エンカウント
「いや~、失敬失敬。 君も此処に拉致された被害者だったとは。 申し訳ない申し訳ない」
おっさんはちっとも悪気無く申し訳なく無さそうに謝罪した。
あの後、目を覚ましたおっさんが再び掴みかかろうとしてきたため、誠心誠意お話をしてこちらのことを分かってもらった。(手に持った何かを弄び時折スイッチを入れたりもしていたが別に関係ないよね)
「私も君と同じなのだよ。 まあ、私の場合は通勤中の電車内でうとうとしてて気が付けばこんな場所に居たんだ。 ほんと、勘弁してほしいね」
おっさんの話だと最後に居た場所は俺の家から遠く離れた都内だったらしい。
どういうことだ……誘拐や拉致にしては俺とおっさんに接点も無ければ共通点も無い。
一体何のために攫ったのか目的がさっぱり分からない。
「それで君はこれからどうするつもりだい? 私としてはこのまま出口を探すのを手伝って欲しいんだが」
「俺も脱出のために動いているので手伝いますよ。 ただ……」
俺はその先の言葉を言いよどむ。
これはただの勘でしかないのだが、嫌な予感がするのだ。
まるで嵐の前の静けさのように、言いようの無い不安感が胸から離れない。
昔から俺のこの手の嫌な予感は良く当たる。
青信号時に車が突っ込んできた時、学校の校舎で小火が起こった時、暴漢に遭遇した時、その時も嫌な予感を感じ、そして当たったことから俺は自分の勘を信じる事にしている。
「ん? なんだい?」
「いえ、何もありません。 それじゃ行きましょうか」
何の根拠も無い事を初対面の人に言っても一笑に伏されるだけだ。
俺は不安感を隠しておっさんが出てきた通路とは別の通路に向かって歩き出した。
「そういや自己紹介がまだだったね。 私は冴島。 しがない中小企業の課長をしている。 短い間だろうがよろしく頼むよ」
「俺は日下部伊織です。 高校2年生です。 よろしくお願いします」
俺は簡単に自己紹介を済ませるとここの場所のことについて聞いてみることにした。
「冴島さんは此処の場所について何か心当たりはありませんか? こんな広い建造物なら知名度ありそうだと思うんですけど」
「うむむ、確かにこれほどの規模の建造物……人目に触れて無いなんてことは無さそうだ」
冴島さんが顎に手を当てて唸る。
「迷路みたいな構造になっている事から考えるに………此処は恐らくレジャー施設なんじゃなかろうか」
「レジャー施設……ですか?」
「ああ、そうじゃなければこんな構造の建造物を立てる意味が無いだろうし、床に埃が溜まってなく壁には松明が灯されている……維持管理がなされている証拠だ」
「へえ、なるほど」
最初の印象から短絡的な人だと思っていたがそうじゃないらしい。
俺の気づかなかったことを理路整然を説明する姿は大人の威厳を感じさせる。
「此処が何処だかは分からんがこうして歩き回っていたら他の人間に会うだろうし、所詮人の作ったものだ、終わりが無いなんてことは無い」
冴島さんの説明は試論的で確かにそうだと納得できる………だが、それだと何故俺たちが此処に居たのかが分からない。
結局、思考は振り出しに戻ってしまう。
………まあ、此処から出られたらすべて分かる、きっとそうに違いない。
俺が色々考えていると通路がY字に分かれていた。
「どっちに行きます?」
「右側だと私が通ってきた通路の方角だから左に行ってみよう」
冴島さんは大して悩まずに左を選択した。
自分だけだとどっちに行っていいか解らず立ち止まってしまうだろう。
こういう時頼りになる大人がいてくれるのは本当に助かる。
さっきまで胸の中で渦巻いていた不安感が薄れていくのを感じた。
自分は何をビビッていたんだろう……いくら嫌な予感がしたからってちゃんと冷静になって考えれば怯えることなんてないと解ろうものなのに。
大丈夫、きっとこのまま何も起こらず脱出できる筈。
俺は知らず知らずのうちに離れていた冴島さんに追いつくため早足で歩みを進めた。
Y字路から30分程歩いた頃、俺たちは広場にたどり着いた。
その広場はバスケットコート2つ分ほどの面積がある今まで見た中では一番広い広場だった。
俺たちはそのまま広場に入ろうとしたが、広場の中央辺りを目にして足を止めた。
「なんだあれは?」
「さあ、何なんでしょうね」
広場の中央辺りに緑色の肌、身長は1メートル位で古い絵巻物で出てくる餓鬼みたいに出っ張った腹をしている子供のような姿をした奴らが5人ほど居て円を組んで焚き火を囲っていた。
とてもじゃないが同じ人間には見えない。
「おそらく客を驚かせるためのロボットか何かじゃないのか? レジャー施設ならそんなものがあってしかるべきだろう」
「ロボットですか? それにしては………」
動きが生々しすぎる気がする。
機械的な動きというより動物的なものを感じる。
しかし冴島さんにはそれは感じないようだ。
「最近のロボット工学は発展しているからな。 ちょうどいい。 あれを弄って止めてやればきっと係員がとんでくるぞ」
「ちょっと、冴島さん!?」
俺は止めようとするが遅かった。
冴島さんはズンズンと広場に入ると奴らが居る中央へと近づいていった。
冴島さんに反応したのか奴らが一斉にこちらを向いた。
冴島さんの方を指差して何かギーギー鳴き声みたいな声を上げている。
「ほう、なかなか良く出来ているな」
冴島さんは奴らの内の一体の頭を掴むとぶんぶんと揺さぶり始めた。
揺さぶられている奴がまるで苦しげに呻き声を上げている。
他の奴らが冴島さんを取り囲むように動いているが冴島さんは気づいているのだろうか。
「まだ係員は来ないのか? まったくどうなっとる」
冴島さんはそんな事を言ってる内に奴らの包囲が完成してしまった。
ヤバイヤバイヤバイ………冴島さんに知らせないと、そう思ってるのに声が出ない。
嫌な予感が最大限に感じて、体がすくんでしまっている。
そしてとうとうその時が訪れてしまった。
「ぐあああ!!」
冴島さんの横に居た一体が冴島さんに飛びかかり腕に噛み付いた。
冴島さんの顔が苦痛に歪む。
頭を掴んでいた手を離し腕に噛み付いていた奴を必死に振り払う。
腕に噛み付いていた奴が振り払われると今度は後ろにいた奴がふくらはぎに噛み付いた。
冴島さんが悲鳴を上げ足に噛み付いた奴を振り払おうとするがその前に再び腕に噛み付かれる。
その後は逆の足にか見つかれ冴島さんはうつ伏せに倒れた。
俺はそんな大変な事態を呆然と見ていた。
助けなきゃ……急いで冴島さんに駆け寄って奴らを引き剥がして逃げないと、頭の中ではそう思っているのに体が震えて動けない。
必死に這いながらこちらに手を伸ばし助けを求める冴島さんと目が合った。
「た、たすけて、だすけでぐ」
グチャ……
冴島さんの助けを求める声は最後までつむがれる事はなかった。
いつの間にか背後に寄っていた一体が棍棒のような物を振り下ろし、冴島さんは頭を潰されて絶命した。
冴島さんを殺した奴らがこちらを向き、俺と目が合った。
「ひっ」
背筋に氷でも突っ込まれたかのように怖気が走った。
さっきまであれだけ動かなかった体が嘘のように動き、俺はその場から逃げ出した。