第一章 額縁の中の世界【3】
それからは少し気まずい雰囲気で、ミイはつまらなそうにしていた。
外の雨は止むことなく、叩き付けるように降っている。
「そんなに心配なら無理して来なくても良かったのに」
ミイは呟き、母親に頭を叩かれた。
「だって、暗い誕生日なんてサイアク! お兄ちゃんはいないし、フィルも優しくない」
「ミイ、ごめん」
フィリップは不安な表情のまま謝り、再び外を気にする。
「?」
いつの間にか眠っていたらしく、フィリップの上には毛布がかかっていた。隣ではミイが寝息を立てている。
「あ……」
フィリップが外を覗くと、辺りはオレンジの朝焼けに染まっていた。嵐でえぐれた大地にいくつもの水溜まりが出来ている。
「……泊まっちゃった」
城に戻ったら怒られることを覚悟して、そっと家を抜け出そうとする。
「フィル……」
ミイの寝言にフィリップは立ち止まる。
昨日は嫌な思いをさせてしまった。せめて、起きて謝ってから帰ろうと再び座る。
「兄様、会議終わったかな……。ミクにも会いたいな」
フィリップはミイの兄、ミクを本当の兄のように慕っていた。サムエルもミクを弟のように可愛がっている。
「おはよー」
間延びした声でミイがフィリップにもたれかかる。ミクの事を考えていたフィリップはもたれかかられたまま、前に倒れてしまう。
「ミイ、おはよう。僕、帰るね」
フィリップは微笑んでミイに抱き着く。
外に出ると、ミイも一緒について来た。母親も見送ろうと追いかける。
「あ、いいですよ!!」
フィリップは母親に言うが、微笑んで否定される。まるで本物の母親みたいで、フィリップは強く反発できなかった。
フィリップはそのまま城への一本道へ差し掛かる。昨日は無かった木の杭に首を傾げた。
傍には多くの馬に乗った兵士がいた。全て杭の内側――こちら側――に居て、険しい顔をしていた。
「通行禁止だ」
フィリップ達を見て兵士は冷たく告げた。ミイは不思議そうな顔をする。
「僕は戻りたいのです」
フィリップは言い、通ろうとしたが、槍を突き付けられる。
「ここは我がアバダン公の領となった。今後、この国から出ることを禁ずる」
「え?」
フィリップは戸惑い、後ろを向くが、ミイも母親も驚いた顔をしていた。誰もこのことを知らない。
「王は……サムエル国王は承知しているのですか?」
「この国で敵国の王の名前を呼ぶことも禁ずる」
フィリップは目を丸くして詰め寄った。
「ここはサムエル国王の国だ! そんな勝手は認められない!!」
兵士はフィリップを無言のまま槍で軽く殴った。
「子供じゃなければ処刑している。子供でも二度はないぞ」
「僕……私はこの国の王子、フィリップだ!」
フィリップが叫ぶと、兵士は微笑した。近付き、腕を掴む。
「王子なら好都合。アバダン公に差し出せば株も上がるというものだ」
ミイは駆け寄るが、兵士は軽々とフィリップを馬に乗せた。母親は止めようと馬の前に飛び出した。
「お母さんっ!!」
ミイが叫んだ瞬間、母親は馬に跳ね飛ばされる。フィリップが叫ぶ間もなく馬はミイと母親を置いて走り去る。
「フィル! フィルーーっ!!」
ミイは母親に駆け寄り、泣き叫ぶ。
フィリップは上手く頭が回らなかった。どうして、こうなっているのか。何が起こったのか。
ただ、全てが昨日までと違う気がした。