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黄昏と暁の通り道  作者: 早生しあ
第三章
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第三章 姫と少年の秘密【5】

「パデュマ姫……」

 搾り出すようにリュケシスは言い、フィルの手を払った。

「貧民と姫の区別もつかないなんて、本当に出来損ないだな」

 フィルはリュケシスに半分笑いながら言う。リュケシスはフィルを横目で見ると、眉をしかめた。

「俺は貧民はお前しか知らんが、パデュマ姫とどう違うか分からん。感じる雰囲気が全然変わらんからな」

 フィルは目を見開き、ふいっと顔をそむけた。片手で持っていた箱を両手で抱え直して、うつむく。

 舌打ちをすると、リュケシスはパデュマを正面に見て、頭を下げた。

「申し訳ございません、パデュマ姫」

「気にしておりませんわ。私、感謝しておりますのよ」

 パデュマは微笑み、フィルのそばにゆっくりと歩み寄った。

「フィル様に会うことが出来たのですもの。もしかしたらもうお会いすることが出来なかったかも知れませんのに」

「会わない方が良かったんだ」

 フィルは呟き、少しパデュマから離れた。そのフィルをリュケシスは軽く突いて、元の場所に行かせる。

「貧民、パデュマ姫が楽しそうにしてるんだから、喜べ。姫と仲良く出来るなんて滅多にないぞ」

「お前、やっぱり出来損ないだな」

 リュケシスの言葉にフィルは冷たい目を向けた。

 暑い日差しが降り注ぐ空を見上げ、甘い匂いが漂う箱を持って日影に移動する。

 パデュマには風の吹く、比較的涼しい場所に行くように促す。

「この国では、貧民は平民の店ですら買い物が出来ないんだ。貴族なんかと仲良く出来るわけないだろ」

「同じ命を持ってるのにか?」

 リュケシスの言葉にフィルは顔を上げた。

 蜂蜜色をした瞳のリュケシスは、体格も顔も違うのにサムエルと重なる。

「母上が、この国は賢王のおかげで差別のない国となるって昔言ってたんだ。アバダン王のことだろ?」

「…………」

 フィルは目を伏せて苦笑した。痛いくらいに心に突き刺さる。

「帰るぞ」

 箱を無理矢理リュケシスに渡したフィルは、馬のそばに寄り、そっと触れた。

 この場所にはいたくない。すぐに二人から離れたいと思った。

「ところで、箱の中身を知りたくないか?」

 リュケシスは箱を高く掲げる。フィルはため息をついた。

「聞かなくても分かる。ケーキだ。お前と同じ匂いがする」

「ケーキですの!!」

 パデュマは微笑んで手をぽんと叩いた。リュケシスは突然の大声にびくっとする。

「そのケーキをいただいてもよろしいかしら?」

「あ……ええ。本来は貴女にお渡しするつもりだったんですから」

 パデュマは幸せそうに微笑んで、フィルのそばに駆け寄った。

「フィル様、このケーキをみなさんにお渡ししますわ! 明日の食べ物も困るとおっしゃっていたので」

「姫! 素晴らしい考えです!」

「…………」

 フィルは唇を噛んで、頭を軽く振った。

「5年位前、どこかの勘違いが、貧民に大量のお菓子を渡したんだ」

 フィルはうつむいたまま続ける。照り付ける太陽は影をほとんど奪い、首筋に痛いくらい刺さった。

「その時は、みんな……特に子どもは喜んだ。そいつもいいことをしたと胸を張った。その時だけ、な」

 自嘲気味にフィルは笑い、馬に軽く手を当てる。鞍に付けられた餌袋に触れた。

「で、その後、貧民の子どもは餓死していったんだ。今までのまずい飯が食えなくなり、腹を減らせば次にまたその馬鹿が菓子をくれることを期待して」

 フィルはもう一度頭を軽く振り、深くうなだれた。唇を噛み、目を細める。

 頭の中では、その話を聞いた時のことが蘇っていた。

 レストに拾われて数日してから、食事の干し芋を嫌がったときに、教えてもらった話。小さかったから、お菓子を食べた記憶なんてないだろうなと笑って締めくくられた。

「貧民に必要なのは、施しじゃない。生きていける権利と、未来だ」

「わかりましたわ」

 パデュマは微笑んで一歩前に出る。

「私、今のフィル様のお言葉で少し考えましたの」

 フィルとリュケシスを交互に見て、パデュマはにっこりと笑った。

「リュケシス様、フィル様が貴方の代わりをするのをお許しいただけませんか? そうすれば、昨夜の事はすっかり忘れますわ。そして、フィル様はリュケシス様としてお父様に今後お会いになってくださいませ。フィル様のお考えを伝え、お父様に改善していただくのです」

 パデュマは嬉しそうに言い、リュケシスは上を向いて考える。

「いや……それは」

「俺は構わないぞ」

 フィルの言葉をさえぎって、リュケシスは言った。

「ムカつくけど、お前になら、俺の名前を貸してやってもいい。お前なら……出来そうな気がする。その代わり、城に行ったら、ケーキの土産を頼む」

 フィルは二人で決めていくことについていけなくて、困った顔をする。

 ただ、少しだけ、嬉しくなった。

「そうと決まれば、リュケシス様のご両親にもお話に参りましょう。こんなに素敵なことが出来るのは、フィル様とリュケシス様のおかげですわ」

 遠くで鐘の音が聞こえた。昼を知らせる短い音。

 フィルにとって、少しだけみんなに対しての恩返しが出来る道が開けた気がした。

「ありがとう」

 リュケシスはフィルにふと呟く。フィルは顔を上げた。

「お前とはいい友達になれそうな気がするぞ、貧民」

 兄と同じ表情で微笑むリュケシスに、フィルはそっぽを向く。

「思いっきり貧民差別してるじゃねーか」

「お前は俺のケーキを取りそうだからな。俺の中の貧民はお前だけだ。光栄に思え」

 光栄なわけあるか。とリュケシスを無視してフィルは馬に駆け寄った。



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