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鋼鉄の神兵  作者: 立花統氏
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歪む宇宙

創世記、神々の天地開闢とはこのようなものだったか。

 ジュダス・ウィンダーは目の前に広がる光景を五感で受けて、心中に呟いていた。

 全長10メートルはある巨人たちが見渡す限りの山々を、谷を、地を、削り、ならし、開いていった。そのスピードは従来の建設機械の比ではない。すでに整地された土地では、建築物がやはり巨人たちの手によって組み立てられていく。まるで子供がプラモデルのパーツを組み立てるかのように。その町並みは神話の世界で語られる石造りのバロック建築を思い起こさせた。クラシカルな街並みと言っていい。

 実際にこの眼で見るまでジュダスは半信半疑だった。巨大ロボットが建築機械になっているなど、冗談としか思えなかった。しかし、その認識を一変させるのには十分な説得力をもつ光景と言えた。

 バタヤ恒星系第7惑星オリオン。銀河連邦からおよそ1万光年離れた辺境の星は根底から作り替えられようとしていた。

 ジュダスはこの星に3ヶ月かけてやってきている。クランチングスペースドライブ、略してシスドライブと呼ばれる恒星間航行を用いても銀河連邦の首都まで3ヶ月かかるほど、オリオンは遠い。その上、今は惑星間の治安状態は極度に悪化しており、ジュダスはこの旅の間に7度も宇宙海賊を追い払っていた。

「さすがはウィンダー財閥の御子息。いい嗅覚をしていらっしゃる」

 男の子のロマンに浸っていたところに水を差されてしまった。

 彼の傍らに中年で小太りの男が立つ。この建設現場を取り仕切るミハルノ建設の社長、ミラ・ミハルノだ。

 ウィンダー財閥の子息……、どこにいってもそう言われるし、そのために襲われたことは何度もあったが……。

「出来がよくないですからね。父にはとっくに見放されています」

「このご時世にはるばるオリオンまでやってくる行動力だけでも才気を感じますな」

「ただの家出ですよ。このまま銀河の外に出てしまおうかと思っています」

ジュダスは自分の希望を素直に言った。が、ミラ社長は本気にとっておらず、

「はははっ、若者はそうこなくちゃ」

と下品に笑うだけだ。典型的な成り上がりものだな、とジュダスは思うが、それこそお坊ちゃん的な考え方であることまでは気づかない。

「若者たちはみなここにやってくる」

 ミラは感慨深げに言った。

「あの巨人のパワーにひかれてね。君もその一人というわけだ」

 ジュダスの目の前に一体の巨人が通り過ぎていく。その巨人の胸部にあるキャノピーが開かれ、人が出てきた。その姿に思わずジュダスの目を引いた。

ショートカットの褐色の肌ではあったが、小顔で整っていたためにジュダスは男か女か判別がつかなった。それでも目を引いたのはただ直感的に美しいと思ってしまったからである。そう思ってしまったことをミラに悟られないように

「若いですね」

とつぶやいてみた。

「ソーマのことですか。たしか18になったばかりかな」

「ソーマ……、君って言うんですか」

ソーマが男の名前であることを確認するかのようだった。

「ああいう顔してるけどな、結構喧嘩っぱやくてね」

 もうソーマの姿は見えなくなっていた。しかし、ジュダスはこの時のソーマの姿を生涯焼き付けることになる。

 ソーマはジュダスの視線に気付いていた。その視線は周囲の人間のものとそんなに変わらない。女を見るような、凝視。ソーマだって男だからわかる。それだけに余計不快に思って、よく喧嘩もした。この仕事についたのもより男らしさを身につけたいためであったし、強くなるためでもあった。

ソーマの乗る巨人マシーン、モーターマトンはソーマの願望を反映したかのようなマシーンだった。これに乗っている間はまさに巨人になったつもりになれた。それはモーターマトンの操縦システムが搭乗者の脳派を通じて、直感的な操作を可能にしたものだからである。搭乗者をまさにモータマトンそのもの、巨人そのものになりきるシステムと言っていいだろう。そもそも人型をしているのは人間とマシーンを文字通り一体化させるためであると言う評論家もいる。神でもつくるのか……、という論者もいる。神とまではいかないが、ある種の全能感をソーマに、いやこれに乗る若者たち与えていたのは事実だった。少なくとも、若者たちのありあまるエネルギーを存分に引き出してくれるマシーンであることは、ジュダスのいる現場をみればわかることである。

この現場はオリオンの新しい首都を作るためのものだった。現在の首都クジューシンはオリオン開拓時に作られた最初の都市だったが、すでに作られてから200年以上がたち、古く老いていた。富裕層が住んでいる高層ビル群や庁舎ビルがメガロポリスを形成して、ひたすら老いを隠そうとしていたが、その周囲の複雑で雑多な街並みでは貧困層が喘いでおり、それらの問題は解消されることなく、犯罪が多発して、根元から腐ろうとしていた。

しかもオリオンで豊かな街といえるのはこのクジューシンのみであった。移民最初の百年はオリオンの各所で開拓が進んだが、厳しい気候と頻発する天変地異のために開拓民は苦しめられ、その上オリオン政府は決定的な政策を打ち出すことができないでいた。そして次の100年で開拓民の子孫たちは、豊かで安定的なクジューシンに流れていったのである。そのおかげでクジューシンの人口は爆発的に増え、政府も首都開発を優先的に行った結果、オリオン全体の開拓は滞るようになり、開拓民たちのつくった街は過疎が進んでいったのである。そのような状態ではクジューシンの発展にも限界が出てきて、いつしかオリオン星全体が停滞し腐っていった。貧富の差の拡大と階層の固定化はオリオン社会の一層の停滞を招いてしまい、治安は低下し、文化も衰退していった。そして、富裕層たちはオリオンを見捨てて宇宙に脱出しようとまで考えるものまで出てきていた。

 ソーマは開拓5世であり、鉱山夫の息子であったが、鉱山の事故で父を失い、やむなくクジューシンに兄・リョウマとともに故郷から出てきていた。しかし、リョウマは仕事先で上手くいかず精神を患ってしまったために、ソーマは兄の分まで稼がなければならない破目になってしまった。そんな折、新首都開発を主催するミハルノ建設にて、モーターマトンを操る仕事にありつけたのである。

 モーターマトンのパワーは経営者と若者たちの心をひきつけ、大勢の人間が殺到していった。そして、滞っていたオリオンの開拓事業が再び盛り上がることにもつながった。ソーマは働けば働くほど、稼ぐことができ、兄を養っても余る程であった。そうなれば諦めていた宇宙への憧れも再び燃え上がる。いつかは宇宙船を買って、大宇宙を旅することも夢ではなくなってきたのだ。

 ソーマが宇宙へと憧れを抱く一方、オリオンには夢を抱いた移民者が集まってくる。若者たちをすべて雇っても、オリオンには人が足りなかったのである。そこで移民政策をとって、他の惑星からの移民を多く受け入れることにした。オリオンに次々と人が集まり出す。人々の夢が集中していく。それらがエネルギーになって、星の形を変えていく。そして、またさらに多くの人々が引き寄せられていく。だが大勢の人が集まれば軋轢が生まれるのもまた真理であった。


 その夜、ソーマは大男を投げ飛ばしていた。クジューシンの繁華街にある居酒屋でそれは起こった。ソーマは大男にナンパをされたのである。その男は新顔のようだった。ソーマは悪態をつくと男がつかみかかってきたので、ソーマは投げたのである。喧嘩の仕方は父から教わっており、つかみかかれた時の対処法も身にしみついていた。すかさずソーマは男を締め上げる。男は降参した。ソーマは店をあとにし、そのあとを同郷の友シンザが追いかけていく。

「割り勘なはずだよな」

とシンザは飲み代を請求する。

「わかっているよ」

とソーマは飲み代を払った。

 オリオンでは18になれば成人であるから、酒も当然飲める。のだが、はじめて酒を飲んだとき、一口だけでソーマは目を回してしまった。それ以来酒をたしなむことはしていないのだが……、

「ソーマも飲めもしないのによくいくよ。大人ぶってさ」

「大人なのに大人ぶって何が悪い」

と言ってしまってソーマは恥じる。大人は自分のことを大人だとは言わないからだ。

「だから絡まれるんだよ。背伸びしているのが可愛く見えちゃうんだ」

「喧嘩売ってんのか?」

「ごめん、ごめん。怒るなよ」

とシンザは笑って謝れば、ソーマの怒りも自然と鎮火する。憎めない……。だからソーマはシンザとは一度も喧嘩をしたことがない。

「それにしても最近は荒っぽいの増えたよな」

とシンザは恐る恐る言う。

繁華街からは怒号や物が割れる音があちこちから聞こえてくるからだ。

「外から移民だろ」

「外宇宙は戦国時代だって本当かね」

「話は聞くけどな……」

「なら一緒に俺と天下を取りに行こうぜ」

とシンザはまた笑って言う。

ソーマは基本的に仕事場の人間とは現場限りでプライベートな付き合いはもちろん、話もあまりしない。もっともそれはソーマだけではないのだが、みな目の前の仕事に没頭しているのである。ただ新参者の中には年齢よりも老け込んだような、いかにも苦労を重ねてきた、という人間も多く見受けられる。彼らはただ黙々と仕事をしていたが、時々薄暗いものを感じることもあった。なぜそんな感じ方をするのかまではソーマ自身もわからない。

ソーマとシンザは劇場に入った。アイドルグループ「ネビュラガールズ」のコンサートを見るために。ソーマは興味を持たなかったが、シンザはせっかくチケットが手に入ったのだから、とソーマを誘ったのである。今日繁華街でソーマとシンザが落ち合ったのもこのためだった。

劇場は狭く、ステージと客席の間も手が届きそうなくらい近い。ステージに女の子たちが上がると歓声が湧き上がり、ソーマの耳は潰されそうになった。シンザも熱狂していた。自分もシンクロせねばならないのか、とソーマは思い無理やり歓声を上げた。そうしなければ辛いな、と思ったのである。だがステージに登り歌い踊る10数人の女の子の中に確かにソーマが見知った人間がいた。まさかと思いながら、しかし確信していた。

「カリナ……!」

と、ソーマは心で叫んでいた。しかし、まるでその叫びが聞こえたかのようにカリナという女も客席のソーマに気づいて、一瞬、歌と踊りのテンポが遅れた。そのあとはすぐにまたメンバーたちと一体になって歌い踊ったので、本当に一瞬の狂いだったが、そのことがソーマの胸を高鳴らせた。

ステージが終わり、帰路につく中で、シンザは楽しかったろ、と興奮気味に話す。シンザはコンピューターエンジニアとして、新しい首都のシステム開発の仕事に従事していたから内側に貯めるものも大きかったのだろう。

「ああも近いと確かにドキドキするもんだな」

とだけソーマは答えた。けどそれは別の理由があった。

「また行こうぜ」

「あ、ああ……」

「なんだよ、やっぱり楽しくなかった?」

「楽しかったさ」

「世の中つまんないことばかりだけどさ、あの子たち見ているとそう悪いもんじゃないって思えるよ」

 やはり……、とソーマは思った。能天気そうなシンザでも……、と。確実に人の心を浄化させるものであれば、アイドルの仕事はとても崇高なものじゃないか。だったら……。

ソーマはカリナの顔を思い出していた。

「ちょっとそこの君」

と叫ぶ男の声が後ろからした。

シンザが振り向いて答えた。

「僕たちですか」

「そ、そう。その隣のかの……、じゃない彼にね」

「なんすか」

ソーマは不機嫌そうに答えた。

その顔は見覚えがあった。

昼間、現場を見学していた男だ、と思い出す前にシンザが答えた。

「さっきネビュラ劇場にいましたよね。もしかしてスカウト……」

「おい……」

ソーマはシンザをにらんだ。

「冗談だよ、冗談……」

「ある意味間違いじゃない」

「なに……」

とソーマが男をにらむ。

「アイドルのスカウトじゃないさ。パイロットとして君を雇いたい」

「パイロット? なんの?」

「モーターマトンのことじゃないか、ソーマ」

「ああそういう表現の仕方もあるか」

 ソーマは運転手としか捉えていなかった。飾り気がないのがソーマの性分である。

「あんたはどういう人」

「ああ、申し遅れてごめんね。ボクはジュダス・ウィンダーっていうんだ。人を集めて会社を作ろうって思っている」

「まだできていないんですか」

と身を乗り出したのはシンザだ。

「ウィンダーさんって、あのウィンダー財閥の……」

「それは関係ないよ。あくまで無関係の新会社だ。いろんな惑星を開発するのを仕事にする。これからはモーターマトンがあればなんでもできるだろうし、開発の時間も短縮すればひとつの惑星だけでなく、さまざまな星の開発を手がけることができるようになる。僕はプラネットコーディネーターになりたいんだ」

 惑星そのものを一民間企業がコーディネイトする……。もう少しソーマもシンザももう少し大人であったら大言壮語を吐くなと思っていたかもしれない。しかし、二人はあくまで若者だった。大言壮語に胸を躍らせる純粋な若者だった。ただ突如としてあふれて湧いてきた興奮を表現する言葉を持たなかった。

「ま、すぐに答えを出してくれとは言わないさ。ただ頭の隅に置いてくれたらいい」

 そう言ってジュダスは去っていった。世の中が面白くなってきている……。二人はジュダスの野心に触れて痛感していた。

 シンザと別れて、ソーマはバイクを走らせて、町外れの丘で夜空を見上げていた。大昔の人間を星の動きをみて、自分の運命を占っていたという。ソーマにそんな力はないが、運命が変わっていく実感が胸の中に広がっていった。そのとき、星のひとつが歪んでみえた。一瞬のものだったので錯覚だと思った。ソーマだけでなく誰もがそう思うだろう。しかし、このときこそソーマの運命が決定的に変わった瞬間であった。惑星オリオンに集まるエネルギーはより多くのエネルギーを求めた。そしてついに時空を歪めるほどの巨大なエネルギーをもった者を呼び込んでしまったのである。

 そのわずか数秒後、惑星オリオンのすべての大地が揺れた。


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