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第三話:マティアス、魔獣討伐に同行する(2)

 林道――開拓者達を広大な森林の奥深くまで効率よく送り込むために切り拓かれた即製の道路である。ゴーレム達が大木を切り倒し、切り株を引き抜いた後に地面を均しただけの、獣道よりは少しばかり上等と言った程度の粗末な代物だ――あくまでキルスティンの基準では、だが。

 その林道を、土埃を盛大に巻き上げながら一台のジープが突っ走っていた。

「もっとスピード出ねえのかよ!」

 屋根の無いオープンボディ故に猛烈な風が吹き付ける中、後部座席に膝立ちしたジローは叫んだ。

 地面に這いつくばって獣の牙を躱し、自動迎撃態勢に移行したゴーレムが魔獣を引き付けている間に死に物狂いで逃げ出すこと数分。作業場の近くに停めておいた運搬用のジープに辿り着けば、既にエンジンをかけて待ちかねていた仲間の手で走り出したというわけだった。その間、運転手たる仕事仲間は底まで踏み切ったアクセルから一度たりとも足を上げていない。

 他の仲間達も今頃、同じように車に飛び乗って死ぬほど突っ走っていることだろう。

「とっくの昔に全速力だ馬鹿野郎! 速度上げたきゃテメェが降りろ!」

 ハンドルを握る仕事仲間が罵声を挙げ、サイドミラーを指して怒鳴りつける。

「近づかれてんぞ下手糞が! 弾の無駄遣いしか能がねえのか!」

 今度はジローが「うるせえ!」と怒鳴り返す番だった。

 後部座席から身を乗り出し、ジープの後に追いすがってくる無数の――数えるのも面倒なほどに沢山の魔獣に向かってライフルの引き金を引き絞る。ばら撒かれた銃弾が群れた異形の獣にぶち当たるが、多少速度が緩むだけで倒れることも止まることもなかった。

「鉛玉じゃ効かねえんだ! 魔弾はどこだ!」

「んな高価ぇモン積んでねえよ! 知ってんだろうが!」

「生きて帰ったら山ほど買っとけ間抜け野郎!」

「当ったり前だ! テメエの財布に金が残ると思うなよ!」

 喚き合うことで今にも萎えそうな気力を繋ぎ止めながら、ジローは必死で狙いを定めた。

 大概の魔獣には銃が通用する。だが、中には例外もある。第二等級以上の魔獣、つまり掛け値なしの化物か……或は半分以上生物であることを止めてしまった末期型のキメラである。そういう連中には単なる鉛玉ではなく、そこに魔力を纏わせた魔弾と呼ばれる弾薬を必要とする。だが、火薬と粉末化魔石の二種混合方式で製作されるそれは通常の弾薬に比べればそれなり以上に高価な代物で、それを気軽に使えるのは騎士団か大商人子飼いの警備隊くらいなものであった。

 ジロー達を追いまくっている群れは第四等級以下の低級魔獣が大半だが、厄介なことに末期型のキメラだった。こいつらは獣というよりは生き物の形をした瘴気の塊と言った方が正確なくらいの代物で、単なる銃や剣で撃ったり斬ったりしたくらいでは死なない。そもそも生き物を止めているのだから死ぬも生きるもないのだが、とにかく止まることがない。

 故に数発の銃弾を喰らったくらいでは止まらないし、それどころか車体の後部に前足をかけるものさえ現れる。

「車が汚れンだろうがド畜生!」

 車体に穴をあけるのも構わず乱射したことが功を奏し、狼のような『何か』は前足を半ば程から失って吹き飛んだ。

 『狼』は高速で流れる地面を転げながら、みるみる群れの後方へと呑み込まれていく。

 その後を埋めるとばかりに飛びかかってくる猪のような『何か』の鼻先を狙いすまして鉛玉を雨霰と叩き込み、ジローは座席の横をちらりと見やった。シートの上に転がっているマガジンは残り少ない。

 ジローはごくりと唾を飲み込んだ。これが尽きたら、後は手持ちの斧や鉈で同じことをやらねばならないのだ。

「そろそろ弾が尽きるぞ! 境界はまだか!」

「だから何度も全開だっつってんだろうが! お行儀よく待てねえのか!」

「このままじゃ追いつかれんだよド阿呆! 弾もあらかたバラ撒いたんだ、ちったあ軽くなって――おわあっ!?」

 ガフガフと鼻息とも咆哮ともつかない音を鳴らしながら飛びかかってくる猪のような影。

 驚倒しながら全力で引き金を引き絞る。弾倉が空になるまで銃弾が突き刺さるも、獣は自重に任せてジローに伸し掛かるかのごとく着地した。

「離れろくそったれぇっ!」

 めちゃくちゃに足を蹴り出し、殴りつけて彼我の隙間をこじ開け、ライフルを棍棒替わりに獣の顎をかちあげようとした。

 あっさりと躱され、腕を喰いちぎられそうになる――咄嗟に翳したライフルの銃身が身代りに。

 自分でも良く判らない雄叫びを上げながら銃身の端を掴んで思い切りねじ上げ、獣の首を捻る。

 両足を揃えて畳み、渾身の力で突き上げる。

 バランスを崩した獣が、咥えたライフルごとドアを乗り越えて車体の外へ転げ落ちていった。

「くそっ! 銃を取られた! 代わりを寄越せ!」

「とっくの昔に荷包ごと持ってかれたろうが! ……もう着くぞ!」

 喚く仲間の声に合わせ、徐々に周囲の気配が変わってきていた。重く湿った冷たい空気が、徐々に温んで乾き始めている。切り拓かれた開拓地――魔獣避けの結界が編まれた境界部に差し掛かろうとしているのだ。

「結界の内側に入れば逃げ切れる! 後は騎士団の連中に任せりゃ助かるぞ!」

「その前に銃が足りねえって――うおお寄ってくんなぁ!」

 目の前に開けている筈の開拓地を振り返ることさえできないまま、ジローは鉈を横薙ぎに叩き付け、獣の鼻づらをかち割った。

 ドアや車体後部に取りつこうとする獣達の頭に次々と手斧を振り下ろす。

 これ以上ない程の興奮状態にあるせいか、疲れも痛みも感じないが、それでも腕が動かなくなってきた。

「くそが、まだ着かねえのか!」

「お行儀良くしとけってんだろが……着いたぞ!」

 仲間が喚いた直後、ふわりと周囲の空気が変化した。開拓地と森林の境界に展開された結界を通過したのだ。

 どういう理屈なのかジロー達は知らないが、低位の魔獣は結界の内側に好んで踏み込むことは無い。

 また、踏み込んだとしても大きく力を減じるので、通常の銃器で簡単に狩り立てることができるようになる。

 この群れを率いている魔獣は三等級以上の個体とみて間違いない。弱体化については期待できないだろうが、結界は通報装置の機能も兼ねている。

 このまま少しだけ持ちこたえれば、騎士団が駆けつけてくれる。

 あと少しで安全が確保される――その思いが、どこかでジロー達の気を緩ませていたのかもしれない。

 突然、車体が激しく揺れた。

 何があった、と考える暇もなく、車体が傾ぎ、ジロー達は思い切り放り出されていた。

 全身を無数の大槌で次々に殴りつけられるような衝撃。天地が幾度もかき回されて平衡感を喪失する。

 猛然と回転するタイヤと車体の隙間に突進した小型の獣が巻き込まれ、その毛皮と肉と骨がシャフトやホイールに絡みついてしまったのだ――等という事実を把握できる筈もなく、ジロー達は朦朧とした意識でぐにゃぐにゃぐるぐると歪む視界の中に無数の黒い影が現れるのを茫然と眺めることしかできなかった。

 ああ、くそ。まだ飲み屋のツケ払い終ってねえぞ。

 我が事ながら、人生の最期だというのにもう少し高尚なことを考えられないものかと自嘲したきり、ジローの意識は暗闇へと滑り落ちていった。

 その寸前に、視界一杯の黒い影が銃声と共に横殴りに吹き飛ばされたように見えたが――その顛末を見ることはできなかった。


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