クリスマス・キャロル【4】
ユール……わかりやすく言うと、クリスマスが近づいてきている。文化学もかじっているスティナによると、厳密にはユールとクリスマスは別物であるらしいが、地域のもとの祭日と、外から入ってきた宗教の祝日が混ざり合ってこうなったらしい。この地域では、クリスマスをユールと呼ぶのが一般的だ。
イデオンが現地監査から帰ってくると、監査室には来客があった。
「あら、お帰りなさい。リーヌスと……イデオン、だったかしら?」
相変わらずイデオンとコンビを組んでいるリーヌスに向かって、彼女は手を振った。歌姫フレイアだ。本名はヴィルギーニアらしいが。
「おう、ヴィー。来てたのか」
「まあね。スティナと待ち合わせ」
そう言ってヴィルギーニアは片目を閉じた。本当に美人で、イデオンは思わず見とれたが、ふと思ってリーヌスを見上げ、ついでにヴィルギーニアとしゃべっているエイラも見た。
「……討伐師とか、弱くてもその力がある人って、美人が多いですねぇ」
「ああ……まあ、そうかもな」
自分もその中の一人なので、リーヌスもあっさりとはうなずけないようだった。彼もなかなかのハンサムである。言動が残念であるところも討伐師の特徴かもしれない、と考えるイデオンは結構ひどい。
「エイラもヴィーもスティナも美人だからな。ニルスも顔立ち整ってるし」
リーヌスが楽しくおしゃべりしている美女二人を見てうなずいた。芸能人でもあるヴィルギーニアはともかく、顔が眼帯で半分ほど隠れているエイラも、その美貌がわかる。スティナとニルスは言うまでもない。あの二人は、イデオンが今まで出会った中でも特に美人な二人だ。
「イデオン、第一銀行の資料、どこやった?」
「あっ、僕がまだ持ってます!」
「おーい。被害者の病理学的解剖結果、来たぞー」
「そこに置いておいてくれ!」
リーヌスの元に様々な情報が集まってきている。イデオンの先輩ではあるが、彼もまだ四年目のはずなのだが、やはり優秀だからだろうか。
イデオンが電卓で計算をしているとき、スティナがやってきた。彼女は大学生であるので、来るときとこないときがある。というか、たいてい来ない。呼び出せば来るが、そうでなければめったに来ない。
「あ、来た来た。スティナ」
ヴィルギーニアが立ち上がり、スティナに向かって手を振る。彼女は声をかけてくる監査官たちに適当に挨拶しながらヴィルギーニアの元に向かっていく。
「こんにちは、スティナちゃん」
イデオンが声をかけると、スティナは立ち止ってじっと彼を見つめてきた。周囲が何事だ、と騒然とする。居心地が悪くなってきたころ、スティナが口を開いた。
「デシレアは、元気?」
「……ああ、うん。大丈夫だよ」
ストーカー被害は収まっていないが、スティナに助けられて以降は過度な接触はないようだ。恋人もちゃんと見てくれているようだし。
何を言われるのかと戦々恐々としていたイデオンは、スティナの質問にほっとしつつ答えた。彼女は、以前助けた女性のことを心配しているだけだった。
イデオンの答えに満足したのか、スティナは「そう」とうなずくと、当初の目的地であるヴィルギーニアの元に向かった。立ち上がったままだった彼女が興奮気味に言う。
「やだなに? あなたにもついに春が!?」
「春は四か月は先だ」
「その春じゃないわよ! わざとやってるのよね?」
スティナのずれたツッコミに、ヴィルギーニアが心配そうに尋ねた。スティナの表情からは、ボケなのか本気なのかはわからない。
「ま、いいわ。今に始まったことじゃないし。じゃ、とりあえず携帯端末出してよ」
ヴィルギーニアがニコリと笑って要求する。スティナは胡乱気に彼女を見つめ、携帯端末を取り出した。意外に素直だ。
「ほい」
ヴィルギーニアはスティナが取り出した携帯端末に自分の端末を向けた。そして、スティナの携帯端末に向かって何かをタップした。
「……何これ」
スティナが送られてきたものを見て顔をしかめる。ヴィルギーニアは人差し指を立てた。
「私のクリスマスコンサートの招待状。来てね」
「来てね、じゃねぇよ。人の予定も聞かないで招待状送り付けんな」
ヴィルギーニアには悪いが、これはスティナが正論だ。だが、歌姫フレイアのコンサートのチケットと言えば、倍率が高くてなかなか手に入らないものである。これを本人から手に入れられるのは、かなりの役得だろう。
「ただ来てね、と言ってるわけじゃないのよ。ちゃんと理由があるもの」
ヴィルギーニアはそう言って胸を張った。
「どういうことだ」
スティナが携帯端末をポケットに片づけながら言った。とりあえず話を聞く気はあるようだ。微笑んでいたヴィルギーニアはふっと真顔になって椅子に座り直し、腕と足を組んだ。
「聖ルシア祭のとき、私があんたたちに協力したでしょ」
ヴァルプルギスの動きを弱める歌のことだろう。ヴィルギーニアが協力してくれたおかげで戦いやすかったとニルスは言っていた。
「そのおかげでヴァルプルギスに目をつけられちゃったみたいでさぁ。監視されてるみたいなんだよね」
さらっと恐ろしいことを言ってのけた。監査室に関係する人間は、ちょっとみんなから常識がずれているのだと思うのだ。
「やり損ったか。で、それとコンサートに何の関係があるんだ」
スティナがせかすと、ヴィルギーニアは顎に指を当てて笑った。
「コンサートって、多くの人間が集まるでしょ。不審者が入り込まないように警備するものだわ。でも、ヴァルプルギスは見た目が普通の人間と変わらないし、見つけるのは困難だわ。見つけたところで、ただの人間がヴァルプルギス相手に戦えるわけがないわ。私も、せいぜい弱らせることができるだけで、実際には討伐できない」
ここまでくれば、スティナに何をさせようとしているのか完全にわかろうと言うものだ。
「で、あなたにはヴァルプルギス対策として来てほしいの」
「……言うと思った」
スティナがため息をついた。彼女は机に頬杖をついてヴィルギーニアの方に身を乗り出す。
「だが、それなら何故招待客側なんだ。警備としてねじ込めばいいだろう」
「それも考えたんだけど、やっぱり、雇うとなると、いろいろと動きが制限されると思ってたの。まあ、運営側にもヴァルプルギスが入り込んでいる可能性は否定できないんだけど」
ヴィルギーニアは思慮深げに言った。観客なら自由に動ける、と言うことか。
「つーかさ。どっちにしろそれってスティナが武器持ち込めないんじゃないか」
リーヌスが口をはさむ。確かに、観客側ではスティナが武器を持ち込むことはできない。
「そうね。でも、大丈夫でしょ。スティナだし」
「どういう意味だ、それは」
わずかに怒気をにじませてスティナがヴィルギーニアにつっこんだ。さすがに素手ではスティナもヴァルプルギスの討伐は難しいだろう。
「いや、どっちにしろ、ヴァルプルギスが出た時点で監査室に警報が行くんだから、そこから武器持ってきてもらえばいいじゃん。ようは時間稼ぎをしてほしいわけ」
「馬鹿言うな。私を殺す気か」
「いや、殺しても死ななさそうじゃん」
「お前、私をなんだと思ってんだ……」
いや、しかし、正直ヴィルギーニアの言うことに同意できるイデオンだ。スティナは殺してもそう簡単に死ななさそうだ。いや、そう言う状況にならないのが一番なのだが。
「ヴィー。あまり無茶は言わないの」
ずっと黙っていたエイラが苦笑した。どうやらエイラはスティナの味方をするようだと思ったのだが。
「でもまあ、確かにヴィーが目をつけられている可能性は高いわね。スティナ、ちょっと協力してあげなさいよ」
「……」
「そんな顔しないの。何かあれば時間稼ぎ。なければただでフレイアのコンサートを聞けるのよ。フレイアのコンサートのチケットは倍率が高くてなかなか手に入らないのよ」
「……私一人で、数万にもなる人間を守ることは不可能だ。いっそ、コンサートを中止しろ」
スティナが手で目元を覆って言った。ヴィルギーニアはやはり微笑んでいる。
「それも考えたけどさ。脅迫を受けたとかならともかく、理由もなく中止するのは無理って言われた。中止したときのキャンセル料だってばかにならないわ」
現在人気上昇中のフレイアですらためらうほどのキャンセル料なのか。まあ、フレイアともなればコンサートの規模が大きいから仕方がないのかもしれないが。
「なら私が脅迫文を送ってやる。安心しろ。絶対に失敗しないから」
「やめろ!」
「っていうか、その自信はどこから出てくるの!?」
スティナの凶悪なセリフに、リーヌスとヴィルギーニアが全力でツッコミを入れた。少し離れた席で話を聞いていたイデオンは苦笑を浮かべた。
「というか、脅迫するだけじゃなくて実行するんだね……」
イデオンの言葉が聞こえたらしいエイラが彼の方を見て笑った。有言実行。それがスティナイズムなのかもしれない。
△
最終的に、スティナはフレイアのコンサートに行くことになったようだ。その時点でかなりげんなりしていたのだが、帰る前に監査官に「報告書を書け」と言われて本格的に死んだ目になっていた。それでもちゃんと書き上げていくのだから、彼女は偉い。
「お帰り~」
帰宅したイデオンを迎えたのはデシレアだった。スティナに答えたように、今日も元気だ。
「ねえねえ。実は、コンサートに誘われたの」
うれしくて仕方がないと言う風に語るデシレアに、なんだか聞き覚えのある単語を聞いたイデオンは「コンサート?」と尋ね返す。
「そう! フレイアのクリスマスコンサート! 私が好きなのを知ってるから、取ってくれたらしいの! 倍率高いのに!」
「……そう。よかったね」
デシレアの恋人はデシレアに激甘だ。フレイアのコンサートは倍率が高いだけでなく、チケット料金も高い。
問題は、コンサートにヴァルプルギスが現れる可能性があること。そう言えば、デシレアのストーカーもヴァルプルギスの可能性があると、スティナは言っていた気がする。
どちらにしろ、スティナがかわいそうな状況になる気がした。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
スティナの不穏な台詞を考えるのが楽しすぎる(笑)
非常識に見えて意外と常識的なのがスティナです。




