第三話:マティアス、魔獣討伐に同行する(4)
背後から上がった歓声に、マティアスは振り返った。
レジスが乗った装甲車の影から、逃げ延びてきた開拓者達が姿を表し、互いの肩を叩き合っていた。
魔獣が倒される瞬間を目の当たりにしたのか、熱心に車上のレジスへ話しかける者もいた。
今にも屋根に上りそうなほどに勢い込む開拓者を、レジスが苦笑交じりに制している。
開拓者はしきりにレジスが傍らに置いたライフルのケースを指していた。入手方法でも尋ねているのだろう。
レジスが使用しているライフルは、以前の視察でクロエが見せられたという狙撃銃に違いない。
であればそれは最新鋭の軍用装備である筈で、畏怖するよりも先にそれを手に入れようとする開拓者の態度は全くもって逞しいの一言に尽きた。
これがキルスティンに生きる人々の強さかと苦笑しながら、マティアスは前方に視線を戻した。
各所に散らばった使い魔の残骸の周囲に騎士達が集まり、聖霊術による浄化の密度を高めている。
別の場所に停めた装甲車の近くでは、負傷者が収容され、応急手当てを受けていた。
ケドローラの瘴気を直接吸い込んでしまった騎士もその中に含まれていたが、どうやら一命は取り留めているようだ。
エルザはどこに居るのかと探してみれば、森の奥から戻ってきた騎士達を出迎えている。
そんな中にあっても歪な存在感を振りまくケドローラの死骸の周囲には、他の場所よりも多くの騎士達が集まっていた。
聖霊術による浄化の白光も他の場所より遥かに強められているというのに、死骸から立ち昇る黒煙は未だにその向こうを見通せない程の濃度で立ち昇っている。
つい先程まで繰り広げられていた戦いを思い返し、マティアスは密かに嘆息した。
これほどの魔獣、王都の最精鋭部隊でも、こうまで迅速に仕留められたかどうか。
果たして、マティアス自身はこの騎士団の一員と張り合えるだけの力を身に着けられるものか。
少しばかり弱気な考えがよぎったとき、マティアスは突き刺すような視線を感じた。
赤黒く歪んだ眼差しが、濃密な黒煙を立ち昇らせる傷口の奥から、マティアスを見つめている。
「――ッ!」
ぞっと総毛立つような悪寒に襲われた次の瞬間、ケドローラの死骸が内側から弾けた。
爆発的に噴出した黒煙が、周囲を囲んでいた騎士達を呑み込む。
錆びた鉄をすり合わせるような甲高い咆哮が響いた瞬間、黒煙を引き裂いて巨大な猪の如き魔獣が飛び出してきた。
愕然と立ち尽くすマティアスの脳裏に、レジスの言葉が蘇る。
周囲の獣を引き寄せる能力を持つ。
捕食された獣が使い魔の素体となる。
――魔獣さえも誘き寄せ、餌とする。
ケドローラが死んだことで、消化しかけの魔獣が吐き出されてきたのか。
そう理解した時には、その獣が目の前を塞ぐほどに近づいていた。
大人の背丈さえ超えるずんぐりとした巨体は、どろどろと黒い粘体を纏わせた鋭い棘の如き毛皮で覆われている。
突き出た口元の両脇から突き出た牙は半ばで折れていたが、人間を挽肉に変えるには十分に過ぎる。
吹き付ける猛烈な腐臭。
赤黒く澱んだ巨大な目の中に映し出された自分の姿を見た瞬間、マティアスの身体は反射的に動いていた。
左足を後ろに引き、腰を落とす。
意識さえ不要となるまでに沁み付いた動作――抜刀の型。いつの間にか動いていた右腕が、腰に提げた剣を抜き放つ。
同時に肚の底から魔力が湧き立ち、視界に流れ出した魔術文字が渦巻きながら円環を結ぶ。
魔術的な『意味』が結線された刹那、薬物と暗示により脳に刷り込まれた名前さえ持たない低級魔術が励起される。
励起される事象は『爆炎』。
魔獣の鼻先に収束した魔力が炸裂、真紅の火球と化す。
魔術としては最低限の事象変換しか起こさないが、それでも身体の一部と化すまで使い込んだそれは、騎兵の突撃でさえ弾き飛ばす程の威力を誇る。
だが、鉄塊の如き魔獣の突進を受け止められる程ではなかった。
第三等級キメラ『カリュドーン』――瘴気に呑まれた猪を素体とするその魔獣は、鍛鉄よりも分厚く頑丈な毛皮を纏い、巨樹をなぎ倒し、大岩を砕いても止まることはない。
その突進から身を躱すことは出来なかった。
背後には開拓者達と銃を仕舞ったばかりのレジスが居るのだ。
爆炎を放つと同時に、マティアスの視界に浮かんだ円環は既に形を変えている。
抜き放った剣に紫電を纏わせ、マティアスは渾身の力を込めて振りぬいた。
剣がカリュドーンの毛皮に触れる直前で、接触面に全魔力を集中して『雷撃』を励起する。
真っ白な閃光と共に、主電撃の膨大な熱量に灼かれた大気が炸裂した。
大槌で叩きのめすような衝撃を、全身にありったけの残存魔力を流し込むことで耐え切った。
その場に踏みとどまった代償は、全身が綿になったような虚脱感。
僅か二撃で、マティアスは全身の魔力を絞り尽していた。
加えて、『雷撃』が生み出した衝撃波がマティアス自身さえも痛めつけていた。
恐らく皮膚は焼け、筋肉は裂け、骨は折れているだろう。戦う力など欠片も残ってはいない。
忌々し気な咆哮と共に、大岩の如き巨体が駆け抜ける。
暴風の如く大気を巻き上げ――立ち尽くすマティアスの脇を駆け抜けた。
衝撃と閃光を嫌ったのか、カリュドーンは僅かに進路を逸らしていたのだ。
だが、辛うじて突進の方向を逸らしたとはいえ、魔獣の身体能力は想像を絶する。
レジス達は無事なのか。
半ばから溶け崩れた剣を手放し、ほとんど倒れ込むようにしながら背後を振り返ったマティアスが見たのは、カリュドーンの進路に悠然と立ち塞がる騎士の姿だった。
騎士団の誰もが厚手の戦闘服に分厚いジャケットを鎧代わりとしている中、その騎士だけが意匠を凝らした白銀の全身甲冑に身を包んでいる。
≪良くやった、マティアス卿≫
通信機越しに、重く静かなオーギュストの声がマティアスの耳朶を打った。
白銀の甲冑を纏うキスルティンの領主が剣を抜き放つ。
常人では「いつの間にか剣を構えていた」としか見えないほどの速さでありながら、極端なまでに洗練された動作の所為で、マティアスには却ってゆったりとした動作にさえ見えた。
目の前に立つ邪魔者を挽き潰すべく、カリュドーンが一層の力を込めて加速する。
ケドローラの跳躍にさえ匹敵しかねない速度。
大猪と騎士の速度が一瞬で踏み潰される。
騎士の冑を大猪の牙が貫こうとしたその瞬間――膨大な魔力のうねりと共に、あり得ない程の速さで極大の銀弧が一閃した。
カリュドーンの全身が縦に裂けたかと思うや、その隙間から甲冑の騎士が姿を表す。
騎士は振り下ろした剣を悠然と鞘に納めた。
柄と鞘の触れる静かな金属音が戦場に響いた途端、泣き別れた魔獣の巨体が、腹の底まで揺さぶる凄まじい轟音と共に崩れ落ちた。
■■■
帰路の車中に満ちた重苦しい空気の中、マティアスは大変な居心地の悪さを押さえつけ、装甲車の固いシートに尻を落ち着けていた。
周囲に座る騎士達は、まるで葬式のような暗い顔で俯いたまま、もう一時間以上も黙り込んでいる。
明るく飄々としていたレジスでさえ沈痛な表情で黙然としている。
何というか、物凄く気まずかった。
その原因の一端が間違いなく自分にあるのだと思えば、居心地の悪さも一層である。
第三等級の魔獣二体を討伐。
その内一体は完全な奇襲であったにも拘らず、救助対象の開拓者達も含めて死者は居ない。
瘴気に侵された者達は相応の重傷を負ったが、聖霊術の浄化と治癒魔術による治療で問題なく回復する見込みである。
魔獣の出現状況については王都への年次報告の一項目として記載が義務付けられている。
討伐の結果もそこには記載することになっているから、マティアスも王都に居た頃には何度かその手の報告に目を通したことがある。
そこでは常に少なくない数の死傷者が記載されていたが、抱いた感想と言えば「田舎の騎士では所詮こんなものか」という程度でしかなかった。
例え今回の様に死傷者無しとの記載があったところで「多少は手練れがいるのだな」と鼻を鳴らす程度だったことだろう。
だが、その戦いを目の当たりにした今は、それがとんでもない勘違いだったことを身に染みて理解できた。
魔獣は掛け値なしの化物だ。
王都の直属軍ですらそれなりの出血は覚悟しなければならないだろう。
そこらの領主が抱える騎士団や傭兵団程度では一人か二人程度が半死半生で逃げ延びられれば御の字といったところだ。
むしろ各地の辺境領はよくもまあ今まで滅びることも無く生き延びてきたものだと感心する。
それほどの化物をほぼ無傷で斃したのである。
奇跡と言っても過言ではない。
だが、そのような戦果であってもキルスティンの騎士達にしてみれば目も当てられないような大失態であったらしい。
1.第三等級如きの討伐に怪我人を出した
2.隠れ潜む魔獣の存在を見逃した
3.客人と領主が居なければ死者を出していた
特に最後の項目がまずかったらしい。
戦いが終わった後、整列した騎士達に向かってオーギュストが掛けた言葉は短かった。
『道具に溺れたな、馬鹿共が』
静かな、だが良く通る声でそれだけを告げると、オーギュストは撤収開始の指示を下し、作業を開始させてしまった。
怒鳴るわけでも責めたてるわけでもない。
それが、却って痛烈に騎士達を打ちのめしたようだった。
驚いたことに、オーギュストは他の騎士達とは違い、ブラスリエートの中に人工精霊を搭載しておらず、もっぱら通信機としてしか使っていないという。
オーギュストは伝統的な魔導騎士として完成されているため、人工精霊を使えないのだそうだ。
マティアスと同じように、刻印化魔術に無意識領域を占有され、人工精霊を含めた他の魔術を励起できないのだという。
にもかからわず、オーギュストは単騎で真正面から第三等級の魔獣を斬り捨てたのだ。
正直なところ、キルスティンが抱える最大の非常識は、異常発達した技術よりもこの領主の方なのではないか。
割と真剣に、マティアスはそう思った。
ともあれ、久しぶりにキルスティンの外から訪れた騎士に、キルスティン騎士団の実力を見せつける絶好の機会。
表立って言うようなことではないが、騎士団の面々にそんな意気込みがあったのも事実である。
それが見事に失敗してしまったどころか、あまつさえ自分達の失態の尻拭いまでさせてしまい、それを主君たるオーギュストに叱責されたのである。
落ち込むのも当たり前と言えば当たり前であった。
「いやあ、お恥ずかしい。『とくとご覧あれ』等と、どこの馬鹿が言い出したのだか」
はは、とレジスが乾ききった自嘲の笑みを浮かべる。
「いや、その、何と言いますか」
相槌の打ち方さえ判らず、マティアスは中途半端な返事をすることしかできなかった。
そんなことは無い、まったく感服した等と言えばレジス達は更に深く落ち込むことだろう――それがマティアスの偽らざる本心であっても。
「あー……そういえば、先程かけていただいた治癒魔術。素晴らしい精度ですね。もうほとんどの傷が治ってしまいました」
そう言葉を繋いでみれば、レジスは影のある笑みを浮かべた。
「そんなことはありませんとも。多少の才能とブラスリエートさえあれば『誰でも』『簡単に』『その程度の』魔術は使えるのですから」
「は、はあ……」
直球ど真ん中の藪蛇になってしまった。
目を泳がせながら相槌を打ったマティアスは、何をどうしたらいいんだと心中で頭を抱えた。
この空気は一体なんだというのだろう。
常識外れの戦果を叩き出して帰投する騎士団の中に居るのではなかったか。
普通なら戦が終わった後というのは、誰もが高揚した、あるいは傷ついた神経を宥めるため無理にでも明るい喧騒に包まれている筈である。
まして今回は圧倒的なまでの勝ち戦であるというのに、この空気。
そこまで考えて、マティアスはようやく気付いた。
キルスティンの騎士にとって、これは戦ではないのだ。
勝って当たり前、怪我人など出した日には大いに笑われる、まして死人を出すなどもっての外。
第三等級魔獣の討伐など、ただの駆除作業なのだ。
であればこそ、わざわざこの程度のことで無理をしてまで心を落ち着かせることもないのである。
結局、マティアスは何をどうすることもできないまま、居城に辿り着くまでひたすら重い空気に耐えることしかできなかった。
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「――という次第です。我が主」
居城に到着後、マティアスはクロエの執務室で討伐の顛末を報告していた。
「……そうか。ご苦労だった――色々と」
クロエは頭痛を堪えるように眉間を揉み解した。
机の上に積み上げられた書類の山に埋もれたクロエは、マティアスの側からは苦悩に満ちた顔しか見えていない。
「どうされたのですか、これは」
思わず聞いてみれば、クロエは深々と嘆息した。
「……知るべき事柄が多すぎてな」
普通の領地経営であれば、領主の考えるべきことはそれほど複雑ではない。どのように税を取るか、王都からの通達をどのように処理するか、証人や他の領主達とどう渡り合うか。それはそれで簡単な仕事でもないが、それでもキルスティンの比ではない。
誰からも価値があるとは思われていない辺境に引き籠っているお蔭で、『外』とのやり取りは最小限に抑えられているものの、代わりに『内側』の複雑さが半端ではないのだ。
物品にしろ制度にしろ、見たことも聞いたこともないような代物が行列を成して種々の決裁を待ち構え、その上に呆れるばかりの新技術が山と積み上げられて使用許可を求めてくる。
無論、それらの影響評価については専門の研究者達が大学から派遣されているし、また経験豊富な執政官もそれなりの数は揃っている。クロエはただ椅子に座って言われるままに判を捺すだけでも問題無いと言って言えなくはない。
――が、それを許容できるような人間であればクロエはそもそもこの土地に流されてくることもなかったのだ。一つの許可で何が変化し、どのような危険性が発生するのか、それを理解しないことにはこの先に渡ってキルスティンを安全に管理することなど覚束かない……等という殊勝な覚悟を決めた結果が机上の惨状を生み出した。
一つの技術の利用許可を下すためでさえ、添付された影響予測の資料、その下地となる現環境の説明資料、影響先となる領域の説明資料、説明資料を理解するための各種技術・制度・経緯をまとめた資料etc……
一目で逃げ出したくなるような資料の山を前に、それでもクロエは逃げることなく立ち向かっているらしい。
流石は自分が見定めた主君、と感服するマティアスをよそに、クロエは遠い目で窓の外を眺めた。
「一刻も早く戦力になってやらねば、今度こそ執政官が全滅しかねんからな」
「は、はあ……」
やたらと真情の籠った声だった。マティアスが不在にしている間に、何か色々な出来事があったらしい。
「という訳で、マティアス。お前にもこの山の半分を受け持ってもらおうと思うが」
「申し訳ございません、我が主」
唐突に向けられた矛先だったが、マティアスは瞬時にそれを切り捨てた。
「なん……だと……?」
愕然と瞠目するクロエに向かって、マティアスは深々と頭を下げた。
「今回の討伐に同行して、己の無力を思い知った次第。しばらくの間は己を鍛え直すべく、騎士団の訓練に参加させていただきたく」
何も敵前逃亡を図っているのではない。
キルスティン騎士団の戦いを目の当たりにして力不足を実感したのは事実だし、彼等の技術を全て身に着けられなくとも高みを目指せることはオーギュストが身を持って示している。
ならば主君を護る剣たる自分が鍛錬を怠るなど許されない。丁度、騎士団の方でも(半ばヤケクソ気味で)一から鍛え直すつもりになっているらしく、マティアスも参加しないかと誘われている所でもある。あれほどの精強さを誇る騎士団の訓練、不参加などあり得ない。
繰り返しになるが、決して敵前逃亡を図っているのではない。
ただ時宜が悪かっただけである。
他意などないのである。
いや、ホントに。
がっくりと肩を落とす主の姿から目を逸らし、マティアスは執務室を辞した。
■■■
足早に自室へ戻ったマティアスは、兵舎へ向かうべく支度を整えた。
やたらと大きな窓が並ぶ廊下を歩く。突き当りの角を折れたところで、マティアスは足を止めた。
暖かな陽光が木漏れ日のように差し込んでいる廊下に、銀色の娘が立っていた。
波打つ銀髪が緩やかに陽光を煌めかせ、帳の様に揺らめく光となって簡素なドレス姿を鮮やかに浮き上がらせている。
昼日中だというのに、どこか月夜の幻じみた光景だった。
気を呑まれて立ち尽くすマティアスに、その妖精じみた娘――エリザは薄らと微笑んだ。
「こんにちは、マティアス様」
一拍遅れて自分に声が掛けられていることを理解したマティアスは、慌てて騎士の礼を取った。
些か以上に不格好な挨拶となってしまったが、エリザはそれを気にした風も無く問いかけてきた。
「どちらに向かわれるのですか?」
「兵舎へ向かう途中です。少々、鍛錬が必要であると思い至りまして」
「鍛錬……?」
幽かに首を傾げてから、エリザは思い出したように頷いた。
「ああ、先日の狩りに同行されていたのでしたね」
マティアスは頷いた。
「騎士団の見事な戦い振り、是非とも修めさせていただきたく」
「王都で将来を嘱望された程の御方が、田舎の『狩猟』を学ばれるのですか?」
おかしそうに言うエリザに、マティアスは至極真面目な趣向を返した。
「銃火器とブラスリエートの有用性はこの目でしかと確かめました故」
そうですか、と相槌を打ちはしたものの、エリザは首を傾げて言った。
「でも、よろしいのですか?」
マティアスではブラスリエートもライフルも全ての性能を引き出すことはできないというのに――
言外に含ませた問いかけに、マティアスは「承知の上です」と苦笑しながら頷いた。
脳の無意識領域に魔術を刻み込んでしまったマティアスは、その無意識領域を利用するブラスリエートを使用できず――従ってそこに記述された人工精霊も、その補助を必要とする刻印化魔術も、どちらも励起することが出来ない。仕組みを共有するライフルについても同様、その性能を完全に引き出すことは叶わない。
「それは仕方のないことです。とは言え、刻印化する魔術は吟味に吟味を重ねたつもりでしたが、これほど後悔する日が来るとは思いませんでした」
苦笑するマティアスに、エリザは困ったように眉宇を寄せた。
「残念ですね。刻印化魔術を無理に剥離すれば脳機能障害が出るし……あ、そうだ」
いいことを思いついた、とばかりにエリザは手を叩いた。
「工房で開発中だった独立型魔術兵装の試作機が出来たらしいので、評価試験も兼ねて使用されてみては?」
「独立……なんです?」
眉を顰めたマティアスに、エリザはどこか自慢げな調子で告げた。
「術者の介在なしで刻印化した魔術"永久力吹雪"を励起する魔術兵装です。ボタンを押すと相手は死ぬ」
「斯様な危険物は即刻廃棄すべきかと」
毛筋ほどの躊躇もないマティアスの返答に、エリザは狼狽えたように後ずさった。
断られるとは思っていなかったらしい。
「で、でもボタンを押すと相手は死ぬんですよ?」
「左様ですか。猶更廃棄すべきかと」
あくまでも真顔で進言するマティアスに反論しようとしたのか、エリザは口をぱくぱくさせたが、やがて諦めたように「そうですか……」と肩を落とした。
エリザが妙な方向に気を取り直さない内に、とマティアスは素早く頭を下げた。
「お受けできず申し訳ございませんが――ご厚意、感謝致します」
「残念ですが、仕方ありませんね」
嘆息混じりにエリザは肩を竦めた。
最後にもう一度騎士の礼を取ったマティアスは、エリザの横を通り過ぎた。
「まあ、それでも兵器が進歩を続ける限り、いずれ騎士の騎士たる価値は零落しますけどね」
「――は?」
すれ違いざま聞こえた囁きにマティアスは振り返ったが、既にそこにエリザの姿は無かった。
ほんの数歩先には曲がり角がある。既に歩き去ってしまったのだろう。
まるで幻か何かを見ていたような感覚を払い除けるように、マティアスは頭を振って歩き出した。
何はともあれ、まずは訓練である。




