EP.1 The Little Match Girl 『箱?』
明日ヶ丘高校。そこは明日ヶ丘という、この辺りが切り開かれる前の地名から来ている。この辺りは六十年程前に日本の体制変更に従って作られた場所で、昔で言う埼玉と静岡の隙間に当たる場所。今では、中央関東エリアの一部となっている。裕樹はそこまで電車で移動すると、早足で学校に向かった。
学校は、駅から少し離れた場所にある。そこまでには二つも他の校舎が見えたので、間違えそうになった。ようやくたどり着くと、綺麗な白ベースの校舎が見える。建て替えてからあまり経っていないのか、とても清潔に見える。
張り出されたクラス表を見たところ、裕樹のクラスは二組。元々二つしかクラスが無く、全学年合わせても五クラスしか無いので、教室に行くのに迷いはしない。教室に入ると、始めて見る顔に少し緊張。だから顔を合わせないように席に座ると、顔を伏せて寝たフリをした。
――本当は、離さなくてはいけない。最低でもひとり友達を作らなくては、まだ虐められるかもしれない。そうでなくても、誰かと絡めないと何よりも暇だ。
なので思い切って顔をあげようと思ったが、今一歩踏み出せなかった。なにせ、周りの人間にはもう固有のネットワークが出来ている。その領域に足を踏み出す勇気は、裕樹には無い。
結局そのまま寝たフリをして、教師が来れば入学式に向かった。入学式では生徒代表のスピーチや教師が話しをしているが、裕樹の関心は別にあった。
この入学式には全校生徒が出ているはずだが、参加している生徒は二百人を割っているだろう。この辺りは大都会とまでは行かないが、そこそこの都会のはず。他の学校には結構な数の生徒が来ていたので、総数が少ない訳でも無いだろう。まあ、単に人気が無いのだろうが。
入学式を終えると、クラスに戻りホームルームが始まる。まず最初に、教師が簡単な自己紹介を始めた。
「初めまして、私はこのクラスの担任をさせて頂く浅野 深樹です。新しく来たばかりなのでまだまだ分からない事が沢山あると思いますが、その時は先生に教えてくださね。では、自己紹介のプリントを刷ってきたので見てください」
配られたプリントには、簡単にまとめられたプロフィールが書いてある。書いてあるのは先ほど言っていたように新任であることや、他に好きな映画の事などだ。一通り見ると、机の隅に避けた。
「では、皆さんも自己紹介をお願いします。内容は、名前と他に何でも良いので一つです」
そう言うと、ちらほらと「えー」というブーイングが上がる。確かに周りはみんな二年目なのだから、見知った関係が殆どだろう。それなら、新しく来たのは先生と同じか。
ブーイングを受けながらも自己紹介は難なく始まり、裕樹はそれを頬杖を付きながら聞いていた。
「では次、高島 裕樹君」
自分の順番になったようなので、適当な挨拶を考える。名前はすぐに言えるが、もう一つ何でも良いはとっさに出ない。それにここで失敗してしまえば、変なイメージが定着しかねない。
「初めまして、今年に入ってから編入して来ました、高島 裕樹です。――まあ、よろしくお願いします」
味気ない挨拶だが、これくらいが妥当だろう。後の何人かの自己紹介が終わると、教科書を配って今日は解散となる。だが、すぐには帰れない。
いや、正確に言えば帰れるが、すぐには休めない。今日から寮生活が始まるので、一年生と同じように入寮式に参加しなくてはならない。裕樹は校門まで行くと、入寮式に参加する数人の列に並ぶ。
学生寮は、学校から少し離れた場所にあった。見た限りは、その辺りにある中背のマンションとそれほど変わらない。中に入れば、入口で待機していた管理人たちに案内されて多目的室に入る。すると、先に寮に入った生徒に挨拶をし、入寮式が始まる。
内容は大概、門限や禁則事項の話し。それが終われば、各自割り当てられた部屋に連れて行かれる。管理人の話しによると、裕樹の部屋は26号室。タイミングが良いのだか悪いのだか、一人部屋との事だ。頼めば他に変えてくれるらしいが、その場合は直接その部屋に頼まないといけないらしい。
理由を聞くと、寮を使っているのは女子が三十人に男子が十八人。裕樹を合わせれば男子は十九人。部屋が三人用に作られているらしく、五人になるとスペースの関係で相当窮屈だそうだ。
26号室の番号を見つけ、ドアを開ける。中は三人部屋とは思えない狭さで、せいぜい住めても二人が限界。それはまあ、一人部屋に回されるはずだ。
明かりを付けると、頼んでおいた荷物が積み重なれていた。裕樹は、その荷物の山を一つ一つ開けていく。その殆どは、衣類やゲームという類。日用生活に必要な物は、当たり前ながら部屋に付属している。
そして最後の荷物を開けたのだが、中には良く分からない箱? のような物が入っていた。よく見てみると、それは箱、というよりも宝石箱の方が近いかもしれない。
宝石箱はエナメル質のような物で加工され、銀細工の装飾が施されている。頭頂部には赤い宝石、錠らしい場所には、緑の宝石が付けられていた。物の価値に詳しくない裕樹だが、それでも値がはる品だとか分かった。
――でも、なぜこれを届けて来たのか。こんな物に、心当たりは無い。振ってみれば、中からおとがするので何か入っているようだ。だが、肝心の蓋が開かないので中身は分からない。
なので適当な場所に置いて、他の荷物の整理をする。それが終わると、もう窓からは橙色の空が見えた。時計を見てみれば、もう時刻は午後六時。もうすぐ、夕飯の時間だ。
始めて顔を合わせる奴が多いので少々胸が重かったが、食堂に向かう。出来るだけ誰とも顔を合わせないようにして、定食を買った。パサパサとしていて旨くないが、まあ良いだろう。
さっと食べ終わり部屋に戻ろうとしたのだが、その時面白い話しが耳に入った。
「あのさ、今度ゲーセンにでも行かない?」
「ゲーセン?」
「あ、お前行った事ないんだっけ。この辺にあんだよ、コイン・スポットとか言ったっけな?」
コイン・スポット、後で場所を調べておこう。どんな規模かは分からないが、それなりには楽しめるはずだ。
※コインスポットというゲームセンターは架空の店です。あった場合でも、物語とは一切関係はありません。