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序章 ~出逢い~

 序章 出逢い


 セシルは走っていた。傷ついた腕を押さえながら、呼吸を大きく乱しながら。

(やってしまった……)

 彼女は自身の不注意を呪いながら、懸命に走った。後方からは自分を狙うピドッグ達の鈍い足音が聞こえてくる。腕から流れる血の臭いを頼りに、ゆっくりとしかし確実にセシルを追い詰めていた。

 ピドッグは奈落迷宮だけに生息する迷宮生物で、豚と犬を掛け合わせた様な奇妙な姿をしている。豚の体に犬の頭と脚をつけたピドッグは、その見た目に反せず動きは遅い。走ってしまえば軽く逃げることが出来る。しかし臭いを頼りにどこまでもいつまでも獲物を追い立てる為、逃げ切ることは非常に困難である。更にピドッグは歯に毒を持ち、噛まれると血が止まらなくなり、非常に強い倦怠感に襲われる。そのため余計に逃走が困難になる。

 ピドッグに噛まれたセシルの腕からは血が滴り落ち、地面に道しるべを描いている。毒のせいで血は止まらず、一歩ごとに呼吸が浅くなっていく。

 背後から迫り来る迷宮生物に恐怖を覚えながら、セシルはもうひとつの恐怖に怯えていた。ここ、第一層のヌシと遭遇する恐怖と。

 動きの鈍いピドッグと違い、ヌシからは走って逃げることは不可能だった。大きな体に相反する敏捷性は人間のそれを大きく凌駕する。加えて性格は獰猛で狙った獲物は決して逃さない。ヌシに遭遇することだけは何としても避けなければならなかった。

 セシルは奈落迷宮の入り口を目指し懸命に走った。迷宮生物は決して地上に上がってこない習性があった。どういうわけか解明されていないが、生息している層の上層にも下層にも足を踏み入れないことから、生まれた層を縄張りとし、縄張りの外には出ないのだと考えられている。それはピドッグもヌシも同様であり、地上に戻れば身の安全は確保される。

 ビドッグに追い立てられ限界が近づいていたセシルにようやく希望の光が見えてきた。地上から奈落迷宮へ足を踏み入れてすぐの開けた場所。迷宮探索を始めたばかりの初心者の探究者たちが拠点とする安全地帯。地上への出入り口はすぐそばであり、第一層の迷宮生物の縄張りの一番端で、迷宮生物がいることはほとんどない。そこがもう目の前であった。角を曲がれば、広場と地上への出口がその奥に見える。

 しかしセシルが見たものは、希望の光を遮る大きな絶望であった。あろうことがマヌルフ、第一層のヌシが出口を塞ぐように立ち、待ち構えていたかのようにセシルをにらみつけていた。

 第一層のヌシ、マヌルフは立ち上がった狼のような姿をしている。しかしその体躯は人間よりも二回り以上大きく、更に上半身は不自然に隆起し前足も地面に着くほど長く発達している。大きく裂けた口からは紅く長い舌がさながら蛇のように出入りしており、獲物を目の前にした為か涎がボタボタと溢れている。

 なぜこんなところにヌシが。唯一の希望がついえたセシルはその場に崩れ落ちた。第一層の奥底、第二層への入り口近くで常に見られることからヌシと呼ばれ、地上への出口の前にいることなど前代未聞であった。

 地面に伏すセシルに、マヌルフは舌なめずりをしながらゆっくりと近づいてくる。恐怖が目の前から迫ってくると同時に、背後から鈍い破滅の足音も響いてきた。ヌシとピドッグに敵対関係はない。ヌシの食べ残しをピドッグは欠片も残さず食べるのである。セシルが奈落迷宮にいた痕跡は、骨の欠片、髪の毛一本残らないだろう。

白き嵐(ヴァイシャーシュトゥルム)

 朦朧とする意識の中で、セシルが人生の終わりを覚悟した時、凛とした声が広場に響き渡った。その声と同時に、セシルを中心に凍てつく風が巻き起こり、視界は白に埋め尽くされた。渦巻く風音にヌシ達の断末魔の叫びは飲み込まれ、激しい冷気の奔流は迷宮生物たちの命を削り取っていった。

 白き嵐の止んだ後、静寂に包まれた広場には、不気味な氷像が立ち尽くしていた。ぼやけたセシルの視界はただただ白く、やがてそれも暗転し、意識は深い闇へと落ちていった。

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