砦を守る者
亡者の森の奥、小さな水源のすぐ側、木造の簡素な建物がある。基本的には平屋だが、中央部分に煙突のような高い見張り台が設置されている。
此処を夜の拠点として生活する九人の集団は、この台を櫓と呼んでいた。
そう、この建物はスクラップのアジトなのである。
本人たちにアジトという認識はなかったが、デスエリアの監視を続けている機関がなにやらそう呼んでいるので、彼らも面白がって自らアジトと呼ぶようになっただけであるが。
最近は急激に気温が低下していることもあり、アジトは補修の真っ最中である。
「ちょい、楓のおっさん!もうこんくらいで十分だろ!」
壁の継ぎ目にひたすら板を打ち付けていた小柄な少年が、金槌を放り出した。金色のくせ毛が汗で額に張り付いている。
「あー、シオン!おっさんとか言ったらダメだよ?ね?カエデおじさん♪」
音もなく櫓から降りてきたのはランで、ふざけながら白い手で少年…紫苑の頬をペチペチと叩き始めた。姉弟に見えなくもない。
壁際で二人を眺めていた大柄な男が立ち上がり、紫苑の投げ出した板切れを拾い集めて呟いた。
「子供は元気だな、どこに居ても」
紫苑に楓のおっさん、と呼ばれたその人である。慣れた様子で脆い場所を探し出し、骨ばった大きな手からは想像も出来ないほど細やかに補修を終わらせていく。
紫苑とランは揃って自分の作業を放棄し、面白そうに楓の手元を覗き込んでいる。荒れた場所に居ても十四と十六。要するに、心の動きは子供なのだ。
しばらくすると、部屋の隅の机に向かっていた人影がふと三人の方を向いた。
「楓さんさぁ、もっと立派なモン造りたかったんでしょ。初めから」
少し冷めたようで穏やかな声の主は、ミオウだった。
楓は一瞬手を止めてミオウの顔をじっと見てみる。相変わらず、柔和なようで鋭い目付きは独特だ。
「…俺はあの時必要だったものを、最短で造っただけだよ」
二年前にこのアジトをほぼ一人で建設したのは楓だった。普通に考えれば、物凄い技術と根気なのだろう。だがこの普通ではないデスエリアに於いて、あの時彼らの為に自分が出来たことはあれしかないと、楓は思っている。職として卓越した技術や知識はあっても、この酷い環境の中で生き残って行けるような身体能力は無い。
ミオウのように五感が超人的に鋭い訳でも、ランのように自身の気配を完全にコントロール出来る訳でもない。紫苑は人智を超えたレベルの駿足だが、楓は寧ろ鈍足である。
他のメンバーのことを考えてもそう。スクラップには、楓のような『ただの人』は他に居ないのだ。
このアジトのメンテナンスや建築に関する事なら、役立っていることもあるだろう。それでも楓はこの集団の中で、どこか気後れしたような感覚に付きまとわれているのである。
深夜、今日補修する予定の場所が粗方終わり、楓は自分もそろそろ部屋に引き揚げようかと思案していた。同室の紫苑は昼間また無茶をしていたようだから、もう疲れて眠っているだろう。
広間の灯りを消そうとした時、櫓からミオウが降りてきた。
「見張りか?」
「まぁね…。月が紅くて気持ち悪いほどよく見えた」
そうか、と低く返して楓は逃げるように背を向けた。
「楓さん。少し話していい?」
背後から呼び止めるように話しかけられ、楓は仕方なくミオウと向き合った。
「ボクは夜にあてもなく荒野を見渡して風の音を聴いてると、血が沸騰するように昂ぶる。ランは完全に気配を消す時、生き物全部がロボットみたいに見えるらしい。シオンが偵察隊突破するのに疾走してる時、前頭葉はカラになってるってさ」
ミオウの声は若干笑い声混じりで、見上げてきた両眼にはかすかな狂気が伺えた。楓は何も言わずにその眼を見下ろす。
「あんたはさ、なんかある?そういうの」
「…ないな」
その答えを聞いたミオウは、心なしか安心したような顔をした。
「そうだね。あんたは中から追われたけど、レベル2だから他よりマトモなんだ。残りのボクらは全員、人類のトップが最悪と診断したレベル0だ。潜在的に暴走の危険がある集団ってことでしょ?」
何が言いたいのか。分かっていたつもりだが、ここまで言葉で区別されると疎外感が身体に突き刺さる。
「だから何だ」
楓は若干イライラしていた。だがそんな様子を見たミオウは何故か薄く笑い、楓の胸を拳でとんと押した。
「だからこそ、でしょ」
「あんたがボクらを守る要なんだよ」
ミオウはそう言うと、自室にすぅっと入ってしまった。
敵わないな、と楓は思う。
十以上も歳下の彼の背中が頼もしい。皆同じように感じるからこそ、彼がスクラップのリーダーなのだろう。
そして楓は、己の骨ばった手を見遣って握りしめた。自分の役割は、この集団の砦を守っていくことなのだと理解できた。
幾分穏やかな気分で今度こそ灯りを消し、楓は部屋に入っていった。
築二年のツギハギ城は、ギイッと音を立てて夜を迎えた。




