大帝グルドヴァン
ソーマは広大な何かと繋がっていた。ソーマ自身表現のしがたい、無限なるもの、宇宙、あるいはそれ以上の次元のモノ。全体。その中に繋がっていた。あるいは溶け込んでいた。少なくともそのような感覚にあった。ずっとそこにいてもいいんじゃないかと、ソーマは思い始める。すべてのことが消え去ろうとしていた。
「いい、これでいいんだ……」
しかし、
「ソーマ、ソーマ、ソーマ!」
と叫ぶ声がする。
兄の声だ。それがかろうじてソーマを自分がソーマであることを覚えていられる手がかりになっていた。そんなに呼ばなくても、わかっているよ。俺がソーマだということに。そこにたどり着いて急速に色んなことが思い出されていく。リョウマ、父、母、カリナ、モーターマトン、ミハルノ社長、シンザ、故郷の人々……。
そこでソーマは目覚めた。白い壁に囲まれた部屋と、ソーマが横たわるベッドの脇に置かれたヘルスモニター。当然、ソーマの体調を図るためのものである。ということは病室か……。ひとつひとつの確認がソーマの意識を現実に戻していく。ただ、なぜ自分がここにいるのかはわからなかった。さらに言えば意識を失う前のことも忘れてしまっていたのだ。どこまでが夢でどこから現実なのかさえも判別ができなくなっていた。
「ソーマさん、目覚めたんですね」
「アリサ、さん……」
見慣れた女性が病室に入ってきた。間違いなくアリサだ。咄嗟に名前が出てきた。
「よかった、アタシのこと覚えていてくれて」
アリサは優しく言ってくれたから、ソーマの中で柔らかい気持ちが生じる。
「だっていつもお世話になっているから」
誰が? そうだ兄だ。自分を呼んでくれた兄・リョウマ。
「兄さんは? 無事なの?」
「え、ええ……」
少し言葉に詰まったような感じだった。
「何かあったの」
「ずっと眠ったままなの」
「ずっと? いつから?」
「あの日から……。あの日、ずっとあなたの名前を呼び続けていたのよ、ずっと」
(夢じゃなかったのか?)
とソーマは思った。
「あの日、クジューシンが燃えた日から」
そこでソーマは決定的に現実へと引き戻された。
「そっか。全部、本当のことか」
「ここはミルコポリスの……、新しい首都の中にある病院よ」
「ミルコポリス、新しい首都……」
ソーマたちがつい先日まで作っていた街のことだ。
「グル・ドヴァン大帝陛下によって名付けられたわ」
「グル・ドヴァン……、大帝」
そこでソーマは自分たちの星が征服されたことに感づいた。アリサの無念の表情がそれを物語っていた。
征服の日から15日後。
ミルコポリスの新国立コロシアムにおいて、オリオンの新たな支配者グル・ドヴァンは第1回オリオン国民集会を開催し、民衆の前にはじめてその姿を現した。参加者は20万人を超えたが、これらは征服後にグル・ヂヴァンが引き連れた移住者が大半を占めている。
あとは興味本位の人物や早くもグルドヴァンのファンになった者たちなどもいる。壇上の周辺には軍服を着た将軍や文官たちが居並び、グルドヴァンが現れると、一斉に立ち上がる。同時にざわついていた群衆たちは沈黙した。
そしてグル・ドヴァンは壇上にたつと、すぐに第一斉を発した。
「まずは先の戦いで犠牲になった人々に哀悼の意を表したい」
それが支配者の第一声であり、黙祷を捧げ始めた。続けて出席した官僚たちや警備兵たちもそれに続いて黙祷したため、
民衆たちもこれに従った。
この会場の空気に逆らえるものなどはいるはずもなかった。それは民衆で充満しているコロシアムのいたるところにモーターマトンが屹立しているせいもあろう。民衆たちはまだクジューシンでのモーターマトンたちによる破壊と殺戮の記憶が脳裏に焼き付いている。恐怖感と圧迫感が民衆を沈黙させた。
黙祷は10分も続いた。不意にグル・ドヴァンが目を開き、口を開いた。
「しかし、真に悪であるのはこの星の為政者たちの堕落ぶりであり、ひいては銀河連邦政府の統治能力の無さが招いた災厄というものだ。
今、この銀河はまさに戦国時代といっていい。中央政府は国政を顧みず権益を求めて政争を繰り返し、そのために軍を動かした結果、地方の治安は悪化し、宇宙海賊の跳梁を許し、地方の領主たちは自衛を名目に私兵を持って、 銀河連邦軍をも吸収した挙句、資源と領土を争奪する有り様である。
その現実を前にこの星の為政者だった者たちは、関係を一切絶ってひきこもることを選んだ。
その考えも理解はできる。
が、そのあとで為政者たちはメガロポリスを作って偽りの繁栄を演出して、民衆には重い税金と労働を強いて、富と快楽と惰眠をむさぼり続けたのである。
私があえてメガロポリス『クジューシン』を焼き払ったのは、あれが夢の都ではなく、民衆の搾取の象徴だったからである。
そして諸君らに覚醒を促したかったのだ。我々の富は飾られた都市にではなく、いまだ未開拓の大地にあるのだと。
為政者どもは自分たちの利益にはならないからと、開拓に消極的であった。
決して諸君らのことを考えてのことではない。
私はここに諸君らに誓う。
この星に真の富と繁栄をもたらすことを。私は惜しみなく諸君らを援助しよう。だから、諸君らも憎しみを捨て、
私にどうか協力をしてほしい。
そしてこの惑星オリオンをミルコメダ銀河の新たな中心にしようではないか。
オリオン、万歳、
ミルコメダ銀河、万歳」
グル・ドヴァンの演説が終わると、将軍や大臣も
「オリオン万歳、ミルコメダ銀河、万歳」
と続いた。すぐに警護の兵たちが、そして群衆の一部が続き、叫ぶ声は大きくなっていき、やがてスタジアムを揺るがした。万歳と叫ばずにはいられない、空気となった。
目には見えない何かで人々は変わっていく。それはある時代の者は「神」といい、別の時代の者は「空気」と言うのだろう。人を根本から変えてしまう、絶対に抗えない何か。昨日までの倫理を吹き飛ばして、ただひたすら屈服するしかない、何か。ミルコメダ銀河……、という名前を知っている人は少なく、学者の一部が使っているにすぎない、しかしあえて太古から存在する、名前を強調し、民衆に叫ばせたグル・ドヴァンは、まさにミルコメダ銀河帝国を打ち立てるつもりなのだろう。
地下に潜伏しているジュダス・ウィンダーはそんな思いに駆られていた。そして一刻も早く、この星から脱出せねば自分もグル・ドヴァンを称える歌を歌わせられるかもしれない。ジュダスにとってそれは死よりも耐え難いことである。
グル・ドヴァンの艦隊200隻あまりがオリオン星を取り囲んだ結果、オリオンの人々は惑星の外に出ることはほとんど不可能になっていた。とはいえ宇宙戦艦が惑星に降下することはできない上、艦砲射撃は惑星の環境を汚染することになるため、惑星全域を支配するには、陸上戦力が必要となる。その尖兵となるはずだったのが、モーターマトンであった。しかし、戦闘モードに移行した途端、搭乗者は破壊衝動に駆られて暴走をしてしまったのである。ここでいう戦闘モードとは、空間歪曲バリアを発生させた状態のことをいうが暴走の原因はいまだわからずにいた。モーターマトンに搭載しているセイラーエンジンが「何か」を吸い込んだせいで、暴走を引き起こしてしまったのではないか。艦隊戦の時に生じた膨大な電磁波によってモーターマトンに搭載されたコンピューターに誤作動が生じたのか。それらが考えられる原因だった。
そして、ソーマだけはモーターマトンを制御することができた原因もまたわからず、さらにソーマの機体が発生させた宇宙戦艦クラスのビームすら耐えてしまうだけのバリアが発生した原因もまるでわかっていなかったのである。ソーマのモーターマトンが発見されたとき、残っていたのはコクピット部分だけであり、エンジン部分も含めて四肢も頭部もすべて消失してしまっていたので、原因の分析はできなかった。
さらに不可解だったのは、他の地域で稼働していたモーターマトンも戦闘モードに移行した途端暴走していたのだが、クジューシンの戦闘が終わった途端、稼働が停止してしまったことである。セイラーエンジンは周囲の空間に存在するあらゆるエネルギーを吸収して稼働するものだが、それらが一時的にすべてなくなってしまったために、セイラーエンジンも稼働が停止してしまったのではないかというのが有力な説である。しかも、外部エネルギーの不足は今も続いている。そのためモーターマトンは使用不能となっていた。
そのため、グル・ドヴァンは戦車や航空機といった従来の兵器による制圧を余儀なくされた。元々オリオン政府は中央集権的な統治を行っていたため地方の軍は治安維持程度の戦力しか置かれていなかった。それらを圧倒的な物量による各個撃破で殲滅していけば、制圧も容易である。はずだった。
オリオンの銀河連邦軍残党は民衆に武器を与えて新たに市民軍を結成して、頑強に抵抗しはじめたのだ。ミルコポリスやクジューシンの地下から脱出した民衆たちが数多くまた怒りに燃えていたために、大勢が武器をとったのだ。あとは誰かが旗頭に立って大掛かりな抵抗組織に発展できれば、首都奪回も夢ではないが、惑星を包囲されている以上、グル・ドヴァンその気になればオリオン全域を破壊できてしまうだけに、銀河連邦軍中央からの援軍を期待するしかない。
ジュダスはミルコポリスの広大な地下施設にて脱出の機会を伺っていた。できればモーターマトンの一体や二体ほどは欲しいところでもある。ついでに言えば、オリオンの勇者もつけて。
オリオンの勇者……。すなわち巨人の群れに一人で立ち向かったソーマのことだ。クジューシンを襲った猛爆撃でも生き延びた彼は、その神秘性をより高めてもいたのだ。だがかれには兄の存在があった。眠り続けている彼をソーマが見捨てることなどできるはずもない。それはソーマを看護するアリサから聞いていた。彼女をつかってソーマをグル・ドヴァンの監視をかいくぐって、自分のところに招き寄せたいというのが、ジュダスの希望である。だがまだ見通しは立たない