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黄昏と暁の通り道  作者: 早生しあ
第一章
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第一章 額縁の中の世界【1】

 澄み渡る空は抜けるように青く、遥か遠くに見える暗雲が冷たい風を運んで来ている。

「降りそう……」

 茶色の髪に蜂蜜色の瞳を持つ少年は手を止めて窓の奥に広がる空を見つめた。

 少年が手を離した瞬間に鞄からは聖書が落ちる。年齢に似合わないようにも思える豪華な表紙の聖書は何度も読んでいるのか、所々擦れて、それがより一層重厚さを醸し出していた。

「んー……。今日は早く帰らないとダメかな?」

 少年は自分の身長くらいの高さにある窓に手をかける。軽く跳びはねると、胸にかかる指輪を紐に通しただけのペンダントが窓に当たって高い音を鳴らした。

「あー、今日は無理だね、フィリップ」

 後ろからにこやかにかけられる声に、少年フィリップは振り向いた。

 成人したばかりのように見える背の高い男性が微笑んでいた。深い緑で、聖職者の着るものに似せたようなローブを羽織っている。

「サムエル兄様!!」

「嵐が来る。危ないから外出禁止だよ」

 駆け寄って来た弟の頭を撫でながらサムエルは優しく言った。

「そういえば、今日は楽しそうに散歩から帰って来たね」

「はい……」

 フィリップは目を細めた。階段で会った淡い空色のドレスに身を包んだ女の人を思い浮かべる。自分よりも年上の、亡くなった母のように優しそうな人だった。

「私は困惑しているんだよ。フィリップの領地の貴族のことだけど……」

 話しかけてサムエルは言葉を止める。真っ直ぐに見つめて話を聞こうとしていたフィリップは首を傾げた。

「フィリップにはまだこういう話は早いのかも知れないね」

 目線を合わせるようにサムエルはしゃがみ込んで、フィリップの頭を撫でた。

「……?」

 少し顔をしかめるフィリップに気付かずにサムエルは窓に歩み寄った。

「ここから見える土地はフィリップの領土だよ。15歳になったら正式に領主として城もあげないとね」

 国の南側にあたる山と森に囲まれた、一番自然の多い場所を指してサムエルは言った。

「……光栄です、国王」

 フィリップは深く頭を下げる。その表情は大人びて、目はしっかりと窓の外の世界を見据えていた。

「で、今日出かけるのは止めるね? 雨に濡れて風邪でもひいたら大変だ」

 微笑んだサムエルはフィリップをひょいと抱え上げて、自分の部屋へと連れて行く。

「何歳になったんだっけな……?」

「8歳です。兄様と10歳も違います」

 違う違う。とフィリップに微笑んだ。

「私が弟の歳を忘れる訳無いじゃないか。フィリップと仲の良いあの女の子だよ。今日が誕生日だろ?」

 フィリップはこくんと頷いた。よく遊びに行っている自分の領土の家族。そこの兄妹のことだ。

 今日もプレゼントを買いに城下へ行っていた。

「ミイは10歳になります」

「そうか、誕生日には間に合わないけれど、私もお祝いを述べさせてもらうよ」

 フィリップはうつむく。数年前に知り合ったミイ達は、何があっても自分の誕生日にはお祝いをしてくれた。

 王族と民間人が親しくしてはいけないと父には怒られたが、それでも遊ぶのをやめなかった。

「フィリップ、さて、クイズだよ」

 色々と考えている様子の弟には気付かずにサムエルは歌い出す。

「?」

 同じ色の瞳は優しく光をたたえている。落ち着いた声そのもので柔らかい歌を響かせた。

 サムエルはよくフィリップにクイズを出す。それはなぞなぞだったり、数学だったり、猫の種類だったり……。その中で多いのが、歌のタイトル当てだった。

 伴奏もなく歌うものの題名を探す。フィリップは必ずどこかで答えに出会い、解答することが出来ていた。

「サムエル兄様、クイズはその歌ですね? 覚えました」

 微笑んで言う弟に、サムエルは感心する。いつも、一度聞いたことは完璧に覚えていた。

「王、お話があります」

 落ち葉の色をした時服を華やかに飾り立てた男性が駆け込んで来た。

 サムエルは微笑むのを止めて、男性の囁きに耳を傾けたが、ふとフィリップに向き直った。



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