クリスマス・キャロル【6】
第2章最後。
ヴァルプルギスを倒したスティナは、力尽きたかのようにその場に座り込んだ。イデオンはそちらに駆け寄る前にヴァルプルギスを確認した。二体とも、遺体の損傷が激しい。どうやら、手加減不能だったようだ。
それを確認してから、イデオンはスティナの元に向かった。自分のコートを抜いでスティナの肩にかけた。
「スティナちゃん、無事だね」
「……ああ」
顔をあげてイデオンを見たスティナは疲れ切った顔をしていたが、どうやら大丈夫そうだ。先に左腕の治療をしなければならない。
「スティナーっ。イデオンも」
ヴィルギーニアがステージから飛び降りてこちらに向かってきていた。彼女は治癒術が使える。イデオンはほっとした。
「フレイア、スティナちゃんを頼んでいい?」
「もちろんよ」
浅い呼吸を繰り返すスティナをヴィルギーニアに任せ、イデオンは姉とその婚約者ドグラスの方へ向かった。
「二人とも、大丈夫?」
「え、ええ……でも、イデオン……スティナって……」
デシレアが身を乗り出すようにしてヴィルギーニアの治療を受けるスティナを見ている。イデオンは判断に困った。どこまで、自分が話していいことかわからなかったのだ。
「討伐師だ」
そう言ってスティナが落とした剣の鞘を拾ったのはリーヌスだった。彼はデシレアとドグラスの方を見てはっきりと言った。
「彼女は討伐師だ。それも、おそらく、当代で五指には入る実力だな」
「……うそ」
デシレアが目を見開いて言った。
「だって、あんなに華奢な子なのよ。背だって、私より低いかもしれないわ。そんな子が、討伐師……? ヴァルプルギスを倒す人間だって言うの」
「……デシレアも見たでしょ。スティナちゃん、強いんだよ」
そんな平凡な表現しかできない自分が嫌になるが、実際、その言葉がしっくりくる。スティナは、強い。イデオンは目をそらしながらデシレアに向かって言った。
ホールに監査官たちが片づけに入ってくる。かなり荒れているもともとコンサート会場だったこの場所を見て、監査官たちは「おお」と声をあげた。
「派手にやったなぁ、スティナ」
「うるせぇ。お前らが遅いんだよ」
ヴィルギーニアの治療を終え、左腕を釣ったスティナが立ち上がりながら言った。右手にはイデオンが持ってきた『スノー・エルフィン』を持ち、刀身で肩をたたいている。その『スノー・エルフィン』というメルヘンな名前と彼女の言動が一致しなくて辛い。
「おい、スティナ。鞘落としてるぞ」
リーヌスがそう声をかけて階段を下りていく。スティナは逆に上ってきた。
「ほら」
「どうも」
リーヌスから鞘を受け取ると、スティナは固定されている左手で鞘を持ち、右手に持った剣を器用に収めた。それから、イデオンの方……正確には、デシレアを見上げる。あ、デシレアがびくっとした。まあ、あの猛攻を見れば誰でも引く。イデオンはもう慣れたが。
「……無事?」
「え、ええ……助けてくれて、ありがとう」
「……別に。ヴァルプルギスを倒すのが私の仕事だから」
「……」
素直ではないスティナはそう言ってのけた。デシレアが目を見開いている。スティナがヴィルギーニアに呼ばれて剣を持ったままリーヌスと共に階段を駆け下りていく。それを見送っていたイデオンは、デシレアに尋ねられた。
「……スティナって、ツンデレ?」
それか。聞くことがそれなのか。
「いや、否定しないけど、あの顔であの言動とか、もっと言いようがあるんじゃないのかな」
「おい! 聞こえてるぞ!」
なんという地獄耳。スティナの怒った声がイデオンの耳朶をうつ。彼は笑ってごまかした。デシレアが一つうなずく。
「うん。やっぱりツンデレね」
「……」
イデオンは、デシレアに隣でドグラスが若干引いているのを教えてあげようか迷い、結局何も言わなかった。
△
コンサート会場は監査官たちに任せ、イデオンはヴィルギーニアとスティナを連れて本部に戻ることになった。のだが。
「ほ、本当に、本物のフレイア……!? きゃーっ」
会場の外でデシレアがフレイアことヴィルギーニアを見て悲鳴を上げている。ここまでファンだったとは、知らなかった。
「あ、握手! 握手してもらってもいいですか!?」
「ええ。いいわよ」
興奮したファンの対応になれているヴィルギーニアは微笑んで手を差し出す。デシレアは彼女の手を両手で握り、ぶんぶんと振り回す。
「まさかお会いできるなんて感動です……デビューされた時からずっとファンで!」
「そうなの? ありがとう」
ヴィルギーニアのスルースキルが高い。イデオンは呆れたように笑いながら、スティナに話しかけた。
「そう言えばスティナちゃん。眼鏡は?」
今日、コンサートに行く前に会ったときはしていたと思うのだが、戦闘中に落としたのだろうか。その可能性が高いか。
「目、見えてる?」
「別に視力が悪いわけじゃない」
「ああ。伊達眼鏡なんだね」
イデオンは何となく納得した。スティナの美貌は目立ちすぎる。だから、眼鏡で少し和らげようとしているのか。あまり成功しているようには見えないけど。
「うちの子が迷惑をかけたみたいだし、よかったら、次のコンサートのチケットを贈らせていただくわ」
「ほ、本当に!? いいんですか!?」
わあ、とデシレアが顔を輝かせる。ヴィルギーニアは女神の微笑みでうなずく。
「もちろん。今回のコンサートがこんなことになってしまったもの。スティナ、次は会場にヴァルプルギス除けの結界張りましょうね」
「そんなもんねぇよ……」
スティナが低い声でつっこんだ。付き合ってみてわかったが、意外と常識的なスティナである。
「あ、スティナ。よかったらまたうちにも遊びに来てね」
デシレアが今度はスティナの手を握る。と言っても、彼女は左腕を負傷しているので右腕しか自由ではなく、そして、その手には剣を握っている。突然手を握られて驚いただろうに、スティナは振り払ったりしなかった。イデオンならすでに振り払われているだろう。何だろう。性別の違いだろうか。
「……そっちがいいなら、構わないけど。と言うか、あなたたちだって私を見てどん引きしてたじゃないか」
スティナの口調がすっかり砕けている。まあ、あれだけの猛攻を見せた後で、取り繕っても意味はないか。
「そりゃあ、あれだけ血まみれならだれでも引くよ」
「でも、私たちを助けてくれたんでしょ。ありがと」
ドグラスとデシレアの言葉に、スティナが顔をしかめる。
「先ほども聞いた」
スティナはそう言うとくるりと背を向けて歩き出した。帰るつもりなのだろうか。ヴィルギーニアが「照れてるわね~」と微笑ましそうに言った。イデオンも思わず苦笑して、それからはっとした。
「スティナちゃん、ちょっと待った! その格好で人前に出たら、猟奇殺人者に間違われるから!」
血まみれだし手には剣を持っている。言いすぎだとしても、大きくは間違っていないと思った。
△
「おい」
「ん? あれ、スティナちゃん。報告書書き終わった?」
背後から話しかけてきたのはスティナだった。思わずイデオンの口から飛び出た言葉に、スティナは舌打ちし、「終わってる」と答えた。ならよかった。
「どうかした?」
再び尋ねると、スティナが自分の携帯端末を示した。
「ヴィーから、デシレアにってコンサートのチケットが二人分届いてる。デシレアのアドレスを知らないから、私を経由したらしいが」
「あ、ああ!」
イデオンはポン、と手をうった。そう言えば、そんなようなことを言っていた気がする。クリスマスコンサートが台無しになったから、代わりのコンサートのチケットを贈ろうと、言っていた気がする。本当に届いた。スティナ経由だけど。
「へえ。ありがとう……あ、やっぱり、うちに来て、デシレアに直接渡す?」
イデオンがにこにこしながら尋ねると、スティナはぐっと眉根を寄せて目を細めた。彼女の反応にイデオンは笑う。
「嫌ならいいけど、デシレアもイーリスも会いたがってたから」
討伐師の話を聞きたいんだって、とイデオンが言うと、スティナは顔を無表情に戻して「守秘義務がある」と生真面目に答えた。本当に、口が悪わりには常識的な娘だ。そのギャップが面白い。
「あと、デシレアはかばってくれたお礼がしたいんだって。そう言えば、怪我は大丈夫?」
ヴィルギーニアが簡単な治療をしていたとはいえ、スティナの左腕はほぼ粉砕されていたと言っても過言ではない状態だったらしい。基本的に、回復力が高いスティナが、治癒術師の治療を受けてもなかなか回復しなかったほどだ。
今は包帯も取れ、元気そうに見える。顔色もいつもと同じように見えるが、基本的にスティナは色白なので、実際のところはよくわからない。
「礼など無用だ。怪我も問題ない。いいから受け取れ」
イデオンは苦笑し、スティナの持つ端末に自分の端末を向けた。イデオンの端末にチケットデータが送られてくる。
「ありがとう。渡しておくよ」
「頼んだ」
スティナは素っ気なく言うと、事務室を出て行こうとした。だが、その前に呼び止められる。どうやら、どこかへの監査に連れて行かれるようだ。イデオンは少し笑ってコンピューターに向き直る。
多少の危険はあるが、ここは結構いい職場だ。そう思った。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
私が書くと、ギャグっぽくなる。ダーク・ファンタジーをうたってるけど、そのタグを外した方がいいかとちょっと思う。いや、でも、これからややダークになっていく予定なんですが。




