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鋼鉄の神兵  作者: 立花統氏
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巨人たちの目覚め

 クランチングスペースドライブ、通称シスドライブは物体の進行方向の空間を連続で歪曲させながら推進することで光速を突破する恒星間航法である。この技術により人類は光の壁を超えて宇宙に進出することができるようになったのだ。

 しかし、空間歪曲は惑星の近くで行うと重力の影響で斥力が起こり、移動物体が跳ね飛ばさたり、最悪押しつぶされたりするため、航路選定が重要となってくる。また惑星にも地殻変動などの影響を及ぼしてしまう。

 これに加えて惑星オリオンには別の事情もあった。現在、銀河全体では銀河連邦政府の統治能力の低下により、各地で治安が悪化し、宇宙海賊などが跋扈したり、惑星間の紛争が勃発したりと、争乱状態になっていた。オリオンは外敵侵入をふせぐためにオリオンを中心とした半径5000万キロには結界が施されていた。その結界とは宇宙空間に存在するダークエネルギーに特殊な電磁波を働きかけて、エネルギー密度を高めて空間歪曲を不可能にするものである。

 もし宇宙船がシスドライブでこの宙域に侵入しようとすればダークエネルギー自体が持つ斥力の壁にぶつかって、船体は潰されてしまうだろう。惑星オリオンはこれにより鎖国状態同然となっていた。また同時にオリオンの人々を封じ込めることにもなっていた。シスドライブが可能な宇宙船を持てるものは非常に限られており、富裕層でもさらに財産を持つ者だけが所有できるものなのだ。

 その鎖国状態は今、終わりを告げた。結界の内側、オリオンからおよそ150万キロの距離の宙域に航宙艦がダークエネルギーの壁などなかったかのように出現して、それらは集結し艦隊を成していく。その後方に一際巨大な空間歪曲が起こり、そのねじれの中から真紅の艦体を輝かせながら巨大戦艦が現れる。その時生じた重力震はオリオンをも揺らせた。

「重力震発生。なおも数が増大」

「艦船の数およそ300を超えました」

「所属不明の艦船に次ぐ。現在の貴艦らの所属を明らかにせよ。沈黙を続ける場合は攻撃を開始する」

 オリオンの空に浮かぶ銀河連邦宇宙軍オリオン駐留艦隊司令部は結界を破って突如侵入した大艦隊にパニックとなった。司令長官のリュウジンはただ一人冷静に宇宙艦隊の集結を命じた。まもなく60を迎えるリュウジンはこのままオリオンで定年を迎え穏やかな年金生活を送るはずだった。しかし、その計画はどうやら無残に打ち砕かれつつある。かつて宇宙海賊と戦っていたリュウジンはオリオンでは唯一と言える実戦経験者だ。オリオン駐留軍はずっと演習しかしてこなかった軍隊である。その上艦船の数はオリオン圏からすべてかき集めても100隻に満たない。かと言って戦わないわけにもいかなかった。

 敵艦隊は迷うことなく前進してくる。リュウジンは自分の星回りの悪さを嘆きながらも、艦隊の集結ポイント特定とルートの設定を命令した。


 オリオン星全域を襲った地震そのものは強くなかった。しかし、ソーマは兄リョウマのことをパニックになっていないかと憂い、彼が入院している病院へ向かった。その地震はかつて故郷を襲った大地震を思い起こさせたからだ。ソーマたちの故郷は首都クジューシンから1500キロ北東にあるキャサハラー群島にあった。ここには鉱物資源が多く埋蔵されている鉱山が存在し、ソーマの祖父の代から開拓民としてここに移住し、祖父も父も鉱石を採掘する仕事に従事していた。山が大半を占めるキャラサハラー群島では鉱山夫になるか、漁師になるくらいしか選択肢はなかった。ソーマもリョウマもいずれどちらかの道を選択する運命だったが、ソーマが10歳の時に巨大地震が起こって、幾度かの揺れの後に海底に没しさってしまったのである。ソーマとリョウマは命からがら脱出することができたが、父は鉱山の崩落に巻き込まれて、母は地震が起きた直後の津波によって自宅ごと飲み込まれてしまっていた。ソーマとリョウマ、そしてキャサハラー群島の生き残った人々は地獄を体験してしまった。その時に負った心の傷は今もまだ癒えることはなく、疼き続けている。とくにリョウマの場合、クジューシンについてからさらに辛苦を味わう事になり、同郷の恋人にも見捨てられて、精神を壊してしまった。

 そんなリョーマなのだが、病院についてみればその様子は平静そのものだった。ソーマは内心ほっとしながら言った。

「さっき揺れたね」

「ああ、揺れた、揺れた」

リョウマは子供みたいに微笑んだ。

「大丈夫だった?」

「アニキを子供扱いするなよ。あれくらいどうってことないさ」

「ごめん、そんなつもりじゃないんだけどさ」

「でももっとひどいのが来るな」

「え?」

「みんな死んじまうぞ」

「な、なに言ってんだよ」

「この星を出よう、ソーマ」

「無理だよ、そんなの」

「恐ろしいのが来るんだよ、なあ、なあ」

「わかんないよ、そんなの」

「わかるんだよ。確実なことなんだ、これは。そういう……、空気だ。空気を感じるんだ」

 リョウマがソーマにつかみかる。

「そんなこと言われてもどうしようもないじゃないか」

「父さんや母さんみたいになっちまうんだぞ」

「俺が守ってやるさ」

「俺なんかどうなったっていいんだ。見捨ててくれてもいい。お前だけでも」

「またそんなことを言う……」

「みんな見捨ててくれいいんだ」

「よせよ」

 何度も兄が口にしている言葉だ。もし自分が兄と同じ立場なら、平静を保てるだろうか、と不安にもなる。

「どうしました?」

 リョウマの大きな声を聞こえたのだろう、看護師が入ってきた。アリサ・アンバーというまだ20にもなっていない娘で、ソーマも何度か顔を合わせるうちに名前を覚えた。

「リョウマさん、大丈夫ですからね。地震は収まりましたから」

「カリナも逃げるんだ。早く、ここから」

 「また……」とソーマは思った。リョウマはかつての恋人と錯覚していた。もしかしたらすべての女はカリナに見えてしまっているのではないか。そして、同時に劇場で歌っていたカリナの姿を思い出しているソーマだった。

「私はアリサですよ、リョウマさん」

「逃げろ、みんな逃げ失せろ。でないとみんな飲み込まれちまう。真っ黒な津波に飲み込まれちまうぞ」

ジタバタと子供のように暴れだしたリョウマをソーマとカリナが抑える。後から担当医が駆けつけて、鎮静剤入りの注射をリョウマにうったことでようやくこの場は静かになった。

待合室でソーマがぐったりしていたところにアリサがやってきた。

「もう今日は大丈夫ですよ、ソーマさん」

「いつもすみません」

「大変ね、と軽々しく言えないけど、歳だってそんなにアタシと変わらないのによく……」

「僕だけじゃないですから、こういうの」

「生まれはキャサハラーですってね」

「ええ……」

「アタシだったら無理かな、耐えられない」

「どうかな……」

「ごめんなさい。ちょっと無神経でしたね」

「そんなことないです」

「じゃ、また……。無理しないでね」

と言ってアリサは去っていった。大したことのない会話だったが、ソーマは冷えていた気持ちが少し和らいだのを感じていた。その気持ちだけで十分だったから、アリサに恋人がいるかどうか考えるのはやめにした。気持ちが大きくなるのを抑えた。変な期待を抱いて、それらが裏切られたら、自分だって兄のようになってしまうのではないかという恐れがあったからだ。

 宇宙での戦闘というものは慣性の問題から正面からの撃ち合いというのは成立しにくいし、あったとしてもお互いが目標を補足して射程距離に入ってからすれ違うまでのわずかな時間だ。宇宙戦艦の1対1の撃ち合いならともかく艦隊戦にもなれば、その時間で与えられる打撃はわずかなものだ。より多くの時間敵に打撃を与えるならば、目標と同じ方向を向きながら……、すなわち並走状態になることの方がよい。それが宇宙艦隊戦の基本だった。

 オリオン艦隊司令のリュウジンはあくまでこの基本に乗っ取って、謎の敵艦隊に対処した。すなわち侵攻してくる敵艦隊の側面をつくような格好でオリオン艦隊は回り込み、並走状態に持ち込もうとしたのである。敵も黙ってこれに従うつもりはないから、オリオン艦隊に向かって動き出す。無法に侵入してきた敵でも宇宙戦闘の基本には忠実であった。

 しかし、オリオン艦隊は数の上で敵よりも下回っている。絶対的な勝利は望めない。撃ち合いなどしたら、あっという間に壊滅するだろう。ならば目的は時間稼ぎをしつつ敵の戦力を少しでも削ることにある。そして銀河連邦艦隊の援軍を待つことになるが、おそらく、

「間に合わないだろう……」

とリュウジン司令は思っていた。そのうちに敵の粒子ビームが鋭い光を放ちながら襲いかかってきた。こちらはまだ有効射程距離に届いていないうちに。続々と味方の損害報告が流れてくる。それは悲鳴に近いものがあった。

「全艦、密集しつつ防御体型をとれ」

 リュウジンのいう防御体型。それは艦船に常備されているバリアを艦隊を密集させることで相互作用を引き起こし、防御力を高めるものである。同時にダミーバルーンを放出し、擬似爆薬で戦艦の爆発を偽装し、敵の油断を誘いつつ、敵の懐に潜り込む作戦に打って出た。まだオリオンの人々が宇宙艦隊戦がすぐ近くの宙域で行われていることを知らない。

 オリオン政府の首脳陣はリュウジン司令ほど迅速な判断が下せないでいた。誰もが経験したことのない事態、ということもあったが、何者かが意図的に判断を狂わすような言動を行い議論をかく乱しているものたちがいた。しかし当事者たちはパニックになっており、その悪意を見破ることはできなかった。そんな悪意を持つ者たちは官邸だけではなく、オリオンのいたるところにいた。そのものたちは決して誰にも気づかれることなく自然にオリオンの社会に溶け込み、今日という日を待ち続けていた。オリオン周辺に張り巡らされていた結界が弱くなったのもこれが原因である。オリオン周辺の衛星や宇宙ステーションに設置されている結界発生装置。ここに工作員たちがあくまで正式な職員として入り込み、結界密度を弱める工作を施した。これによって侵略艦隊はなんなくオリオン近傍の宙域にシスドライブリリース(ワープアウト)することができたのだ。

 ソーマはその頃、ミハルノ建設のモーターマトン用第18号格納庫に来ていた。広大な空間の中に全長10メートル前後はある巨人たちが音もなく佇んでいた。今日はいろんなことがあった。こういう日はなかなか眠ることができない。そんな時ソーマはモーターマトンのコクピットの中で眠っていた。それは自分が大きなったつもりになることで、小さい不安を和らげるためのものだった。就業時間以外はモーターマトンを動かすことはできない。個人認証とミハルノ建設の統括システムの認証があってはじめてモーターマトンを動かすことができる。これはモーターマトンの盗難防止のためのものだった。モーターマトンのパワーを考えれば当然の措置と言えた。もしこれが破壊に使えれば……。誰もがそれを恐れることである。今、オリオン全体で1500体のモーターマトンが稼働している。

 ソーマはタラップを上りモーターマトンのコクピットにつながる足場を歩いていく。そしてコクピットに上がろうとした時、異変に気づいた。人の気配がしたのだ。そう感じ取った瞬間、コクピットから人が飛び出してきて、ソーマに襲いかかってきた。とっさに男を交わしたとき、男がナイフを持っていることに気づいたときには、遠慮なく男がナイフを突き出してくる。黒いボディスーツから軍人か、とソーマは冷静に思いながらナイフをかわす。足場は狭く、あとは簡単な手すりがあるだけで、ちょっとした不注意で7、8メートル下のコンクリートの地面に叩きつけられてしまうだろう。ソーマは落下の恐怖よりも相手を下に落とすことだけに意識を集中させた。狭い足場で相手の動きも慎重にみえた。何回目かの突進のあとで、ソーマは男の足をひっかけて、転ばした。男は足場を掴んでいたが、ソーマは無常にもこれを蹴り飛ばして、男を落としてしまった。何かが砕ける音がしたが、ソーマは構っていられない。周囲のモーターマトンのコクピットから黒づくめの男たちが次々と出てきたのである。ソーマは咄嗟にモーターマトンのコクピットに座り、キャノピーを閉じた。そして、いつものように生体認証機能付きのエンジンキーを差込み、これを始動させた。会社の統括システムから認証を受けねば動かないはずにも関わらず、エンジンはいつものように、当たり前に動き出した。それを以外と思う暇はソーマになかった。すでにいくつかのモーターマトンが動き出していたからである。格納庫内にエンジン音が響き渡る。

 この巨人に……、モーターマトンが、機関つきのからくり人形という名前を付けられたか。それは搭載された特殊なエンジンにあった。セイラーエンジンと呼ばれるそれは元々宇宙船用のエンジンである。空間のあらゆる物質や電磁波を吸収してエネルギーに転換させるこのエンジンは莫大なパワーを持っており、シスドライブを可能にさせたものだった。セイラーという言葉は太陽風を受けて動力を得ていることから付けられたものである。それまでセイラーエンジンは大型で大きな宇宙船にしか搭載できないものだったが、小型化に成功し、これをかねてより惑星開発用の人型ロボットに適用したところ、そのパワーをもっとも効率的に柔軟に使用できることが証明されたことからモーターマトンは誕生したのである。しかしそのパワーの大きさゆえに運用に際して制約を多く受けることになった。

 だが今、モーターマトンはその制約から解き放たれている。何者かが統括システムを乗っ取り、モーターマトンの制約を解除したとしか思えなかった。ソーマはダイレクトコントロールシステムを起動させる。これは自身とモーターマトンを一体化させるためのシステムだ。座席に座るソーマの体の各部に拘束具が現れ、彼の体を固定していく。最後に頚椎に拘束具が固定され、そこからソーマの神経とモーターマトンの神経が繋がれていく。

ソーマの主観が高く広がっていく。彼は今、まさに機械仕掛けの巨人となっ たのだ。ここまではいつものと同じことだったが、何かが違っていた。胸が熱い……。正体不明の興奮と殺意と破壊衝動がソーマの全身を駆け抜けていく。何もかも破壊してやりたいという思いは他の巨人からの体当たりをすんでのところでかわしことで幾分冷えた。なおも巨人が迫ってくる。その動きはどこかヒステリックに見えた。周囲のものなどかまわず、蹴倒し、踏み潰しながらソーマに向かって突進してくるのだ。ソーマは格納庫の扉を破って、外へと転がりでた。従来の人型ロボットだったら二度と起き上がることはできなかっただろう。だがそんな性能に驚いている暇などなかった。

敵の巨人は格納庫の扉を持ち上げて、ソーマめがけて投げてくる。ソーマは思わず飛び退いたがその跳躍力にはさすがに驚いた。一気に50mは跳んでいた。周囲のものは一気に小さくなって、ジオラマのように思えた。だが再び落下するときにはソーマの戦闘意欲が再び燃え上がり、地面に着地した瞬間、敵めがけて地面を蹴ってもう一方の足で敵巨人の頭部を粉砕していた。だが敵の巨人が次々と躍り出てきては、ソーマに憎悪むきだして襲いかかてくる。そう、相手の敵意と憎悪をまさに受けていたのだ。

 なぜ、そうなる? いやそのことはわかるのだ。ソーマ自身もそうなりかけたのだから。違いはその敵意や闘争心を制御できたか、否かだ。ソーマは群がる巨人を一体、また一体と潰していた。相手の動きは短調すぎて、隙だらけだったのである。もはや自制心など失せたていたのだろう。人のことが言えるのか。破壊衝動はソーマにもあり、それを満たすために巨人たちを潰しているのではないか? 自分の身を守るという名目のもとに。その考え方のほうが卑怯じゃないかと思った時には敵の巨人たちはもう人のカタチをとどめておらず、ただのスクラップと化していた。中に乗っていた人間もろともに……。

 ソーマはダイレクトシステムを切って、ようやく興奮状態から開放された。しかし、同時に嫌悪感が襲いかかってきて、たちまち胸はいっぱいになり、嘔吐してしまった。キャノピーを開いて、外の風に当たろうとしたが北の空が赤くなっていることに目をとられた。クジューシンの方角だった。あそこにもモーターマトンが配置されている。事は明白だった。


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