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鋼鉄の神兵  作者: 立花統氏
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クジューシン炎上

その光景は、何かの冗談としか、思えなかった。銀河連邦オリオン駐屯基地の司令官は発令所の真ん中で、モニターが写す非現実的な光景を前に発すべき言葉を失っていた。クジューシンから南西に20キロ離れた海沿いの場所に銀河連邦オリオン駐屯軍の地上基地が置かれている。そこに今、十数体の「巨人」による襲撃を受けていた。戦車や固定砲台が巨人を迎撃するため、その火砲を撃ち放つが、まるでものともせず、巨人たちは戦車を踏み潰し、建造物を体当たりで貫いていく。そこにいる人々は為すすべもなく、潰されて、あるいは焼かれていく。司令部のオペレーターが悲鳴のように叫ぶ。

「巨人の周囲に重力場の反応が見られます」

「マンガだよ、そりゃあ」

まだ40前の若い司令が叫ぶ。目の前の現実に対処できない、と叫んだも同然だった。重力場の反応が見られるということは、巨人の周囲に時空歪曲が起こっていることを示しており、つまりはバリアが貼られているということと同義だ。宇宙船には昔からスペースデブリ対策のために、歪曲バリアが貼られていることは常識だ。軍用になるとある程度のビーム攻撃や大質量兵器ですら弾くこともできるバリアである。しかし、そのためのセイラーエンジンも相応に大型にならざるを得ず、モーターマトンのサイズにはとても搭載できるはずがないのが、これまた常識だった。

ともかく、今の地上の火力では、機械仕掛けの巨人に対抗できない、という現実があるのみである。総退却……、それが若い司令の発すべき命令だったが、官僚でしかなかったために何も言えないまま、発令所の天井ごと巨人に踏み潰されるのだった。

同様の光景はクジューシンでも広がっていた。巨人たちはまさに見境なく、その巨体で破壊の限りを尽くした。高層ビル群は次々と倒壊し、それらの破片がさらに人々や建造物の上に飛来して、さらに被害を広げていった。10メートルの巨人が走り回るだけで、爆撃を起こしたのと同じだけの破壊をもたらす。人々は地下へ逃げるしかなかった。

そのころジュダス・ウィンダーは地下鉄道の管理局に乗り込み、管制官に多くの列車をクジューシンに回して、避難民を積んで、新首都へと逃がすよう命じていた。ジュダスは数日前にオリオンへ降り立ち、クジューシン周辺の地形を知り尽くしていた。彼はここでモーターマトンを利用した新しい事業を数人のスタッフとともにはじめるべく赴いていたのだ。だが、なんて時に来ちまったんだ、と地下鉄の管制官に銃を突きつけながら、嘆いている。長い平和で非常事態に慣れていない役人には暴力的な手段を用いても、動かすしかない、というのが、幾度かのアクシデントに遭遇したジュダスの経験則だった。

「それにしても、あの巨人の動きは妙だ」

とジュダスは思う。あの巨人たちを動かす目的は制圧のはずである。ならば必要最小限の行動で十分なはずではないか。なのにまるでとりつかれたかのように暴れまわっている。人が乗り込んで操縦するにしても、遠隔操作にしても、あの巨人の挙動は異常だ。で、あるならば……。

そのジュダスの予想は当たっていた。「工作員」たちはモーターマトンを利用して、オリオン星の要所を速やかに制圧することが目的のはずだった。しかし、モーターマトンに同化した途端、破壊衝動に駆られて、次第に暴走していってしまったのである。さらにオリオン駐留軍による攻撃が、巨人と同化したものたちの闘争心を煽ってしまった。もはや照度のままに暴れまわるだけの動物と化してしまったのだ。

その中で唯一、人であることを保ったまま、モーターマトンを操るソーマはクジューシンに向けて何度も跳躍して、ようやくクジューシンの全景を見下ろせる小山までたどり着いていた。だが、すでにクジューシンは赤く燃えていた。建物の倒壊によって引き起こされた火災とオリオン駐留軍の火砲が燃やしていたのだ。遠目から見ても巨人たちの暴威がはっきりと見て取れて、ソーマの胸に我を忘れさせるほど怒りが広がっていく。その中で車両の列を踏み潰して回る巨人が目にとまるや否や、ソーマは巨人を跳躍させた。跳躍させながら、対人感知システムを起動させ、絶対に人を踏む潰さぬよう最適な着地点を探す。それは神業に誓いことだったが、ソーマはただ冷静にやるべきことだと認識し、その感覚知を広げていた。それがマシーンのものなのか、ソーマ自身の能力なのか、境目などなかった。そして、車両を襲う巨人の前に降り立つ。その降り立ち方は、ふわりとしたもので、足跡もつかないような着地の仕方だった。ソーマは無意識の内に空間歪曲による重力コントロール行って、落下速度を落としていたのだ。そして、着地した瞬間に敵巨人に音もなく踏み込んで、コクピットに手刀を突き刺して潰した。その瞬間、巨人は力を失い、倒れそうになったが、ソーマはこれを支える。

「早く、山の方に逃げて下さい。秩序を乱さずに落ち着いて逃げれば大丈夫」

とソーマは眼下の人々に叫ぶと、人々は整然と避難していった。あたかも神の声に従うように。だが突然、ソーマは胸に強い痛みを感知した。外から何かが突き刺してくる。敵意、憎悪、殺意……、ソーマを全力で否定する感情。ソーマは周囲を凝らして見る。それはモーターマトンのマシンの性能によるものだったが、今はソーマの能力の一部だ。敵の巨人たちが一斉にソーマへ敵意を向けている。

 「仲間を殺された恨み……?」

理性をなくしているくせにいっちょまえなんだよ、と思う。しかし、ソーマの理性が頭を働かせる。

 「なら囮くらいにはなる」

ソーマは近くに流れる川の土手へと下って、海へと向かい始める。ソーマの思惑どおり、敵の巨人たちもソーマを追い始めていた。その数は20体を上回っている。それでも今のソーマは恐怖を忘れていた。


 「フン……、醜いな」

 壁面スクリーンに写し出される燃え上がるクジューシンの光景をみて、禿頭の男は呟いた。広大な戦闘艦橋の司令席からグル・ドヴァンは今まで戦闘指揮をとっていたのだが、予想外に手間取った戦闘に多少いらついていた。それが戦闘艦橋のスタッフに緊張感を与えてもいた。宇宙戦艦の中にも関わらず、グル・ドヴァンは古い記録の中にある大王のように革鎧とマントに身を包んで、まさに君臨していたのだ。

グル・ドヴァンの座乗する宇宙戦艦ガルデバランを中心とした艦隊は、戦闘によって破壊された戦艦の破片とエネルギー流の中、オリオン星に接近しつつあった。

オリオン艦隊はリュウジン提督のもとグル・ドヴァンの進行を何度も妨害するような巧みな艦隊をとっていたが、個々の艦船の性能と、なによりガルデバランの火力によって次第に戦力を削られていき、組織的な抵抗がもはや不可能となり、残存艦隊を率いて撤退していった。グル・ドヴァンがこれを見逃したのは、リュウジン提督の力を惜しんだためである。いずれ一個艦隊を率いてもらいたい、と戦いながら思ったものだ。それに比べ、オリオン政府の対応は醜悪を極めた。もっともそれを突いて、グル・ドヴァンはオリオンに侵攻をしたのではあるが。それにしてもオリオンの要所を工作員の操るモーターマトンで制圧する作戦は思ったようにいっていない。それどころか制御できていないように見受けられる。

「あのお人形はとんだ不良品のようで」

傍らに座るリドラーという女が微笑をうかべながら言った。

「所詮は男の玩具でありましょう」

グル・ドヴァンは自分が嘲笑われた気分になったが、そういう不敵なところを好いたから、リドラーを妻にしたものである。

「俺が出る」

突然、環境に大男が入ってきた。

「急くなよ、ゲンリョルブ」

とグル・ドヴァンがゲンリョルブと呼ばれた大男を制する。

「所詮、俺たちに取り入ることしか考えない奴らだ。小物どもにオーガを操れるものか。俺が一掃して」

「急くなと言った」

 二度も言わせるな、という顔をグル・ドヴァンはゲンリョルブに向けた。

「いさかか時間をかけすぎた。ここらで我らの力を示さねばなるまい」

「それで屈服しますかな」

「それでも恐れを持たないものがいれば、それはそれで結構だ。その時は、ゲンリョルブ。お前が力を示すときだ」

「フン……」

「不貞てるなよ……。お前のステージはここではないということだ。全艦、砲撃準備。目標、敵首都クジューシン」

 グル・ドヴァンはシートを立ち上がり号令した。号令しながらもスクリーンの片隅に目を留めていた。それは一体の巨人が港のコンテナ埠頭で何体もの巨人を向こうに回し奮戦している姿だった。


 クジューシンの南部には広大な湾があり、その沿岸には多くの船舶用の港、空港、宇宙港が配置されている。さらにその周辺には膨大な倉庫やコンテナが置かれている。

 今ここでは機械仕掛けの巨人たちによる格闘戦が繰り広げられていた。コンテナやクレーンに倉庫の外壁などがまるで木の葉のように舞い上がり、鉄の暴風を形成していた。その中には引きちぎられた巨人の手や足、頭に内蔵物などが混じっている。

 その渦の中心ではソーマが襲いかかる巨人を向こうに大立ち回りを演じていた。もう軟体の巨人を倒しただろうか。彼が巨人を倒せば倒すほど、さらに多くの巨人がソーマに群がってくる。しかし、ソーマは疲れを知らなかった。むしろパワーは上がっているとも思えた。実際、敵の巨人のエネルギーを吸い取っているような実感さえ感じる。そして上昇したパワーはさらに巨人たちを粉砕するのを容易にしていったのだ。

 ソーマは明らかに戦いを楽しんでいた。快楽を覚えていたと言っていい。その前では人殺しの罪悪感など失せていた。

 ジュダスはその光景を地下鉄の管制局のモニターから覗いていた。クジューシンの街に張り巡らされていた監視カメラと地下鉄の管理システムを直結させ、より多くの避難民を誘導するためのシステムをスタッフに短時間で構築させていたのだ。クジューシンの監視カメラは公安局が管理するものだったが、地下鉄のものも共用していたために容易にできたシステムだったが、公安局には無許可で行ったため、犯罪行為である。しかし、公安局がまだ存在していればの話だが。

 ジュダスは一体のモーターマトンの戦いをみて、そこに英雄の出現を感じ取っていた。そうとしか言えない感動が、興奮が、この非常事態にも関わらず、ジュダスの胸を満たしていたのである。その興奮が自分の中にある野心と直結するのは自覚していた。なんとしてもあの英雄を自分のものにしたい。そうすれば……。

 カリナは舞台の講演が終わった直後に巨人の襲来に遭い、大混乱の中にいた。ステージを脱出してなんとか地下に逃げ延びようと測ったが、人で充満しており、入る余地がなかった。あちこちで建物が倒壊し、火災が起きていく。カリナはクジューシンの街で成功して、いずれはあの高層ビルの住人になりたいという願望があった。キャサハラーの震災のあと、恋人だったリョウマとクジューシンに出たが、なかなか二人共仕事にありつけず、やむなく夜の接客仕事をせねばならなくなってしまった。カリナはいつも作り笑いをしながら、客に接客をして精神的苦痛を味わっていた。そうでもして金を得なければ、この街で人間らしく生きることはできない。

 リョウマも仕事についてはいたが、芸能人のゴシップを追いかけるような仕事をしていくうちに精神を病んでしまった。そのためにカリナは一層働かねばならなくなってしまった。そんな日々を重ねて行く内にカリナは芸能プロのスカウトの目にとまり、アイドルとして修行しないかと持ちかけられる。それがカリナの人生が開けたと思った瞬間だった。だが同時にアイドルとして世に出る以上、今の仕事は続けられないし、なにより恋人の存在が障壁となってしまった。カリナは次第にリョウマと会う機会を減らしていき、ついには音信不通となったのである。カリナはリョウマのことを忘れようとした。けれど、今、この地獄の中でカリナはリョウマのことを思い出し、罰が当たったのだと思いつめていた。さらに夢に憧れていた街が巨人たちに蹂躙され、燃え落ちようとしている。カリナにとってそれは第2の絶望だった。もう絶えられないと思ったとき、巨人の足がすぐ目の前の地面を踏みつけてきた。カリナはその震動で、亀裂の入った地面に尻餅をついてしまう。そして見上げれば巨人の影があった。

「ああ、死ぬ……」

 そう思った時のカリナはどこか落ち着き払っていた。別にいいや、と思ったのかもしれない。しかし、巨人は急に何かに気づいたかのように振り向いて、去ってしまった。カリナはその場で凝固して何も考えることができなくなってしまっていた。

「そこの人、早く立ち上がって。82番入口が空いている」

とスピーカ越しの声がした。自分のことかと一瞬考えると、まるで見透かされたかのように、

「カリナさんだろ。早くたって。急ぐんだ」

 そのときカリナは別のことを考えてしまっていた。まだ、アイドルの制服のままだった。いつの間にかあちこち火の粉で焦げてはいたが。カリナは別の人間になったかのように一心不乱に走り出していた。

 カリナがアイドルの制服のままだったからこそ、助かったのだろう。ジュダスがモニター越しにカリナの制服を見つけていなければ、彼女はそのまま地面にへたりこんだまま、運命の時を迎えたかもしれない。

 

 ソーマはいまだに戦い続けていた。彼はまだ戦えるつもりだったが、操るモーターマトンの機体が限界にきていた。関節もフレーム傷んでいた。とくに脊椎部分は格闘戦の末、酷使し続けており、いつ折れてもおかしくない。それはソーマが体で感じ取っていたことだ。左腕ももう動かない。巨人はまだやってくる。ソーマは右腕に巨人の全長の倍はあるだろう鉄骨を携えて、なおも臨戦の構えだが、

「死が近いな……」

と覚悟を決めていた。

「まあ、いいさ」

ソーマは跳躍して、敵の巨人に鉄骨をつきさそうとした時、空から何条もの光が降り注いで、大爆発を引き起こし、倉庫もコンテナも何もかも破壊していく。バリアを備えてある巨人たちもビームには耐え切れずに貫かれ、次々に爆破、炎上していく。その爆発の衝撃と熱と光は何重にも重なり合って、大破壊の暴風と化し、クジューシンの街を焼き尽くしていった。

「死ぬかよっーーーーー!」

ソーマはその中で跳躍し、絶叫した。炎と破壊の中で人々の嘆きと怒りが立ち上る。それら膨大な人々の思念がソーマの中に吸収されやがてオーバーロードを起こして、ソーマの周囲で莫大な光を発生させた。と、同時に降り注ぐビームの爆発よりも巨大な爆発がクジューシン全体を包んでいくのだった。その爆発はソーマの意識さえも霧散させるかのようだった。

「な、なんの光だ」

 グル・ドヴァンは叫ぶ。

 ガルデバランの艦橋モニターはクジュシーンから発生した光で充満していた。

リドラーはグル・ドヴァンにしがみつき、ゲンリョルブは、

「は、ハイパーノヴァ」

と絶叫する。艦橋のスタッフたちも一様に恐怖に震えていた。光はやがて一本の柱のようになって宇宙空間を飛び出していった。

 リョウマは病院の窓から光の柱が天に登っていくのを見つめていた。クジューシンの街はリョウマの病院から山をはさんで20キロは離れているので、被害は及ばなかった。ただリョウマは

「ソーマ、ソーマ、ソーマー!」

と彼もまた絶叫していた。アリサが大丈夫、大丈夫よ、と彼をなだめる。しかし、それはアリサ自身にも平静を失わぬよう言い聞かせているかのようだった。

 その1時間後、オリオン政府はグル・ドヴァン艦隊に対して、降伏を申し入れた。


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