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特別監査室【1】

新連載です。

恋愛とか言っていますが、どちらかと言うとファンタジー風味で進んでいくかと思います。

人死に表現が出ることがありますので、ご注意ください。






 ヴァルプルギス、と呼ばれる存在がいる。この国や周辺で見られる行事、ヴァルプルギスの夜からとられたものであり、魔女たちがサバトを開き、跋扈する、という伝説から、この名がとられたのだと言われている。

 ヴァルプルギスは、見た目は人間と変わらない。男も女もいる。だが、その存在は邪悪で、黒魔術を使い、人を惑わして害し、そして、食べるのだと言う。

 見た目は人と変わらないのに、ヴァルプルギスを仕留めるのはひどく難しかった。なぜなら、魔術を使い、人より丈夫で、素早く、頭もよいのだ。現在では、人間の中に紛れ込んで生活しているヴァルプルギスが多い。その方が、獲物にありつきやすいからだ。

 おおよそ人間に倒すことはできないヴァルプルギスだが、そんな彼らを倒すことができる力を持つ人間もいた。彼らは『エクエス』と呼ばれ、人々の嘆きを聞き、ヴァルプルギスを排除していた。
















 イデオン・トゥーレソンは新卒で司法省公安局特別監査室に採用された二十二歳の青年である。九月に新採用として職務についてから、一か月が経っていた。

 監査室の主な職務はその名の通り、監査であるが、裏の仕事も存在した。古くから存在すると言う、現在『ヴァルプルギス』と呼ばれる存在の討伐だ。人に害を加えて殺してしまう彼らは、人間に擬態していて、発見するのが難しいのだと言う。

 イデオンはその日、初めて裏任務であるヴァルプルギスに関わることになった。


「あくまでも様子見だ。不用意なことはするな。挙動不審になったらその場で気絶させるからな」

「はい!」


 イデオンは元気に返事をしたが、彼に向かって容赦のない脅し文句を言ったのは彼の先輩監査官であるリーヌス・ハンメルトである。イデオンより三つ年上の二十五歳で、褐色の髪に長身の男性である。顔立ちはかなり整っている。正直、うらやましい。

「ええっと。調査対象はミルド孤児院ですよね。首都フェルディーン郊外にある児童養護施設……」

 そこまで読んで、イデオンはリーヌスを見上げた。

「ここに、ヴァルプルギスがいるんですか?」

「まあな」

「これ、三年前にも調査されてますよね?」

「そうだな。その時は、相手のヴァルプルギスに手も足も出なかった」

「そう言えば、ヴァルプルギスはどうやって討伐されるんですか?」

「……それを見せるために、お前を連れて行くんだ」

 ちょっとリーヌスに呆れられた気がしたが、ヴァルプルギスに関しては報道統制が行われているので、詳しいことはわからないのだ。ただ、どこそこのだれだれがヴァルプルギスで、無事に討伐された、などとニュースになるだけだ。


「とりあえず行くぞ。ほら、運転しろ」

「は、はい! すみません!」


 リーヌスにせっつかれ、イデオンはシルバーの車の運転席に乗り込んだ。リーヌスは助手席に乗り込み、シートベルトを締めながら言う。

「そう言えば、現場に行く前にクロンヘルム大学に寄ってくれ。拾いたいものがある」

「は? 大学ですか?」

「そうだよ。いいから行け」

「は、はい」

 強い口調で言われ、イデオンは車を走らせた。そこで気が付く。

「クロンヘルム大学のどこに行けば?」

「南門だな」

 さらっと答えたリーヌスは、携帯通信機に目を落としており、誰かにメッセージを送っているようだ。

 クロンヘルム大学は、中堅大学だ。首都フェルダーレン内にあるそれほど大きくない大学であるが、中堅と呼ばれるだけあり、それなりに著名人を輩出している大学でもある。


 塀に囲まれた巨大な大学の敷地が見えてきた。イデオンは言われたとおりに南門に車を停車させる。南門の側では、学生らしい女性が塀に寄りかかり、腕を組んで立っていた。リーヌスが遮光になっている窓を開けて声をかける。


「スティナ! 待たせたな」


 女学生がこちらに目を向けた。青っぽいシルバーブロンドに、黒縁眼鏡。黒いコートに黒のスラックス。足元はベージュのショートブーツで、シャツは緑であるが、全体的に黒っぽい服の女性だった。

 彼女は車に近づいてくると、リーヌスに向かって言った。

「呼び出しておいて、遅い」

「悪いな。とにかく乗れ」

 女性はふん、と言いながらも後部座席に乗り込んできた。イデオンはリーヌスをちらっと見る。


「あのー……」


 だが、リーヌスはズバッと言った。

「いいから出せ。邪魔になってる」

「! すみません!」

 あわてて車を発進させる。リーヌスはその間に後部座席の女性に声をかけた。

「急に呼び立てて悪いな。クラースが突然別任務に行くことになってな」

「別に。いつものこと。リーヌスに謝られることじゃない」

 リーヌスもズバッと言うが、彼女もなかなか舌鋒のきつい娘だ。彼女は黒縁眼鏡を外し、髪をかきあげた。


 それをバックミラーで見たイデオンは思わずどきりとした。後部座席の女性は、かなりの美女だった。


 幻想的なシルバーブロンドにラピスラズリのような濃い青の瞳。すっと通った鼻筋。顔も小さく、色白だ。

「それで、私はどこに連れて行かれるんだ」

「ミルド孤児院だ。三年前、エイラが討伐に失敗した。……行けるか?」

「当然」

 エイラ……というのは、監査室長補佐のエイラ・セイデリア女史のことだろうか。なんだか親しげだが。


「で、その人誰」


 ミラー越しに女性はイデオンを見ていた。イデオンはなぜか緊張する。

「俺の部下のイデオン・トゥーレソン。新しい相棒だから、仲よくしろよ」

「へえ」

 彼女はそう言って口をつぐんだ。イデオンは動揺しながら言う。

「ええっと。イデオンと言います。よろしく……」

 名前を呼びたかったが、名前を聞いていなかった。確か、リーヌスはスティナと呼んでいただろうか。

「彼女はスティナ・オークランス。今回の戦力だ。気難しいやつだが、悪いやつじゃないから」

「ああ、はい」

 何となく、スティナへのリーヌスの態度が柔らかい気がした。気心が知れた仲のようだし、昔からの知り合いとかだろうか。


「スティナ。お前も挨拶」


 リーヌスに促され、スティナはようよう口を開いた。


「スティナ。よろしく」


 彼女は素っ気なかった。リーヌスがイデオンの個人情報をいろいろと曝してくれる。

「彼はフェルダーレン大学の出身だ。新卒採用だから、お前と年も近いだろ。仲良くな」

 念を押すように言った。スティナはちらりとイデオンを見る。

「頭、いいんだ」

「いや……そう言うわけでもないですけど」

 フェルダーレン大学はこの国一番の大学と言われているが、イデオンの大学での成績は中の中だった。要するに普通なのだ。生活態度も良かったし、普通に卒業できたが、本当に頭が良ければ、大学院に行ったり留学したりしている。

 一般の人より多少は記憶力がいいと思う。しかし、別に彼は頭がいいわけではない。本人はそう思っていた。


「そう」


 スティナはそれだけ言うと、後部座席で目を閉じた。リーヌスが彼女に目をやる。イデオンはリーヌスに尋ねた。

「先ほど、リーヌスさんは彼女を戦力と言っていましたけど、どういう意味ですか?」

「そのままの意味だな。何もなければいいが、何かあった時のために対策はいるからな。本当は別のやつが同行するはずだったんだが、急に出張に行ってしまってな」

 そう言えば、『急に悪い』と言っていたか。そうまでして、同行する必要がある彼女は、いったい何者なのだろう。予想はつかないわけではないが、何となく現実逃避したい。

「愛想はないが、仕事は確かだ」

「っていうか、大学生ですよね? 彼女」

 どう見てもイデオンより年下だし、二十歳前後に見える。待ち合わせ場所がクロンヘルム大学だったことから考えても、彼女は学生なのだと考えるのが自然だ。

「ああ。大学二年生だったか。人文科学部にいる。考古学が専門だったか」

「人類学だ。どこから考古学が出てきた」

「ああ、人類学か」

 スティナのツッコミにリーヌスがうなずいた。確かに、かすっていない気がする。広義の意味では考古学も人類学に入るらしいが。


 ちなみに、イデオンは法学部だった。だから、司法省に配属されたのだと思うが……だが、監査官の仕事は、思った司法省の仕事とは違った。これはこれで楽しいのだが。

 そろそろ孤児院に到着するか、と言う頃、リーヌスが後ろを振り返ってスティナに何かを差し出した。

「スティナ。これをつけてろ。それと、眼鏡は忘れるな」

「わかった」

 スティナがうなずき、襟元に徽章をつけた。イデオンやリーヌスがしているのと同じ、司法省の監査官であることを示すものだ。


「い、いいんですか」


 これは、騙りにならないのだろうか。詐欺罪が適用される可能性もあるのではないだろうか……。


 だが、リーヌスは自信満々に「構わない」と言う。

「確かに彼女は、監査室の職員・・だからな」

「……はあ」

 イデオンはもう知るか、とばかりに生返事をした。徽章をつけ、眼鏡をかけたスティナは、まあ、学生アルバイトやパートと言ってしまえば通じるかもしれないが。

 孤児院の敷地内に入り、駐車スペースに車を止める。全員が車を降りると、イデオンは車にロックをかけた。それからスティナを何気なく見て、それからまじまじと見つめてしまった。


「何」


 スティナが眉間にしわを寄せて言った。イデオンは「あー」と声を上げる。

「あの、その、えっと」

 しどろもどろのお手本のような動揺の仕方をするイデオンを見て、リーヌスが助け舟とばかりに口を開いた。

「ああ、ちょっとわかる気がするな。スティナは思ったより背が低いんだよな。顔が小さくて、細身で、手足が長いから長身に見えるけど」

「……」

 それこそ、イデオンが言いたいことだった。立ち上がったスティナは、思ったよりも背が低かったのである。顔が小さいので等身は多そうだが。

 おそらく、リーヌスが述べた理由のせいで、スティナは背が高く見えるのだと思う。スティナは「うるさい」とリーヌスを蹴った。イデオンには恐れ多くてできない行為だ。やはり、二人は昔からの知り合い、とかだろうか。

「とりあえず、中に入るか」

 リーヌスのその言葉で、一行は孤児院に足を踏み入れた。











ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


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