考察
走る、走る、走る。
ただただ恐怖から逃れるために。
「何なんだよ………一体何がどうなってるんだよ!! あんな……あんな、うげぇ」
奴らの姿が、助けを求め頭を潰された冴島さんの最後が脳裏に過ぎりこみ上げてくる物を堪え切れずにその場に蹲って嘔吐した。
冴島さんの助けを求める声が耳にこびり付いて離れない。
あの時俺が動いていれば何とかなったかもしれない。
俺が、俺しか助けられる人はいなかったのに。
押し寄せてくる後悔に苛まれ、俺は溢れてくる涙が止めることができず嗚咽を洩らした。
………
……
…
一頻り泣いて落ち着きを取り戻した俺は冴島さんと出会った部屋まで戻ってきていた事に気が付いた。
だいぶ距離があったはずなのにここまで駆け戻って来れた事に驚いた。
こんなに体力があるのになんで奴らを………。
再び自己嫌悪に陥りそうになったのでこの事については考えるのは止めた。
それより考えるべきはあの醜悪な化け物どもについてだ。
あれは一体何なんだろう。
襲い掛かってきた事から冴島さんが言っていたロボットということは無いだろう。
動きが生々しかったし恐らく生物、なんだろうがあんな生物なんて見たことも聞いた事も………。
その時ふと奴らの外見に思い当たる節があることに気が付いた。
緑色の肌、餓鬼のような体格、そういや耳も尖っていたような………。
「もしかして………ゴブリン?」
ゴブリン……ゲームや創作物で良く出てくるモンスターで初判で登場する事が多い雑魚キャラ。
知能は悪く、力も弱いが繁殖力が高い……そんな設定のモンスターだったと思う。
だけど、まさか……だってあれは空想上の生物で現実にいる筈がない。
だが、化け物共は間違いなく存在していた……それは事実だ。
………なんだか頭の中が混乱してきたので一旦、情報を整理してみよう。
俺が居るのは利用目的が不明で人を襲う化け物が居座る迷路状の建造物。
自室で睡眠していた筈が目覚めると此処の一室に居た。
部屋を出てから今までの間に出口らしき場所は見つからず脱出の目処は立っていない。
何故此処に連れて来られたか、どうやって此処に来たかは不明。
そういえば冴島さんは電車の中にいた筈が気が付けば此処にいたと言っていた。
普通に考えればそんな所から本人に気づかれる事なく連れ去る事なんて不可能だろう。
誰にも気取られず人を攫う………まるで神隠しのようだな。
「………ん? ちょっと待てよ」
なんか似たような話を見聞きした覚えがある。
「このシチュエーション………まさか異世界転移?」
小説や漫画で勇者召喚などでファンタジー世界に呼び出された主人公がチートだったり知識だったりで活躍する物語を見た事がある。
主人公はある日突然何らかの現象に巻き込まれて地球とは違う異世界に転移してしまい、そこに存在する魔王だとか魔物などを相手に戦う羽目になる……っていう展開が多かった。
今の自分の状況もそれに類似している。
異世界転移ってのも当たらずも遠からずって所だと思う。
異世界、迷路状の建造物、モンスターが出るような場所………これらのキーワードからある答えが俺の中に導き出された。
「もしかして………此処は迷宮?」
それしか思いつかない。
もし此処が迷宮だとするならば脱出はきっと困難を極めるだろう。
人を迷わせる迷宮の中を人の命を脅かす化け物を退けながら出口を見つける………手荷物は途中で発見したスタンガンを除けばスマホのみ。
俺を此処に放り込んだ奴がいるなら絶対ドSの鬼畜野郎だ。
ただの高校生に一体何を期待してやがんだ、と文句を言いたい。
さて、これから先はどう動くべきだろうか。
迷宮内の探索をするならあのゴブリン共のようなモンスターと闘わなければならない時が必ず訪れる。
そう考えるとモンスター共をどうにかする手段を手に入れないと不味いことになる。
現状で保有する武器はスタンガンのみ。
普通に闘えばどうなるか………単体ならば何とかなるかもしれないが複数で来られたら恐らく対処できない。
冴島さんのように囲まれて嬲り殺される未来が想像できる。
一体一体は弱くても数が揃えば大きな力となる。
数の暴力に対抗するなら今のままじゃ力が足りない。
スタンガンのようにリーチが無く、敵を倒すのに時間がかかる武器じゃ駄目だ。
奴らと闘うならある程度リーチがあって必殺性のある武器を手にすることが望ましい。
棒とかバットとかでも十分なんだがどうにか入手できないものか。
………思えばスタンガンは迷宮内に置いてあった宝箱で拾った物だ。
もしあのような宝箱がいくつもあって、そこにスタンガンのように武器が眠っているのなら………
「奴らとやりあえる。 勝機は……ある」
とりあえずこれからの行動方針を決めた。
まずは探索して武器をゲット、いい武器を手に入れたら闘う。
それまでは無理せず逃げに徹する。
「よし、これで行こう」
そうと決まれば早速行動開始だ。
俺は立ち上がると部屋の中を一望した。
この部屋には4つの通路がある。
一つは俺の後方に位置する通路、俺が元居た部屋から通ってきた通路だ。
前方には3つの通路がある。
一つは冴島さんが通ってきた右の通路。
一つはゴブリン共が居た部屋に続く左の通路。
一つは俺も冴島さんも通ってない完全に未踏破の真ん中の通路。
行くとするなら………
「真ん中の通路だな」
左は危険が高いから避けるとして、右は宝箱があるなら冴島さんがその事を全く話にしてないのはおかしい。
おそらく冴島さんが通ってきた通路には宝箱が無かったのだろう。
そう考えると選択肢は真ん中の通路に絞られた。
俺は真ん中の通路を前に佇む。
通路の奥を見やると部屋の中とは違い、松明の数が少ないため薄暗くなっている。
この薄暗い闇の中に潜むのは俺の助けとなる武器か、それとも俺の命を脅かす化け物共か。
この行動が吉と出るか凶と出るか………それは神のみぞ知る事だろう。
「それじゃ行くか」
俺は通路へと踏み出した。