


「お前ら、そこを動くなよ!」

「動いたら撃つぞ!」


 お決まりのセリフを吐きながら、覆面をつけた銀行強盗たちが銃を振り回している。おもちゃではない。本物だ。比較的威力の低い拳銃であるが、当たり所によっては一発でも命取りになる。

 待合の椅子に座ったまま、スティナは銀行強盗の数を数える。全部で五人か。制圧できない人数ではないが、関係のない人間が多すぎる。利用客が五名程度、そして、銀行員も十人弱いる。この人数をかばいながら強盗犯を制圧するのは難しい。


 利用客の中には親子連れもいる。子供は人質にされやすい。スティナは思わず舌打ちしそうになってあわてて唇をかむ。スティナはよく、外見と性格が合っていないと言われる。自分でも自分の顔は整っている方だと思う。討伐師……というか、エクエスの力を持つ者は全体的に美形である傾向があるのだ。

 だからたぶん、スティナは黙ってうつむいていれば、気の弱い女性に見えると思う。銀髪もはかなげな印象をいや増すはずだ。……たぶん。演技指導もされたことがあるが、あまり得意ではない。


 銀行員が震える手で鞄に金を詰めている。現在では電子マネーなどが主流なので、こうした銀行強盗は珍しい。そもそも、銀行自体にそれほど金が置かれていないのだ。

 スティナがこの件に巻き込まれていることは、すぐに特別監査室にも伝わるだろう。だとしたら、エイラが何かしらの手を打ってくれているはずだ。このまま犯行が終わるのを待ち、強盗犯が逃げるところを捕まえる。その方がいい。


 と、思ったのだが。


 子供が母親にすがって泣き出した。子供として当然の反応だ。というか、みんな泣きたいだろう。

「うるせぇ!」

 強盗犯が子供に銃を向けたのを見て、スティナはとっさに親子をかばうように飛び出した。スティナのこの行動の方が眼を引いた。

「おい、お前!」

「痛っ」

 髪を引っ張られ、スティナは思わずうめいた。都合よく、標的がスティナに移動したようだ。正直この方がありがたいので、スティナはそのままか弱いふりをすることにした。口を閉じていればただの美人で通るだろう。たぶん。

「おい、逃げるぞ! 逃走車を用意しろ! さもないと……」

 これもお決まりのセリフだ。スティナは、自分のこめかみに銃を突きつけられているのを感じた。犯人が発砲する前に制圧することは簡単だが、今動けばほかの利用客や銀行員に迷惑がかかる。


「ま、待て! 人質なら自分が……」


 スーツを着た男性が名乗り出るが、長身の男より、か弱そうな女性が人質の方がいいに決まっている。スティナはそのまま引きずられるように銀行から出た。警察が銀行を包囲していたが、スティナが捕まっているのを見て手を出しあぐねている。


 と、その中に見知った黒髪を見つけてスティナは一瞬顔をしかめた。あの男なら援護を期待できるが、絶対に自分も危ない目に合う。一瞬彼を睨み付けると、スティナはそのまま警察が逃走用に手配したと思われるワゴン車に押し込まれた。

 走り出した車の中で、後部座席でスティナの両脇を固めている男のうち一人が言った。

「それにしても上玉だなぁ。爆破すんのはもったいなくないか」

「人質が美人なほど、マスコミは騒ぎ立てるだろ。それでいいんだ」

「なあ、ちょっとこっち向けよ」

 顔を強引につかまれ、スティナは身をよじる。縛られたりはしていないが、がたいのいい男に挟まれると、さすがに狭く、動きづらい。


 車がハイウェイに乗った。おそらく、どこかで彼が検問と交通規制を行っているはず。スティナは窓の外に目をやる。遮光になっていて、外から中の様子をうかがうことはできないだろう。この車を用意したのも彼だな。

「ちっ。検問だ」

「すんなりと逃げさせてはくれないよなぁ」

 強盗たちが舌打ちする。車が右にそれた。ハイウェイを降りたのだ。それほど走っていないので、まだ首都からは出ていないだろう。車がだいぶ少なくなってきたのを確認し、スティナはついに行動を起こした。

 右の男に肘鉄をかまし、拳で左の男ののどを殴りつけた。三列目に座っていた強盗が身を乗り出す。

「おい、暴れるな!」

 スティナは後ろの男の頭をわしづかみにし、ぎりぎりと締め上げた。さらに、両手で頭をつかみ、右にひねる。


「ぎゃあああああああっ」


 たぶん、寝違えたようになったはずだ。たぶん。首の骨が折れたかもしれないが、気にしない。


「この女!」


 最初に肘鉄をかました男がスティナに銃を向けた。とっさに銃口をずらすと、天井に銃弾がめり込んだ。助手席の男も後ろに身を乗り出してくる。左腕をその男の首元にたたきつけた。がくっと男の力が抜ける。


 狭いな!


 さすがに狭すぎだ。あと三人、何とかしなければ。

「おい! その女何とかしろ!」

 運転手の男が叫んだ。左にいる男がスティナの髪をつかみ、助手席の男はスティナに拳銃を向けた。

「可愛い顔してすげえじゃじゃ馬」

「一発殴っておけ」

 運転手の男の言葉と共に助手席の男が拳銃の台でスティナの頬を殴りつけた。口の中が切れて、血の味がする。

 と、急に車がスライドして止まった。運転手の男が毒づいている。そして、車を衝撃が襲った。この乱暴なやり方、絶対あいつだ。あとで絶対怒鳴ってやる。できないけど!


「くそっ」


 どうやら、車を放棄することにしたらしく、スティナを引きずって男たちは車から降りる。スティナが気絶させた二人は置いてけぼりだ。外にはすでに、警察が展開していた。

 その中に仁王立ちする黒髪の男を見つけて、スティナは思わず目を眇めた。この野郎。やっぱりいやがったか。

「おい! この女がどうなってもいいのか!」

「その女性を離せ!」

 いや、ドラマじゃないんだから、もっとスマートに解決してくれ、と思いつつ、その黒髪の男はこの状況を楽しんでいるように見えた。表情がいつもより凶悪だ。


 スティナの髪をつかんでいる男と、あと二人は銃を警察に向けている。と、発砲音が聞こえた。

「ぐあっ」

 スティナの右側にいた男が拳銃を取り落した。撃たれたのだ。どこから、と思わないでもなかったが、スティナはすぐに自分を拘束している男の鳩尾に肘を入れた。そのまま体を回転させ、拳銃を持った腕をつかみ、足を引っ掛けるとそのまま一回転させる。男は背中から地面に衝突した。

「お、お前っ」

 スティナはまだ拳銃を持っている方の男に助走をつけたとび蹴りを加える。倒れた男の手を踏みつけて、拳銃を遠くに蹴った。そこでやっと警察も介入してきて、強盗たちはあえなく現行犯逮捕された。


「……えーっと。ご協力、感謝いたします……が、少々やりすぎでは……」


 若い警察官がスティナに近づいてきて言った。どうやら、このまま事情聴収に移りたいらしい。

「にしても見事ですね。格闘技の経験が?」

 人は見かけによりませんね、ところでお名前は、と少し年配の警察官。スティナはどこまで話していいのか判断がつかず黙っていた。すると、後ろから頭をぐいっと押された。


「すみませんね。無愛想で」


 スティナからは見えないが、きっと胡散臭い笑みを浮かべているのだろう。年配の警察官が「ブローム校長」と男を呼んだ。

「知り合いですか」

「妹です」

「おい。さらっと嘘ついてんじゃねぇよ」

 さらっと妹と言ってくれやがったが、スティナには弟妹はいるが兄はいない。そもそも、この若作りの男とは親子ほど年が離れているはずだ。ぐいっと頭を押されて首が痛い。


「特別監査室の関係者です。報告書を書かせるので、事情聴収は勘弁してください」


 特別監査室は司法省管轄下にあるが、独立した機関としてとらえてよいだろう。討伐師エクエスを擁しているので、軍事力がある。基本的にヴァルプルギスに対してしか認められない武力行使だが、今回は正当防衛が成立するだろう。もともと、過剰防衛くらいは覚悟していた。

 おそらく、監査室本部に警察が押しかけてくるだろうが、とりあえず簡単に事情聴収を受けて解放される。こういう時、この身分は便利だ。

「で、なんでミカル教官がいるんだよ。既視感があると思ったんだよ」

「たまたまだ。銀行の方にはリーヌスもいるぞ」

 ていうことは、リーヌスの相棒であるイデオンもいるのか。もしかして、先ほどの射撃はイデオンのものか?


 黒髪に紫の瞳をした美形、それがミカル・ブロームだ。まだ四十には届いていないはずだが、三十代後半であるはずだ。しかし、いいとこ二十代半ばにしか見えない。若作りにもほどがある。そして、よく言われるのだが、ミカルはスティナとよく似ていた。


 彼も討伐師エクエスの一人だ。最終兵器として後方に配置され、現在は討伐師エクエス養成学校アカデミーの校長をしている。ちなみに、スティナが在籍していた時は教官だった。学校と言っているが、どちらかというと寮に近い。


「スティナちゃーん」


 ああ、ほら来た。声のした方を振り返ると、ライフルを持ったイデオンがかけてきていた。

「やっぱりお前か」

「やっぱりってことは気づいてたんだ。ところで」

 イデオンがミカルを見た。スティナに向かって彼は尋ねた。

「どちら様?」

「……お前、知らない人間に従ってたのか」

 ミカルが呆れたように言った。イデオンは「リーヌスさんが従えって言ってましたから」と答えるが、スティナはその盲信がちょっと怖い。

「それに、スティナちゃんの親戚かと」

「……」

 初見の人間に親戚と間違えられるのはもう慣れた。色彩は白黒だが、血がつながっていないのが不思議なくらい二人は似ている。それはスティナも認めざるを得なかった。










ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


イデオンが素直すぎる(笑)

討伐師は絶対数が少ないので、無罪放免になる可能性が高いですが、絶対に捕まらないわけではないです。過去に投獄され終身刑になった討伐師もいるという裏設定。スティナは確実に過剰防衛ですが、それくらいなら大丈夫。たぶん。


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