ひとくされしやみ そのⅠ
前回のあらすじ!!!
超有名なあのネズミは殺された!<ふわふわ>によって!!
嘆く彼女ネズミ!!婚約間近だったのだろうか?
いや、そんなことはどうだっていい!!!
この世に多大なる闇と混沌の存在は確認された!!!!
さて、今回はどんな恐怖が、教父がまちかまえているのか!!!
皆目見当もつかない場所に牢獄はあった。牢獄は広く、いつでも抜け出せるものである。
しかし、誰一人として逃げない。見えない枷でつながれているかのように。
そして……助けを求める声なき声は聞こえることもなく霧散し消えていった……
===============================================
ある春の休日。ある男は大福を買いに店を訪れる。
「いらっしゃいませー!!」快活な店員の声が店内に響く。
「あのー、イチゴ大福を12個欲しいのですが……」
「イチゴ大福ですね。かしこまりました。ギフト用の梱包はなさいますか?」
「いや、そのままで大丈夫です。保冷材なんかもいりません。」
「少々お待ちください……」
大福を買いに来た男は身長が高く、眼鏡をかけている。年齢は初老にさしかかる程度だろうか。
穏やかな風貌の紳士といった雰囲気を醸し出している。
代金を支払い、家路につく。
大きな道路に大きな歩道。
数えるほどしか人は歩いていない。街路樹が風になびいてざわざわと揺れる中、男はひた歩いた。
微笑みを添えて。
少し歩いた先に、彼が住まう家屋は存在した。人の少ないこの土地の中でもさらに人目につかない場所に一人で住まうには大きな邸宅が建っていた。しかしながら、雰囲気は一般的なつくりをした家だ。
庭も存在し、何故か簡単な遊具のようなものが置いてある。
男は扉を開け、大きな声で呼びかけた。
「みんなー!帰ったよー!おやつも買ってきたし、みんなで食べよう。」
「やったー!おかし!」
「おかえりー!!」
玄関を開けた先からは元気な子供たちの声が聞こえてくる。
玄関の先がすぐに開けたリビングになっており、11人の子供たちが各々好きに遊んでいた。
ある者はテレビゲーム、ある者は読書。年齢はまちまちだが最年長の者でも小学校高学年くらいだろうか。
男の帰りを待っていた子供たちは彼に飛びつく。
「あくま先生!何買ってきてくれたのぉ~~~」
頭に大きな黄色のリボンを付けたかわいらしい6歳くらいの女の子があくまと呼ばれる男に抱き着く。
そう。 この男は、握磨 利久 <あくま としひさ> という。このように、個人で子供たちを保護して養っている。特に、戸籍の消失した、もしくはなかった子供たちを。
「ほら、あわてないあわてない……」
にこやかに女の子の頭を撫で、勝ってきた大福を置く。
「さぁ、みんな片づけて!おやつ食べるよ!」
そう彼が呼びかけると、子供たちは各自、片づけを終わらせ、部屋の中央部分にある丸机に集まってくる。
しっかり手を洗って、円卓には子供たちがみんな並んだ。とおもいきや一人だけ部屋の隅で膝を抱えている男の子がいた。
何やらブツブツつぶやいていて、ただならぬ精神状態であるような様子を見せている。
このような様子ではあるが、必要最低限のものは食べ、生きるということにおいては問題はない。しかし、このままでは悲しすぎると握磨は思った。
(またか……彼は……)
「星野くん こっちへきたらどうだい?」
握磨がよびかけても、彼は返事など一切しない。
「もぉ~先生~早く食べようよぉ~」
他の子供たちが急かす中、握磨は苦い顔をした。
(どうにかならないものかなぁ……)
「いつでもきていいんだよ?」
とにかくそう声をかけておく。
この男の子は彼の悩みの種でもあった。この孤児院に来てから他のこどもに、握磨に心開くそぶりを見せたことすらない。
何とか心を開いてくれるようにとアプローチをかけてみても、皆が失敗に終わった。
それが変わらない日常でもあったのだが。
「じゃあ、みんなたべよっか。いただきます。」
子供たちも元気にいただきますと言った。
「そうだ!みんなに発表があります!なんと!この家にふるぽんが来てくれるよ!!」
「え!本当? すごい!やった!」
「すごいすごーい!」
「いつ?いつ?」
子供たちは大福に噛り付きながら喜びを露にする。
<ふるぽん>とは町の所謂ご当地キャラクターで、大きな瞳とあたまでっかちな体でとても人気が高い。
このキャラクターは、町のイベントや広報に貢献するとともに、町の幼稚園や保育園を巡回していたりするのだ。
「ふるぽん……」
いつものように黙っていた男の子がその言葉に反応した。
その声は小さく……握磨や他の子供たちの耳には届かなかった。
================================================
(にげなきゃいけない……にげなきゃいけない……声がする声がする……)
少年とも言い難い年端もいかない男の子は日々、自らの心に着かえてくる声と葛藤していた。
(信じたらだめ?……だめなの?……)
どうしようもなく頭に響く声は、より強まってきた。
彼の記憶はあるところから突然始まっていた。
それはある男、そう握磨に保護されたところからだ。
それ以前はどうしても思い出すことができない。しかし、頭の中で響く声が断片的に記憶を語るのだった。それを幼い彼は<断片的なもの>としてしか認識することができない。どうしようもなかった。
自分の名前もわからない。星野と皆は呼んでいるが、それも彼の中ではまったく理解のできないものであった。
そして、
「……ふるぽんが来てくれるよー!」
その言葉に反応して、彼の中の声がまた唸りだした。
(「ニゲロニゲロニゲロ……ネク……シハイ……モノ……クル」)
逃げろという声は認識できた。いったいなぜ逃げなければいけないのか、何から逃げるのかなど到底わからなかったが。
================================================
無機質な部屋に大きな影と小さな影がぼやけて浮出た。
ゴトッ
大きな影が動きだした。
「あれどうしたの?あーちゃん仕事はもう終わったでしょ?朝から行ってたわよね?」
小柄な影は女性だろうか。少女のような声で問いかける。
「いや、野暮用だ。ちょっと前、気になるやつがいてな……」
その野太い声は聞き覚えがある。
「へぇーそうなんだ。じゃあ、ごはんつくって待ってるね☆」
明るく小さな影は答えた。
まだ、少し日が落ちかけた程度である。
夕焼けに、また白銀の体毛が光った。
================================================
「ふるぽんが来たポンーー!!!!!」
その日、ふるぽんが握磨の孤児院に訪れた。かわいらしい身なりに語尾はポン。
ありきたりなゆるキャラだ。
「ふるぽんだ!!」
「うわわああああああ」
「みんな!お菓子を持ってきたポン!!」
当日、庭で元気に他の子供たちが遊ぶ中、星野と呼ばれる少年は一人、自身のベッドがある部屋で布団にくるまっていた。部屋は、ある程度の広さがあり、横並びに二段ベッドがいくつか置いてある。
広さが孤独をより鮮明に表していた。
そのとき、小さい子供向けの玩具が崩れて、かわいらしい音を立てた。
プ二ッ という音でさえ恐ろしい音となる。
ガチャ
次は扉が開く音を聞いた。
「星野君ー。ふるぽんが来てくれたよー!一緒に行こう?」
しかし、答えない。
そのとき、さらに激しい声に彼はうなされていた。外の子供たちの声もいつしか聞こえなくなっていた。
(「アウナデルナ……ネク……モトムル……」)
「やめてやめてやめて!!!」
汗と涙を顔いっぱいにためて起き上がる。
「どうしたんだい?もう夕方になってきたし、ふるぽんも帰っちゃうよ?」
「うん……でも何かが頭で…また…」
「大丈夫?ほら、こっちきて?」
どうにか握磨は彼を抱きかかえることに成功した。
そのとき、部屋に大きな影が入ってきた。
「遅いポン!予定ではもう始まってる時間だポン!」
「すみません……でも彼ももう。」
握磨は不敵に微笑んだ。
(「ニゲロ!!!!!ニゲロ!!!!!!」)
そのとき、この幼児は何もかもが遅かったのだと悟った。
==============================================
じかいにつづく☆