世界の書
一行がやってきたのは、マリーにも覚えがある警備課の窓口だった。例の女性職員に用件を告げると、彼女は「カマエル様はオフィスにいらっしゃいます」と言って、自分の仕事に戻ってしまった。勝手に行けと言う事だろうか。
ラグエルは事務机の間をずかずかと通り抜け、部長室と室名札が掲げられた部屋の前に立ち、その扉をノックも無しに開け放った。
天使長室よりも豪奢な机の向こうに、赤い甲冑をまとう天使がいた。彼は不機嫌な表情を隠しもせず、乱入者を冷たい目で睨み付ける。彼の傍らには目元にほくろのある女性天使が立っていて、彼女はすました顔で服の乱れを整えていた。
「カマエル、厄介ごとだ」
「お前以上の厄介ごとなどあるものか。ラグエル、なんの騒ぎだ?」
ラグエルは手早く経緯を説明し、話を聞き終えたカマエルはマリーに目を向け言った。
「影だと?」
ラグエルは頷く。
「ハリーの話によれば、そいつは逃げた影の例に漏れず主人のマリーを嫌っていて、マリーにたちの悪い嫌がらせを繰り返しているらしい。俺たちは彼女が、ハリーの書類を盗んだ犯人じゃないかと疑っている」
「主人への嫌がらせのためにか? くだらん」
と、カマエルはうんざりした様子で言った。
「お前がどう思っているかは知らんが、警備部は無能の集まりではない。ハリーが書類を提出したと主張した時点で、我々は盗難の可能性について捜査を行っているのだ。それでも盗難があったと言う証拠は見つからなかった。私には、お前が友だちに罰を下すのを引き延ばすために、あれこれ言い訳を並べ立てているように見えるがね」
「そんな器用なことをするだけの才能があったら、ラグエルの友だちはもうちょっと多いはずだよ」
ラファエルが口を挟んだ。
「つまらんことを言って邪魔をするな、ラファエル」
カマエルはじろりとラファエル睨んで言った。そして彼は、ふとマリーを見て首を傾げた。
「しかし、なぜ影の代わりが大人の姿なのだ?」
マリーはきょろきょろと辺りを見回し、壁掛けの姿見を見つけると、その前に立って懐中時計の蓋を開いた。大人に変身したマリーは、目を丸くする天使たちに向き直り、お辞儀をして見せた。
「驚いたな」
カマエルは変身したマリーを舐めるように見回した。それは、マリーを食べようとしたラビーノ伯爵の視線に、あまりにもよく似ていたので、彼女は背中が粟立つのを感じた。カマエルはいやらしい笑みを浮かべ、ラグエルに言った。
「この人間、私に譲るつもりはないか?」
「悪いな、カマエル。俺はこいつが気に入ってるんだ」
ラグエルは、眉間に微かな皺を寄せて答えた。
「そうか、残念だ」
カマエルは未練がましくマリーを一瞥し、ラグエルに向き直った。
「まあ、いいだろう。面白いものを見せてくれた人間への礼に、警備課を影の捜索にあたらせよう。それで構わんな?」
「ああ。恩に着るよ」
「お前の口から礼が聞けるとは思わなかったな。あるいは、お前は天使では無くて、悪魔の類ではないか。そうであれば、心にも無いことも口に出来るだろうからな」
カマエルがくどくどと憎まれ口を重ねていると、不意にオフィスの扉が勢いよく開け放たれ、窓口にいた女性天使が駆け込んで来た。
「どいつもこいつも、なぜノックをしない」
カマエルはぶつぶつ言った。窓口係の天使は上司に駆け寄ると、なにやらこそこそ耳打ちをする。カマエルの眉がぴくりと持ち上がった。彼は窓口係をオフィスから追っ払うと、ラグエルに目を向けた。
「手掛かりが勝手に転がり込んできたぞ、ラグエル」
「どう言うことだ?」
ラグエルは訝しげに聞いた。
「その娘の影が、資料室で何やらしでかしたらしい。おい、ローズ。ラグエルと一緒に行って、何があったか詳しく見てくるんだ」
カマエルは泣きぼくろの女性天使に命じた。女性天使は頷き、一歩進み出て会釈した。
「ローズと申します。よろしくお願いいたします、ラグエル様」
役所の廊下を歩きながら、マリーは不思議に思っていた。ラグエルと並んで先を行くローズは、なぜあんなにぷりぷりとお尻を揺らして歩けるのだろう。今の身体は彼女と同じ大人なのに、マリーにはどうしても真似できない。いろいろ試しているうちに、とうとうハリーが心配そうに言った。
「大丈夫か、マリー。なんか、かゆかったりうまかったりしないか?」
そうこうしている間にマリーは子供の姿に戻り、一行は資料室へたどり着いた。資料室の中には書架がずらりと並んでいるが、その半分以上は空っぽで、床には大量の資料がぶちまけられていた。入口の脇にはカウンターがあり、その傍らで途方に暮れた顔の天使が、一人立ち尽くしている。彼はマリーを見るなり、ぎょっと目を見開いて言った。
「お前は!」
マリーは、またかとため息をついた。やはり、鏡のマリーもこの天界に来ているのだ。そして彼女は、相変わらずイタズラを繰り返しているらしい。
「よく見ろ」ラグエルが言った。「ちょっと変わってるが、こいつは人間で、お前が見たのは彼女の影だ。お前も天使ならわかるだろう?」
天使は目をこらしてマリーを見てから頷いた。
「それより、ここで何があった?」
ラグエルが聞くと、天使は事の次第を話し始めた。彼は、ここの管理を担う天使で、事件は彼が昼食のために席を外した隙に起きた。昼食を終えて戻ってきた彼は、マリーにそっくりな女の子が資料室から逃げ出すところを見付け、訝しく思いながら中を覗いてみると、この有様だったらしい。そして、たまたま通り掛かった警備課の職員に事態を通報し、今に至る――と言うわけである。
「逃げ出した娘が、どこへ行ったかわかるか?」
ラグエルの問いに、資料係は鏡のマリーが逃げた方向だけを告げ、どこへ行ったかまではわからないと首を振った。
「あの、ラグエル様。私の罰はどうなるんでしょう?」
資料係の天使はしょんぼりと聞いた。しかし、この惨状は、どう考えても彼の責任ではない。マリーはその事を指摘するが、ラグエルは首を振った。
「こうなったのは、こいつが不用意に資料室を空にしたからだ」
マリーは引き下がらなかった。
「ゴハンや、おトイレに行くことがルール違反なの? そんなの馬鹿げてるわ」
「マリーちゃんが言うことは、もっともだよ」ラファエルが応援した。「今までは彼が席を外している間に、資料室を荒そうだなんて考える人がいなかったから、たまたまうまく回ってたんだろうけど、本来は複数人であたる業務なんだ。そうじゃなきゃ、ここに鍵を掛けられるようにするかだね」
「体制に問題があるのはわかったが、ルールはルールだ」
ラグエルは頑なに言ってカウンターへ向かい、そこにあった紙切れにペンで何事かを書き付け、それを資料係の胸元に押し付けた。
「今から、これを持って天使長室へ行ってこい。そこでミカエルの書類の整理を手伝え。それが、お前の罰だ」
「私が、ミカエル様のお手伝いを?」
信じられないと言った様子で、資料係はラグエルの書き付けを胸に抱きしめた。
「不服か?」
「とんでもない、喜んでお受けします。ありがとうございます、ラグエル様」
資料係は深々と頭を下げた。なぜ彼は、これほど嬉しそうに罰を受け入れるのだろうとマリーが首をひねっていると、ハリーが説明してくれた。
「ミカエル様は、みんなの憧れなのさ。そのお側で仕事が出来るってなれば、罰と言うよりご褒美なんだろ。まあ俺は、そんなのごめんだけどな」
そう言えば彼は、ミカエルのステンドグラスが飾られた教会から、逃げ出したことがあった。なぜそんなにミカエルを嫌うのかと問えば、「偉い人は、なんか苦手なんだよ」と彼は渋い顔で答えた。
「罰に喜ばれても困るんだがな」
ラグエルは頭を掻いた。
「まあ、いいか。ついでに、夜になったら守衛室へ来るよう彼に伝えてくれ」
資料係は頷き、いそいそと資料室を出て行った。その後ろ姿を見送りながら、マリーは天使長室で見た書類の山を思い出し、少しだけ彼のことが心配になった。そのことをラグエルに告げると、彼は「そうじゃなきゃ罰にならん」と真面目な顔で答えた。
「ミカエル様を呼びつけて、どうするの?」
ハリーが聞いた。
「説教する。体制に不備があるなら、それは天使長の責任と言う事になるからな」
マリーは思い出した。場合にもよるが、監視者は天使長よりも強い権力を行使できる――と、ラファエルは言っていた。しかし、それが天使長に説教をする権限だとすれば、少し拍子抜けである。
「なあ、ラグエル様。マリーの影がウロウロしていることもわかったし、俺の罰もナシにならない?」
ハリーが期待を込めて言った。
「ならない」ラグエルはきっぱりと言った。「今のままじゃ、影はまだ参考人止まりだ。限りなく黒だとしてもな」
「やっぱり、ダメか」
と、ハリーはため息をついてから、覚悟を決めた様子で言った。
「ミカエル様との約束もあるし、それならさっさと済ませちゃってよ」
「いいのか」ラグエルはピクリと片眉を上げた。「マリーの影を捕まえれば、帳消しになるかも知れないんだぞ?」
「あいつが、簡単に捕まるとは思えないんだよなあ。警備課の連中がひどい目に遭う方に、三シリング賭けてもいい」
「生憎、俺は人間の金を持っていなくてな」
ラグエルはズボンのポケットを叩いて見せた。
「なんだっていいさ。それより――」
ハリーは、資料室の中を歩き回って被害の状況を調べるローズに、ちらりと目をやった。
「カマエル様が言ってたこと、忘れたの。あいつ、ラグエル様が俺に気を遣って、罰を延ばし延ばしにしてるんじゃないかって疑ってだろ?」
ラグエルは口元に手を当てて考え込んだ。
「一応、あいつの力を借りて影を捜索してるんだから、今は足元を見られないように気を付けた方がいいと思うんだ。さもないと、難癖付けて協力するのを止めるって言いだすかも知れない」
「お前の言うとおりだ、ハリー」
ラグエルは認め、両手を広げてこう続けた。
「お前は散らかった資料をすっかり整理して、この部屋を元通りにするんだ。それを、お前の罰とする」
「資料整理なんてどうやればいいのさ?」
ハリーは途方に暮れた様子で言った。
「ほとんどの資料には分類や並び順を書いた背ラベルが貼ってあるから、それを見ながら書架の決められた場所へ収めればいい」
「わかった、やってみるよ」
ハリーは神妙に頷いた。
「私は、カマエル様のところへ戻ります。このことを、ご報告しなければなりませんから」
調査を終えたローズは会釈をして資料室を出て行った。
「俺は影の足取りを追ってみるか」
ラグエルも資料室を去り、ラファエルは「手伝うよ」と言って彼を追った。
大人たちがいなくなると、ハリーは床に散乱する大量の資料を眺め、盛大にため息をついた。それから彼は、すがるような目でマリーを見た。マリーは答える代わりに、床の上の本を一冊取り上げて言った。
「これから始めましょう?」
作業自体は簡単なものだった。マリーが散らばった資料を分類ごとに集め、それをハリーが彼女の指示に従って、書架の所定の場所へ収める――それだけだ。二人は地道に作業を続け、ほとんどの資料を書架へ収め終わり、最後に「世界の書」と表題が打たれた五冊の本が残された。いずれも背ラベルが無く、どこにどの順番で収めるかもわからない。手掛かりらしいものと言えば、それぞれ表紙の色が異なることくらい。
「どうしたもんかな?」
途方に暮れるハリーに、マリーは言った。
「中身を読んでみましょう」
それでわかったのは、扉に書かれた文章が五冊とも全て同じであることだった。
「これは世界の書がひとつである。世界は神と天使と人と悪魔と魔王によって成り、神の左に全てが立ち、魔王の左に立つものは無い。人は全ての間に在って、右に天使を、左に悪魔を従えるだろう。神と天使は真実のみを話し、魔王と悪魔は全てにおいて嘘をつき、人は真偽を気まぐれに操る。この書を手にした者は心せよ。誤った並びは、それを為した者に災いを与えるだろう」
マリーは読み上げ、ぱたんと本を閉じた。
「なんだか、不吉な感じがするわ」
「けどさ、並べて見ないことには始まらないだろ。とにかく、空いてる場所に入れて見ようぜ」
本を収める場所はすぐに見つかった。書架の一角に、ちょうど五冊が収まりそうな隙間があったのだ。マリーは、恐る恐るそこへ本を押し込んだ。不意に辺りが暗転し、本と本の隙間から平たく真っ白な手が伸びてきて、マリーの身体に絡み付いた。
「あっ……!」
と、マリーは思わず声を上げた。白い手が彼女の敏感な場所に触れ、そこでもぞもぞと指をうごめかしたのだ。マリーは懸命に口を押さえるが、その声は指の隙間から漏れ出した。そうして耐えきれなくなった彼女は、ついに大声で笑い出した。
脇腹をいやと言うほどくすぐられ、マリーはぐったりと床に倒れ伏した。白い手はするすると本の隙間に戻り、五冊の本はその場所を拒むかのように、書架から勝手に滑り出して、ごとりと床に落ちた。
「わかったぞ、マリー。あと一一九回試せば正解が見つかる計算だ。さあ、続けてくれ!」
目を輝かせるハリーの顔に、マリーはパンチを叩き込んだ。膝ががくがくしていたので精彩は欠いていたが、それでも威力はじゅうぶんだった。
「そんなにくすぐられたら、おなかがよじ切れちゃうわ。続きはハリーがやって」
「遠慮しとくよ。たぶん、そんな需要ないと思うし。それより、ちゃんと考えた方がよさそうだな」
二人は頭を突き合わせ、手掛かりは無いかと赤い本のページをめくった。
「我は魔王なり」
マリーは読み上げた。
「意味わかんないな?」
ハリーが首を捻る。
「そうね。他のも読んでみましょう」
マリーは黄色の本を開き、そこにあった文を読み上げた。
「我は神の左に立つ」
これも、さっぱり意味がわからない。仕方なく、彼らは残った本も片っ端から開いて読んだ。
「赤が『我は魔王なり』、黄色が『我は神の左に立つ』、白が『我は天使と手を携え黒を真実と告げる』、緑が『我は人に触れることはない』、黒が『我が左に魔王は立つ』か」
ハリーはそれぞれの本に書かれていた言葉を並べ立てた。二人は頭を抱えた。これをどう解釈すればよいのか。
するとハリーが、何かを思い付いたようにぽんと手を打ち鳴らした。
「多分、この五冊は神様と天使と人と悪魔と魔王の本なんだ。神の左に全てが立ち、魔王の左に立つものは無いってことは、両端に神様と魔王の本があるって意味じゃないかな。つまり、このヒントを元にして、正しい順番に並べろってことなんだ」
なるほど、とマリーは納得する。
「たぶん、どれかが嘘を言って、どれかが本当のことを言ってるのね。神様と天使様は本当のことしか言えないんだから、彼らの本には本当のことが書かれてるはずよ。そして、悪魔と魔王の本は嘘しか書かれてなくて、人の本はどっちかわからない。はっきりわかってるのは、赤い本が嘘っぱちだってことね」
「なんで?」
「だって、神様や天使様の本に『我は魔王なり』なんて書かれてたらおかしいでしょ。彼らは本当のことしか言わないって書いてあったもの」
「そうなると魔王も同じだな。嘘しか言えない魔王が『我は魔王なり』なんて本当のことを言ったら、やっぱりおかしなことになる。ちょっとわかってきたぞ。メモがいるな?」
マリーはカウンターから紙とペンと取ってくると、それをハリーに手渡した。
「黄色い本はどうだ?」
「神様以外が言うと本当のことになるから、これが悪魔や魔王の本だとするとおかしなことになるわね。天使様か人の本になるから、これには本当のことが書かれてることになるわ」
「なるほど」
ハリーは床に腹ばいになってメモを取っていく。
「白い本は、よくわからないわ。天使と手を携えって書いてるから、天使様以外の誰が言ってもおかしくないもの」
「緑の本の、人に触れることはないって意味はなんだろう?」
「真ん中にある人の本と隣り合ってないって意味じゃないかしら。こんなことを言えるのは、神様と人と悪魔だけよ。これも、嘘か本当かわからないわね」
「黒の本は本当のことだよな。だって、魔王は一番左端なんだから?」
しかし、マリーは首を振った。
「それが魔王の本なら、嘘よ。だって、魔王の左には何もないんでしょ?」
「そうだ。忘れてた」
ハリーは書き掛けの一文を横線で消した。
結局、赤と黄色の本以外は、真偽不明のままだった。解き明かすには、もう一つヒントが必要だった。二人で頭を捻るうちに、マリーは気が付いた。
「白の本って、黒を本当だって言ってるけど、これってちょっとおかしいわ」
「なんで?」
「だって、白の本が本当のことを書いてるなら、黒の本も本当ってことになるでしょ。そうすると、魔王の本が、どこにもないってことになるわ。赤も黄色も緑も魔王が言うと本当になってしまうもの」
「つまり、白も黒も嘘っぱちってことか」
「ええ、そして緑は神様の本ってことになるわね」
ハリーは首を捻った。
「わかんないや。ちゃんと説明してくれよ」
「五冊の本の中で、嘘が書かれているのは多くて三冊までなの。人と悪魔と魔王ね。赤と白と黒が嘘っぱちなら、残りは本当のことが書かれてるってことでしょ。そうして、黄色が天使様か人の本のどっちかだとしたら、天使様の本ってことになるわ。すると緑は神様の本以外にないってことにならない?」
「ジローがいたら、賢いな人間って言われそうだな」
二人は顔を見合わせ、くすくす笑った。
「けど、嘘つきの三冊はどれがどれになるんだ?」
と、ハリー。
「黒から考えましょう」
マリーは言った。
「この本に書いてあることを人や悪魔が言うと本当になっちゃうから、魔王の本で間違いないわ。白は天使の隣りにいない誰かの本ってことになるから、悪魔か魔王になるんだけど、魔王にしちゃうと黒の本は誰の本でもなくなってしまうの。だから、白は悪魔の本。そして、残った赤が人の本ってことになるわね。答え左から黒、白、赤、黄、緑よ。ハリー、その順番で並べてくれる?」
ハリーは頷き、書架の空いたスペースに本を押し込んでいった。最初に魔王、その右に悪魔、人、天使。しかし、最後に神の本を収めると白い手が伸びてきて、ハリーを散々くすぐり倒した。ハリーは床の上で、しばらくぴくぴく痙攣してからがばっと身を起こし、げらげら笑い転げるマリーに詰め寄った。
「どう言う事だよ!」
「右と左は本から見ての方向なの。だから、正解はこうよ」
マリーは左から順に神、天使、人、悪魔、魔王と本を収めた。本は書架にぴたりと収まり、白い手は現れなかった。
「だったら最初に言ってくれよ」
ハリーは唇を尖らせた。
「私がくすぐられてる時に、助けてくれなかったお返しよ」
マリーが意地悪く笑って言うと、ハリーは突然、彼女に飛び掛かり脇腹をくすぐり始めた。きゃあきゃあ叫びながら二人がじゃれ合っていると、扉が開いてラファエルが顔を覗かせた。
「おやおや」
床の上で絡み合う子供たちを見て、彼は目を細めた。マリーは急に恥ずかしくなって立ち上がり、乱れたスカートの裾を引っ張って直した。
「どうかしたの、ラファエル様?」
ハリーが聞いた。
ラファエルは笑顔をわずかに曇らせ、言った。
「それが、ちょっと困ったことになってね。とにかく、一緒に来てくれる?」
(12/13)誤字修正。ゼフィール様、ご指摘ありがとうございました