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黄昏と暁の通り道  作者: 早生しあ
第四章
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第四章 貴族と娘の立場【10】

「私、貴方に嫁ぎます」

 透き通る声が響く。

「え?」

 ジョシュアは一瞬息を呑み、メグを見た。

 立ち上がり、背筋を伸ばすメグは、とても身分の低い娘とは思えないほど気高く見える。

「私に会いに来て下さったのに、そのような小汚い子供を見るなんて、貴方のお心は私にございませんの?」

 メグはそう言い放ち、フィルとは反対方向の端まで歩く。そして、ジョシュアに微笑みかけた。

「早く連れ出して下さいね。法律が許すのなら」

「な……んだと?」

 ジョシュアの声にメグは微笑みを崩さずに続ける。

「私の身分は最下層の貧民。貴方は伯爵のご子息」

 無理でしょ? と微笑するメグにジョシュアは笑みを浮かべる。

「その貧民に入れ知恵されたのか? 愛しのメグ。だけど心配はいらない」

 格子の隙間から手を入れ、フィルの髪を突然ジョシュアはつかむと、引き寄せて鉄格子に強く押し付けた。

「フィル!」

 一瞬のことで身体が強張って反応できないフィルのそばに、メグが駆け寄る。そのメグの手首をジョシュアはつかんだ。

「貴族の男子は、爵位を継ぐまでの身分は平民ということになる。メグとは1つしか身分が離れてないから問題はない。法を盾に解放してもらおうなんて」

 ジョシュアはフィルの腹を蹴り飛ばし、鈍い音と共にフィルはうずくまる。

「ガキのくせに悪知恵だけは働くな。あのクソガキと一緒か」

「フィル!!」

 痛みに声を出せないフィルの肩をメグはさすり、ジョシュアを睨む。

「メグ、よく頭を冷やしてまた明日返事を聞こうか」

 困った顔でジョシュアは微笑み、わざと足音を大きく立ててその場を後にした。

「ふ……は」

 フィルは短く息を吐き、蹴られた場所を押さえて身体を少し起こす。

 メグはフィルから手を離し、うなだれた。

「ごめんなさい。本当に、ごめん、なさい……」

 謝るメグに心配をかけないよう大きく息を吐いてメグに笑って見せた。

「いや、馴れてるから。貴族は仕事の最初の頃は結構殴ってきてたし、まあ、貧民は人間扱いされてねーからな」

 フィルはメグから目をそらし、リュケシスの置いていった本に目を向ける。

「一つ失敗しただけだ。まだ、方法はあるはずだ」

 フィルは本を取り上げ、中をめくる。

 目眩がするくらい文字が書かれているが、その内の「婚姻」に関するページを調べ、開いた。

「……これか」

 指で文をなぞり、大きく頷く。

「メグさん見てみろ」

 フィルはメグに本を渡した。メグは本をしばらく眺めて首を傾げる。

「読めないのよね」

「あっ、悪い」

 フィルは本を返してもらい、メグに説明をした。

「ここに貴族平民層って項がある。貴族生まれじゃない人間が、貴族の屋敷なんかで働くとこの身分になるらしい」

 メイドとか、乳母とか、家庭教師とか、馬車を運転する御者なんかもそうか。とフィルは指折り数える。

「貴族平民層と結婚と何かあるの?」

 メグの問い掛けに、フィルは頷いた。

「結婚は仕える貴族の家以下の身分ならどことでもできるんだ。公爵家なら、公爵、侯爵、伯爵……」

「結婚できても仕方ないのよね」

 メグの言葉を受けてフィルは薄笑いを浮かべる。

「結婚できる相手の身分はそれなんだが、結婚するということ自体、仕える貴族の許可がいるんだ。だからメグさんが」

「リュケシス様のところで働かせてもらって、結婚に関しては許可をもらわなければいい?」

 フィルは「そうだ」と頷き、本を閉じる。

「リュケに頼むから、メグさんはもう少し我慢しててくれ」

 フィルがメグの顔を見ると、今までとは違う明るい表情になっていた。

「……ありがとうございます。フィリップ様」

 微かに聞こえた礼にフィルは返事をせずに、リュケシスから渡された袋をつかむ。

「それは?」

「リュケの母様から渡されたものだ。何が入ってるのか確認してなくて」

 フィルは袋を開ける。

 中身を取り出して小さく声を漏らした。

 中にはシャツが数枚、長ズボンが3枚、上着が入っている。

 そして、取り上げられたはずの『空色の服』が綺麗に洗われて一番下に手紙と共に入っていた。

「……この服は大切に置いておきなさい。他の服を着て今後仕事などに行くこと。今までの服は、小さいでしょうから。愛しの息子へ」

 手紙を読み上げ、フィルは小刻みに息を吐いた。

 最後の言葉が、リュケシスのふりをしている自分に付き合ってくれるとの再確認の言葉に思える。

「泣いてるの?」

 メグは声をかけ、すぐにベッドに入る。

「私は寝たら大きな音とかでも起きないのよね。すぐに寝るから少し待ってて」

 大きな声でフィルに伝え、フィルは見てないことが分かってても小さく頷いた。

「兄様……」

 震える声で呟き、空色の服を抱きしめる。

 当たり前だったものを、また当たり前のように自分のそばに戻してくれた。

 それに、形式とはいえ「息子」だと呼んでくれた。

 母親と同じ蜂蜜色の瞳を持つ叔母が。

 フィルは感謝の気持ちでいっぱいになった。



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