EP.0 prologue 『始まりまでの経由』
神様なんて居ない、裕樹はそう心から思っていた。
始めにそう感じたのは、小学校高学年から。父親と母親は才能のある兄さんにだけ愛情を注ぎ、裕樹には雫足りとも注いでくれなかかった。
それだけでなく、不満の捌け口にされていた。理不尽な事で殴られたり、怪我で入院した時には無駄な金を使ってしまったと言われた。それは成長する毎にエスカレートし、家族らしいコミュニケーションの場は無くなっていた。
その所為か段々と人と接するのが出来なくなって、友人との関係を疎かになった。一度疎遠になってしまえば、それから関係を修復するのは出来なかった。どうにか修復しようと思っても、もう今更どうしようもなかった。
諦めて、誰と関わる事なく頬杖を付いていると、そんな人間を標的にする奴が居た。そう、虐めだ。机には「死ね」「帰れ」「馬鹿」と幼稚な文字が書き込まれる。時には理由も無く殴られる事があれば、机の中に汚物が入れられていた事もある。耳を澄ませば陰口が聞こえるのは、日常茶飯事だった。
それでも、裕樹はそんなことがどうでも良かった。
耐え凌いでさえいればそれ以上の事はしてこないし、死ぬわけじゃない。どんな事をされていても、所詮それは外に出れば関係の無い事になるのだから。そうしていれば、見かけだけは変わらない生活を送ることはできる。――が、兄さんだけはそれを勘づいてしまった。
夕食を食べ終えて、自分の部屋に戻ろうとした時の事。
「お前、ちょっと来い」
兄さんに連れられて、兄さんの部屋に言った。すると兄さんは、悲しそうな顔をしてこう言った。
「お前、虐めを受けてるんだよな?」
確信を貫く、虚飾の無い直接的な言葉。『違う』そう言いたかったが、兄さんの目はもう真実を見抜いているように見えた。
「……うん」
「何で、早く言わかなかったんだ」
『どうせ、何もしてくれないから』そう言おうと思ったが、どうしても言えなかった。何も言えずに居ると、何も言わず察してくれた。それから兄さんは『明日ヶ丘高等学校』という公立校を見つけ、裕樹はそこに編入する事になった。ここからはかなり遠いので、寮生活となる。
その事実は担任にだけ伝え、年明けに引っ越す事になる。父親と母親は授業料が今までより低い高校なので、何も言わない。冬休みに入ると、兄さんに必要そうな物を送ってもらうという約束をして家を出た。
新しい生活が始まる。少し大げさかもしれないが、裕樹にはどこかそんな予感がしていた。