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玉響のように  作者: 山井 月
第一章 そしてあなたと出会った。
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序楽章 「はじまりのためのさよなら」

「奇跡は自然に反して起こるのではなく、わたしたちが自然だと思っていることに反して起こるだけである」

                     ――聖アウグスティヌス――


 松田楽器店は、駅前の賑やかなセンター街にある。悪くはない立地条件のはずなのに、訪れる客の数は、驚くほど少ない。ショーウインドーには、売る気があるのかないのかはっきりしないギターが、何本か無造作に飾られている。

 北条ほうじょう流麗るりは、デパートの扉のように重たいドアを押しあけて、店内に入った。入ると、嗅ぎ慣れた独特の匂いが流麗を包む。二階で店主が焚いているアジアンチックなお香の匂いが、階下まで漂いおりてきているのだ。二階は畳敷きの八畳間になっていて、店主は、店が営業している時間のほとんどをこの部屋で過ごす。

 レジに人影はない。この店が無用心なのは今にはじまったことではないが、流麗は、ここに来るたび心配になる。いくら客の来ない楽器店といっても、盗んで売りさばけば何十万、何百万にもなるような楽器はやまほどあるのだ。泥棒や強盗が入ったという話を聞いたことはないが、ひょっとすると、泥棒が入っても店主が気づいていないだけなのではないかと最近は思うようになった。独身貴族を気どる四十過ぎの店主は、それでも生活に困るふうもなく、いたってのんびりと楽器店の経営を続けているから、これはこれでいいのかもしれない。

 流麗は、レジ裏から二階に続く階段を上がった。案の定、店主はヘッドフォンをつけて大音量で音楽を聴いていた。やはりこれでは、泥棒が来ても何が来ても、気づかないだろう。背後からそっと近づいて、流麗は男の耳からヘッドフォンを奪いとった。

「うわ」

 と、ふいにヘッドフォンがなくなったことに驚いた店主が声をあげ、

「うわ」

 と、ヘッドフォンから洩れてくる大音量の音楽に驚いた流麗が声をあげた。すっかり流麗も覚えてしまった、イギリスのへヴィメタルバンドだ。

「ああ、びっくりした。学校終わったの?」

 松田健太という平凡な名を持つここの店主は、流麗の父親の高校時代からの親友である。流麗にとっては祖父母や親戚よりも身近で親しい存在で、父が言うには、「小さいころ、おまえはたぶん松田のことをお父さんだと思っていた」のだそうだ。

「うん、終わったの。ピアノ借りるね」

 いいよ、と松田は眩しそうな眸で言った。

 流麗がピアノをはじめたのは、二歳のころである。小学校にあがるあたりからあちこちのピアノコンクールに出場しはじめた流麗を、両親とともに、時には両親以上に応援してくれたのが、この松田だった。独身の松田は、とにかく流麗を自分の子どものように可愛がり、両親が演奏会などで海外に出張するときなどには、しばしば幼い流麗を預かって寝食の世話をしてくれたものである。「おまえのママに、俺はいまでも恋してるんだよゥ」と松田はよく冗談めかして言うが、たぶんそれは真実だろうと、いまでは流麗は思っている。

「暗くなるまえに、帰れるようにしろよ」

「はい」

 手を振って、流麗はふたたび階段を駆け下りる。学校帰りに松田楽器店に寄るのは、流麗の日課のようなものだった。階段を下りて、勝手知ったる楽器店のなかを、流麗は迷いなく歩いていく。レジのまえには楽譜コーナー、いま流行りのバンドスコアやピアノスコアも当然置いてはあるものの、いったい何年まえからここにあるのだろうというような、黄ばんだクラシックスコアなども少なくない。音楽が好きなわりに、あらゆるところで粗雑さを露呈している松田だが、むしろそういうところが彼らしくていいのだと、流麗などは思っている。

 楽譜コーナーから奥へ進むと、そこにピアノがある。ヤマハのアップライトが二台、スタインウェイのグランドピアノが一台。ヤマハはどちらとも売り物だが、スタインウェイのまえには「非売品」と書かれた簡易な立て札が置いてある。油性マジックの手書きだ。ブランドとしては最高級品のものだが、確かに売り物に出来るような、ぴかぴかの新品ではない。鍵盤はよく弾きこまれ、塗料がかすかに剥げて、あたたかな木の色がのぞいている。

「俺は、これだけは売らないって決めてるんだ」

 非売品になってから六年が経つこのピアノは、家でピアノを弾かなくなってしまった流麗のためのものなのだった。非売品と書こうが書くまいが、おそらくここにある三台のピアノが売れることはないだろう。だが松田の優しい真意を知っているから、流麗にはその「非売品」の札が嬉しい。こうして学校帰りに立ち寄って、好きなものを好きなだけ弾く、それが流麗の日課なのだった。

「……『舟歌』、これ弾こ」

 楽譜をめくるごとに視界に飛びこんでくる音符の波、ふわりとたちのぼる紙の匂い、それらはいつでも、流麗にたまらないときめきを運んでくる。ピアノのない自分の人生を、流麗は想像することができない。


 ……♪♫♪♬♩♪♫♩♬♪♫♪♫♪♬♩♪……


 気づいたときには、すでに隣にピアノがあった。ピアノのレッスンは、なくてもかまわない。ただこうして生涯ピアノと離れることなく、好きなときに、好きなだけピアノを弾いて暮らせたらそれでいい。『舟歌』を弾く。脳裡には、ヴェネツィアのゴンドラ漕ぎがいる。ゆるやかな大水路カナル・グランデの流れがあって、流麗は現実を離れ、そこに白黒の縞模様を着たゴンドリエーレをみるのだ――。


   *


 ――るり、おれ、帰ってくるから。ぜったい帰ってくるから。


 そう言ったのは、朝倉あさくらきょうだった。「待っていて」と彼が言ったから、流麗は今でも待っている。ほとんど惰性といってもよさそうなものだが、それでもとりあえず、待っている。渡独した幼馴染みを、流麗は九割の諦めと一割の希望をもって、待っているのだった。朝倉夾は、怪我をした指の治療とリハビリのために渡独した。あれからもう、六年が経つ。

 子どもにとって、六年は長い。流麗はもう何も知らない小さな女の子ではない。おなじように、夾もまた、何も知らない小さな男の子ではなくなった。高校二年生になった流麗の眸に映るのは、かつてはともに遊び、ともにレッスンに励んだ朝倉夾ではもはやなく、ドイツのアカデミーで活躍している「キョウ=アサクラ」である。

 夾の怪我は、流麗のせいだった。いっしょに遊んでいて塀から落ちそうになった流麗を庇って、彼は右手の中指から小指にかけて大きく損傷した。一時は、いままでのようにはピアノを弾きこなせないのではないかと案じられたほどの大怪我で(もしも彼がピアノを弾かない人間だったなら、たいした問題にもならなかったかもしれないが)、それをきっかけにして流麗のほうは、本格的なピアノレッスンから遠ざかった。

 もっと幼ければ、さして悩むこともなくピアノを続けていけたのかもしれないけれど、十歳の子どもといえば、大人が思うよりもよほどいろいろなことを考えているものだ。何食わぬ顔でピアノのレッスンに通いつづけることは、どうしても流麗には出来なかった。自分がピアノを好きであるのとおなじように、夾もまたピアノを好きであると、知っていたからだ。「るりちゃんは気にしなくていいの、せっかく才能があるんだから、ピアノを続けてちょうだい」と朝倉夫妻は笑顔で言ってくれはしたが、それでもその言葉にあまえて平然と自分がピアノを弾きつづけていれば、彼らはけっして愉快な気持ちにはなるまいと、小学生なりに流麗も考えた。ピアノも好きだったけれど、夾のことも好きだった。流麗は泣いて、誰の説得にも耳を貸さず、ピアノのレッスンに通うことをやめたのだ。

 ただ、そうやって日本でちりちりとした罪悪感に苛まれながらこっそりと松田楽器店でピアノを弾くようになった流麗をよそに、夾は渡独したさきでみるみるうちに回復した。聞くところによると、彼は怪我の治癒と同時に、ダルムシュタット音楽院のプリカレッジに入り、あっというまに頭角をあらわしたのだとか。ああ、彼はもう遠いひとなんだな、とはじめて思ったのは、クラシック音楽の専門雑誌に掲載された彼の特集記事を見つけたときだ。小学生だった幼馴染みが、十七歳の少年――というよりはむしろ青年に成長して、黒々と輝く美しいグランドピアノの傍らに立つ写真。記事のなかでは、彼の生い立ちから経歴、現在の活躍にいたるまでが事細かに語られていた。渡独して一年が過ぎるころまでは、手紙もまめに寄こされてきていたはずだった。けれど小学校を卒業したあたりから音沙汰がなくなり、いまとなっては親どうしの交流もほとんどないようだった。「ないようだった」というのは、流麗がいまでも意識的に朝倉夾の話題を持ちださないからである。両親もまた、朝倉家のひとり息子のことはすっかり忘れてしまったかのようにふるまったし。

(しょうがないよ。だってもう、小学生のころの話なんだし……)

 あのころの言葉を真に受けて、未練がましく待ちつづけているほうがどうかしているのだ。

 欧州の音楽アカデミーで、そのほかの音楽家の卵たちに埋もれず活躍できる日本人は多くない。容姿はといえば、ピアノなどよりサッカーをやっているといわれたほうが納得できるようなもので、そのちょっとしたギャップのせいか、夾の日本メディアへの露出は増えつづけている。

 メディアへの露出が増えるということは、知りたくないことまで知れてしまうということでもあった。キョウ=アサクラを取材した記事のなかには、まるでワイドショーのような軽い調子で、音楽とは無縁のことを掲載したものもある。好きな食べもの、休日の過ごしかた、趣味――「休日は、彼女とよく出かけます」、彼はすっかり欧米人らしくなってしまったようだ。おなじアカデミーに学ぶドイツ人ピアニストの、マリア=フォン=ルッツというひとが夾の恋人らしかった。夾は、恥ずかしげもなくマリア=フォン=ルッツという金髪の美女とかろやかなキスをして、笑顔でインタビュアーの質問に答えていた。テレビのなかの夾も、雑誌のなかの夾も、きらきらと輝いているように流麗には見えた。

 いいなあ、と流麗は思う。それが誰にたいする羨みなのか、いまはもうよく分からない。夾と仲良く並んで立つことができるマリアにたいしてなのか、それともしっかりとピアノの道に踏みこんでいった夾にたいしてなのか。ただひとつ確かなのは、夾のなかにはもう自分はいないだろうということだ。「帰ってくるから、待っていて」、そう言ったことさえも、きっと彼は忘れている――というよりは忘れていてくれたほうがいいかもしれない。覚えているのに帰ってこない、なんていうほうが寂しい。

 未消化のままの初恋だった。時間さえ経てば、苦しくもなくなるだろう。

(……私にはピアノがあるんだし)

 流麗は『舟歌』を弾く指をとめて、白い春秋社の楽譜の表紙を見つめた。




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