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クリスマス・キャロル【5】☆











 フレイア……本名ヴィルギーニアのコンサートに行くのは初めてではない。たいてい、ヴィルギーニア本人からチケットをもらう。スティナも彼女の歌が嫌いなわけではないが、コンサートに行くほどではない。


 そもそも、人の多い場所は苦手だ。自分が異質なのだと認識させられる。


 それでも、このコンサートに来たのはヴァルプルギスが出るかもしれない、と言われたからだ。しかし、本当に出てもどうしろと言うのだ。スティナは万能ではない。

 ヴィルギーニア……フレイアがステージに現れ、人々が熱狂する。かなりいい席を陣取っているのにそこまでの熱がないスティナは、周囲に合わせて立ち上がりはしたが、ひたすら手元のポップコーンを食べているという残念っぷりだ。横の人は胡乱気にスティナを見ている。

 フレイアの曲はアップテンポなものも多いが、バラードもある。スティナはバラードの中の『もしもあなたが』と言う曲が好きだ。好きと言うか、気になると言うか。明らかに、討伐師のことを歌っているのだ。


 コンサートも終盤に差し掛かり、人々の熱狂はピークだ。ポップコーンのほかにホットドックも食べきったスティナは、腹が膨れてこの大歓声の中眠くなってきた。

 だが、同時に考える。この歓声の中なら、悲鳴が上がっても気づかないな、と。そして、そのスティナの予測は当たっていた。


 左手の方から段々とざわめきが広がっていく。スティナはそちらに目をやった。ヴィルギーニアも騒ぎに気が付いて歌うのをやめる。そうなると、一気に観客にも不安が広がる。


 ふと、ヴィルギーニアと視線がかみ合った。いや、でも、この場でいきなり戦いだしてもいいのだろうか。不審者なら、警備員が捕まえたほうがいいだろう。だが。


「きゃああああっ」


 悲鳴が響いて、観客たちが逃げ出す。つられて他の観客たちも逃げ出し、スティナは身動きが取れない。流れに抗うように移動しようとするが、よる波が大きすぎる。


「っ」


 スティナは客席の背もたれ部分に足をかけてそこに仁王立ちした。さすがに、そのあたりは誰も通らない。しかも、視線が高くなり視界も確保できた。ステージを見ると、ヴィルギーニアはすでに避難していた。スティナは騒ぎの発生地点を見る。警備の人間が誰かを取り押さえている様子だ。ただの凶悪犯……だろうか。


「すみません、お客様! そんなところに登られると危ないので降りていただきたいのですが!」


 会場のスタッフらしい人間に声をかけられた。スティナは背もたれに仁王立ちしたまま振り返る。その若い男の顔を見て、スティナはその場で半回転し、男の顔面に蹴りを入れた。まだ観客が全員避難しきっていないので、その様子を見て数人が悲鳴を上げる。

「ぼ、暴行罪ですよ!」

「自分がしてきたこと顧みてから言えよ」

 ここまで近づけば分かる。彼はヴァルプルギスだ。よく、スティナの感覚は『野性的直観』だと言われるが、肝心なところで外したことはなかった。

 案の定、男はにやっと笑った。


「お前は、討伐師だね」


 体の左半分が変化しかける。スティナは男の襟首をつかむと、そのまま人の少ないステージの方へ放り投げた。少しバランスを崩して座面に足をついたが、そのままその足を踏み込み、一気にステージの方へ飛び降りた。ついでに起き上がりかけた半変化のヴァルプルギスに飛び膝蹴りを食らわせる。

 先ほどからサイレンが鳴り響き、うるさい。スティナはいらだちまぎれにヴァルプルギスに後ろ回し蹴りを放つ。それはわき腹と思われるあたりにヒットしたが。


「ッ! いってぇ!」


 硬化型のヴァルプルギスだったのか、蹴った側であるスティナの方が痛かった。少し距離をとり、蹴りあげた右足を触る。うん。骨は折れていないようだ。右足を引いてファイティングポーズをとる。警報は鳴り響いているから、しばらくすれば監査室の誰かが乗り込んでくるはずだ。

 だが、それまでは素手だ。素手での格闘経験がないわけではないが、やはり討伐師の力をそのままヴァルプルギスに伝えてくれる武器がある方がいいに決まっている。

 時間を稼ぐことができればいい。しかし、相手は殺しに来るし、こちらも殴ると痛い。仕方がない、締めるか、などと考えていた時、再び悲鳴が上がった。スティナはそちらを振り返り、相手にしていたヴァルプルギスの攻撃を食らう前に駆けだした。椅子の背もたれを踏みつけ、悲鳴が上がった場所に向かう。


 そして、悲鳴をあげた人物を見て驚いた。イデオンの姉、デシレアだった。大きく咢を開くヴァルプルギス。二体いたのか。こちらは、デシレアのストーカーの方だろうか。間に合わない、と判断したスティナはとっさに左腕を差し出した。


「ッ!」


 今度は悲鳴を上げなかった。人間、本当に痛いと声が出ないものだ。大きな口に並ぶ鋭い歯が、スティナの左腕を貫いていた。

「あ、あなた、スティナ……!?」

 驚きの声が背後から聞こえる。デシレアだ。スティナは振り返らずに空いている右手でヴァルプルギスの顎を押し開いた。

「ふざけんじゃねぇぞ、痛いだろぉがぁ……っ!」

 ぎりぎりと顎を押し、口を開かせる。そうしないと、腕が抜けない。と、先ほどステージのあたりに置いてきたヴァルプルギスがこちらに向かってくるのが見えた。スティナはやや強引に自分の左腕に食らいついているヴァルプルギスの口から腕を抜くと、そのままぶん投げた。空中で回避するすべのないヴァルプルギスは、互いに衝突して落下した。


 それを見届けたスティナは左手を動かそうとして見るが、ずきりと痛むだけでまったく言うことを聞いてくれない。うっかり利き腕を差し出さなくてよかった。

「ス、スティナ、大丈夫? 手当しないと……」

 震える声で話しかけてくるデシレアを、スティナは振り返った。その顔は恐怖でゆがんでいたが、スティナに話しかける根性はあるらしい。彼女の隣には、彼女の婚約者がいた。

「私はいいからとっとと逃げろ。食われるぞ」

 スティナがヴァルプルギスの方に目を向けて言った。すでに、この広いホールにはスティナたちしかいない。

「でも、君も、そんなに血が……」

 デシレアの婚約者が言った。思わず目を落とすと、真っ赤になった左腕が眼に入った。しかし、もっとひどい怪我を負ったこともある。何より動けるので問題ない。と言っても、理解してもらえないだろうことはわかっている。


「スティナちゃん!」

「イデオン!?」


 ホールに駆け込んできたのは細長い布袋を持ったイデオンだった。ちなみに、彼の名を呼んだのは姉のデシレアだ。彼は姉を見てため息をつく。

「やっぱり巻き込まれてるし……」

「それは後にしろ。とっととそいつをよこせ」

 スティナが自由になる右手を差し出すと、イデオンが布袋をこちらに向かって投げた。少しそれたが、何とか受け取る。スティナは器用に布袋から剣を取り出すと、柄を持ち、鞘を首と肩の間に挟んだ。そのまま白刃を引き抜く。掲げてみると、最高純度の魔法剣『スノー・エルフィン』だった。


「おい! お前のほかには!」


 念のためイデオンに尋ねたが、「一人! ごめん!」と言われた。いや、謝ってほしいわけではなかったのだが。『スノー・エルフィン』をやるから、お前、一人で頑張れと言うことか。

「っていうか、スティナちゃん! 怪我ぁぁああっ!」

「うるさい! それも後だ!」

 姉弟そろって言うことが同じだ。スティナは剣を肩に担いでデシレアたちを振り返る。デシレアは婚約者に抱きしめられていた。おびえた目で見られるのは仕方のないことだと思う。

「お前はとっととこの二人を回収しろ!」

 スティナはイデオンに向かってそれだけ叫ぶと椅子の背もたれに飛び上がり、もつれ合って床に転げているヴァルプルギスに向かって跳躍した。

 スティナは片腕が使えない。出血も多い。短期決戦でないと勝機はない。

 先にやるなら、どちらだ。やるなら――。


「お前が先だぁっ!」


 スティナは落下の勢いのまま、自分の腕をかじってくれたヴァルプルギスの脳天に向かって剣を突き立てた。突き刺さったが、浅い。スティナはヴァルプルギスの肩を蹴って剣を引き抜くと、床に着地する。動きを鈍らせたヴァルプルギスののど元を後ろから一気に貫いた。

 スティナがそのヴァルプルギスを蹴ると、力尽きたそのヴァルプルギスは倒れ込んだ。死んでいなくても、しばらくは動けないだろう。続いては硬い方のヴァルプルギスだ。スティナは一度剣を払うと、剣先に魔法陣を出現させる。魔法陣が出現した剣先から、赤い文字が白刃を上ってきた。


「手加減はできそうにないからな……」


 スティナは声を上げながら硬いヴァルプルギスに斬りかかる。肩のあたりに少し傷がついたが、斬り裂けない。


「ちくしょう……硬ぇな。私に斬れないって、どんなだよ」


 スティナは自分が優秀な討伐師である自覚がある。しかも、最高傑作『スノー・エルフィン』を使っているのだ。なのに斬れないってどういうことだ。

「スティナちゃん!」

 イデオンの声を聞いて、スティナはとっさにヴァルプルギスから距離をとる。銃声が響き、イデオンが放った銃弾がヴァルプルギスに襲い掛かる。彼が持っているものも魔法精製のライフルだが、彼はエクエスの力を持たないので、ヴァルプルギスにとどめを刺せない。


 しかし、いくらかは効くはずだ。何より、ライフルの銃弾は貫通力が高い。スティナは目を凝らして着弾した辺りを見る。

 銃弾は、ヴァルプルギスの左肩に着弾していた。しかし、貫いてはいない。上の硬い皮膚に阻まれて銃弾が止まっていた。

「……おい! 対物狙撃銃は持ってないのか!?」

「そんな大きいもの、持ってこれないし!」

 そりゃそうか。さすがのスティナもイデオンの訴えに納得する。せめてもう一人、討伐師がいれば少し違うのだが、現実として、ここにいる討伐師はスティナだけなのだ。一人で何とかしなければならない。


「スティナちゃん! 後ろ!」


 イデオンの叫びに、スティナは振り返る。先ほど仕留め損ねたらしいヴァルプルギスが、半分だけになった口を大きく開いていた。振り返った勢いのまま、スティナは今度こそその首を切り落とす。と。

「うぐ……っ!」

 後ろから首をつかまれ、体が宙に浮いた。まずい体勢だ。前向きで捕まれたなら、もう少し何とかできたのに。ヴァルプルギスは力が強い。スティナの首など、簡単に折ってしまうだろう。


 と、その時、歌が聞こえた。何となく既視感のある光景だ。見ると、ステージに一人、ヴィルギーニアが立って歌っていた。まるでスポットライトを浴びているかのような立ち姿だった。

 ヴァルプルギスの力が緩んだ。その隙をつき、スティナは剣を逆手に持ち直し、背後を思いっきりついた。ヴィルギーニアの歌の影響で硬度も弱くなっているのか、思ったより簡単に刺さった。スティナが解放される。地面に着地すると、軽く咳き込んだ。

 ヴィルギーニアは討伐師になれなかった。単体でヴァルプルギスを倒せないからだ。しかし、後方支援としては優秀である。スティナはヴァルプルギスに斬りかかる。ヴァルプルギスにヒビが入った。そのまま力押しで吹き飛ばす。


 スティナはヴァルプルギスに向かって剣先を向けた。そこに、魔法陣が現れる。そして、その魔法陣から大量の光矢こうやが放たれた。あまり得意な方法ではないのだが、こちらの方が効くだろうと判断したのだ。

 魔法陣からの攻撃を終えると、あたりには煙が立ち込めた。ヴァルプルギスが倒されたかわからず、スティナは警戒を続ける。ヴィルギーニアも歌い続けていた。

 その時、煙の中から何かが飛び出してきた。硬い皮膚の大半を失ったヴァルプルギスだった。盾を失ったヴァルプルギスと、その飛びかかってくる勢い。これなら。

「くたばれ!」

 スティナは逆手に持った剣先をヴァルプルギスに向け、相手がつっこんでくるままにその体を貫いた。









ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


一応、スティナは自分がおかしい自覚はあります。そして、ひたすら食う彼女(笑)


魔法武器『スノー・エルフィン』

エクエスの力の伝導率を上げるための魔法生成の刀剣。最高純度の魔法剣で、魔法武器の中でも最高傑作。しかし、癖があり使用者が限られる。普段は監査室本部地下の武器庫で補完されている。白銀の細剣。


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