SSSノベルス~修羅~
Select Words
『スカート』『彼岸花』『紅葉マーク』『修羅場』
それではお楽しみください。
「いい加減にしてよっ!」
パシンととてもよく響く、それでいて重く、そして鋭い音が響く。
音の出どころは俺の右頬だ。
簡単に言えば右頬を張られた。
音はとてもスッキリしているのに張られた俺には鈍い痛みが襲ってくる。
視点はあまりぐらつかずすんなりと相手の足元に向く。
見慣れた土の色に相手のいやに明るげな黄色のブーツがミスマッチだ。
軽く視線を上へ向けると時期にぴったりなかぼちゃっぽい色をしたロングスカート。
ああ、確かコイツのお気に入りだったなと頬とともに熱を帯びていく思考でぼんやりと考える。
覚悟を内心で入れなおしてもう一度顔を上げると今度は左の頬をさっきの体感二倍くらいの重さで張られる。
ずいぶんと容赦のない平手打ちだ。
かの有名な某聖人ですらびっくりな両頬打ち。痛がる暇もない。
しかし二度目は重さはあるものの予想できないわけではないのでグッと力を入れて耐える。
軽く相手を睨むように見据えるとヒステリックな主張が相手から飛んでくる。
「なんで私を捨てるのよ!あんなに私に激しく愛を叫んで言い寄ってたのは誰!あなたでしょう!?私だってそれに応え続けていただけなのに何であなたに捨てられなくちゃいけないのよ!」
いわゆる修羅場ってやつだが、どうしてこうなったのか…
俺、『水山鏡』とコイツ、『火野瑠依』は大学時代からの付き合いだ。
一目ぼれってやつだった、同じサークルで初めてみたときから瑠依のことが気になってた。
幸いなことにゼミも同じで、故に卒業前にATTACKかけて、就活の邪魔はできるだけ避けるようにするために本格的なアプローチはゼミで就職が決まったことを聞いてからにした。
当時の俺は俺でもあきれるほど積極的だった。
ある程度常識的ではあったもののしつこいヤツと疎まれても仕方がないほどに。
だが異性慣れしていなく、どこか他人と距離を置きがちだった瑠依にとっては衝撃的でとてもうれしかったらしく、卒業前にOKももらって…
そんなはずだったが俺はこうして瑠依に別れを切り出している。
勿論瑠依のことは好きだ。だが彼女はまっすぐ過ぎた。
いわゆるヤンデレなのかもしれない。瑠依も同じく仕事中なのに俺に電話をかけてきたり、かなり短いインターバルでメッセージを送ってきたり、女性関係の心配が過剰だったり。
愛されるのはうれしいことだけれど、それが原因で仕事を投げ出しているような扱いをされたくないのも事実だった。
別に意地悪に「わかれよう」なんて言ってもいない。
既に互いの両親に挨拶もした。瑠依の親にも勘違いされたくないから事情を話した。
俺が結婚式と指輪のお金をためて、お互いに仕事を満足にできるようになるまで一時的に距離を置きたいっていう気持ちを。
今のままでは瑠依も俺も互いに甘え過ぎて墜ちる。すべてダメにするよりも今苦しい思いをすべきなんだって思ってる。
俺はこの事は何度も瑠依に説明した。
でも瑠依は『俺が浮気をしているから』別れ話を切り出している。という幻想に囚われている。
説明はただの嘘だって思いこんでいる。
そのたびに抱きしめて何度も言い聞かせているし、俺が潔白なことは瑠依の親にも証明してもらってる。
それでも瑠依は勘違いをやめない。
いや、瑠依にとっては『自分の親』が勘違いをしているように見えるんだろう。
だから、今日も説得をする。
婚約用として互いに買った安物の指輪をしっかり身に着けて。
そしたら今日はとうとう平手をもらったのだ…
「瑠依、頼む、しっかりと聞いてくれ。何度でも話す。瑠依が納得するまで話すよ。だから聞いてくれ!」
「嘘!嘘よ!私が一番とか言いながらほかの女をつくって、私に対する罪悪感だけで嘘を語らないで!」
俺の脚が一歩進むと瑠依は一歩後ずさる。
やっぱり今日もダメなんだろうか。
説得、そしてそれにかかわる俺の覚悟の為に会社の女性が絡む付き合いもすべて断り続けているし、女友達も連絡先を消したから潔白は証明できるはずなのに…
「瑠依…そうか、今日も…だめなんだね。」
俺は頭をかきながら首を振る。秋風が少しひりひりする頬に沁みて辛い。
泣きたいのをこらえ、瑠依に背を向けようとする。
そのとき、衝撃的なことが起こった。
「鏡、鏡の決意が固いなら…これ返すね。」
俺は耳を疑った。
ヒステリックに叫んでいた瑠依が穏やかな声で俺の想いを肯定してくれたのだから。
急いで瑠依のほうを見ると包み紙を持っていた。
「これは…?」
返すといっていた。つまり俺が前に瑠依にあげたものなんだろう。いっぱいあげているのでなにを返されたのかはわからない。
「鏡は…私が大事だもんね。大事だもん。それをちゃんと持って帰ってくれるよね?」
さっきまでの態度が嘘のような表情に軽い恐怖がわく。
だが、ここで俺が疑って拒絶したらかえって事態はこじれる。
ならばここは素直に受け取って、復縁したときにもう一度これを渡せばいいのだ。
それこそがまだ俺が瑠依を愛している証明にもなると思って。
「ありがとう瑠依…俺、もう一度お前にこれを渡せる日を待ってるよ。」
これだけを告げて俺は瑠依に背を向けて家へと走って帰った。
瑠依はニコニコと笑顔でいた。
『じゃあ予定通り半分溜まったらもう一度瑠依に告白をするってことでいいのかい?』
「はい。何度も言ってますけど、俺は瑠依を嫌いになったわけじゃないんですから。」
『まぁ、瑠依のことは任せなさい。君が稼いでいる間、私たちがしっかり守ってあげるよ。』
「ありがとうございますお義父さん。それでは、おやすみなさい。」
瑠依の親との電話を切って大きく伸びをする。
今日は良い日だ。瑠依は理解をしてくれたし。
「そういえば瑠依が返してきたものって何だったんだっけ。いろいろあってわからないからな。」
瑠依からもらった包みを開けてみるとそこには一着のスカートがあった。
彼岸花をイメージした花をプリントした全体的に濃い目の朱色のスカートだ。
「うわぁ、懐かしいなこれ。初デートの時にあげたスカートじゃん。まだとっててくれたんだなぁ…」
言葉だけ聞けば変に思われてしまうが、実のところは簡単で、瑠依との初デートの時に偶然このスカートを見つけ瑠依に似合うとビビッとキて、贈ったのだ。
思わずウルッときてスカートを抱きしめる。ほのかにまだ瑠依の香りが残ってるような、そんな安心感に襲われた。
やっぱり俺は瑠依に依存をしているのかもしれない。
「彼岸花ってあの後調べたけど、俺好みの花言葉だったんだっけな。もういちどよんでみたいな。」
そう呟きながらパソコンを開く。
大先生サイトでなら何でも載ってるから大助かりだ。
「…ン?」
どこか何かが焦げたようなにおいがする。
しかもガッツリ炭素が焦げたようなそんな臭さ。
「となり…はないよな。うち一軒家だし周りに家がないし。」
両親は定年で退職していて、老後の旅行中であるため家には俺一人しかいない。すると焦げ臭いのはもっと不自然だ。
「下…だよな?なんだ…?まさか火事!?」
急いで下に駆け降りる。
階段を降りたところで妙に激しい熱さを感じた。
玄関のほうは火が見える。
やはり火事が起こっているみたいだ。
急いで消火器を取りにキッチンへと向かう。
「くっ!結構まわってる!?」
キッチンにはとてもじゃないが入れる状態じゃない。
諦めてリビング付近の窓から脱出しようと思ったとき、誰かが背後に立ったことに気付いた。
「だれだ…って瑠依!?なんでここに!いや、そんなことはいい、逃げるぞ!」
今日来るはずではない瑠依がいることに驚いたが、火事でそんな場合じゃないので逃げるために瑠依の腕を掴んで引っ張る…が、
「なんで動かないんだ…!?」
瑠依はニコニコ俺のほうを見つめるだけで動かない。いったいこの細い体のどこにそんな力があるのだろう。
「瑠依…逃げる…ぞっ!?」
両手で瑠依の腕を引こうとした瞬間、俺は瑠依に押し倒される。
瑠依は相変わらずニコニコと不気味なまでに笑顔だ。
「おい、何やってんだ、逃げないと死ぬぞ俺たち!」
そこで瑠依は漸く口を開いたが…
「だって最初からそのつもりだもん」
…俺は、瑠依が何を言ってるのか一瞬わからなかった。
そのつもり?それって死ぬつもり?じゃあ…
「うん、この火事を起こしたのは私だよ」
「なんで…そんなことを…!?」
瑠依はただ何も言わずに俺の唇を奪う。深く、深く。まるで俺の肺の空気をすべて抜き取るような…苦しくなるキス。
「…グホッ、ゴホッ!」
「ねぇ鏡、次に鏡と会えるのはいつだろうね。」
「ぇ…?」
頭がぼんやりとする。さっきのキスで呼吸が薄くなってしまったのに加え火事で酸素が少なくなったんだろうか。
「私ね、嫌なの鏡と会えないの。話せないの。嫌だ。だから、こうすればずっと一緒。」
もう…言葉が出ない…声を出せない…
「また会うのが楽しみだね。私の大事な鏡。今はお休み。」
瑠依の顔が近づいてきて………こで…お…は…
彼岸花
別名:曼珠沙華
華が炎の形をしていることから、『家に持って帰ると火事が起こる』という迷信がある。