表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
GAME -multiple-  作者: 転寝猫
1/5

26 Mar. -1-

ごつん、と…鈍い衝撃を頭頂部に感じ、次に友達の声がぼんやりした耳に響く。

「おーい、カズー?」

むくりと起きあがった俺を見て、そいつは今にも吹き出しそうな顔をして。

なんだよ、と不機嫌な声になる俺のおでこを指さし、相変わらず、にやにやと楽しそうに笑っている。

「だから…何?」

「ここ!机の跡ついてんぞ」

「あー…マジ?」

ぼんやりしたまま手を伸ばし、さすってみると、おでこは微かに熱を持っていた。

「どうした?ホームルーム中、お前ずーっと寝てたろ」

何度揺すっても一切反応がないので、担任も呆れて放置していたのだとか。そんなこと、勿論…俺は全く記憶にない。

「寝不足なんだよ、ほっといてくれ」

「昨日日曜じゃん」

そう言って一瞬目を丸くした後、そいつは呆れ顔でため息をつく。

「お前なぁ、今日は終業式で、ホームルームも終わって、明日から春休みだぞ!?」

「補習、あるだろ」

「…いや補習はあるけど、れっきとした春休みだって!これが明けたら俺達もいよいよ中三!公立行ってる奴らは、ついに受験って年なのに」

「その分、俺らは中学受験したじゃん」

口の減らないやつだなぁ、と、そいつは片眉をつりあげる。

「担任みたく、自覚云々言うつもりはねーけどさ、授業のない日くらい、まともに起きててもいいんじゃね?どうせ、また徹夜でゲームやったんだろうけど」

「いいだろ、どーでも」

「違うのか?」

違わないけど。

「………色々あんだよ、俺にも」


昨日の出来事。

それは、いわゆる厨二と呼ばれる一年間で、ダントツの衝撃だった。

『土師和成くん?』

上等の鈴みたいな、綺麗な声。

抜けるような白い肌に、黒い艶のある長い髪。

上品につやつや光る淡いピンクのリップグロスを、どぎまぎ凝視していた俺に、長い睫毛に縁取られた、濡れたように黒い瞳を向け。

『どうしたの?』

彼女はふうわりと目を細め、優しげな笑顔で尋ねるのだ。

あの…甘い…世界中でふたりきりみたいな時間。

一緒に飲んだ、チェーンのコーヒーショップの薄いココアさえ、砂糖何倍増しにも思えた。

…なのに。

『和成くんて』

『えっ…何でしょう???』

ああ、あの笑顔。

あの時の笑顔だ。

心がとろとろに溶けてしまうような、彼女の微笑みと。

そして。

悪魔のような、あの宣告。

『やっぱり、似てるね………お兄さんと』


「うーーーっす」

低い声でつぶやいて、俺は部室のドアを開く。

「土師どうした!?何やら暗いぞ!?」

人のこと言えねえだろうと突っ込む気にもなれない、部の先輩達が、怪訝そうに俺の顔を覗き込む。

「いえ…実は、ゲームしてて完徹しちゃって」

「…おお、そうだったか!」

「分かるぞ、俺にも覚えがある」

「明け方の爽やかな小鳥の囀りが、『学校なんて行かずに、このまま引きこもっちゃいなYO!』という、悪魔の囁きにも似て…辛いよなあ」

「お主はやはり、実に見込みがある!我がゲーム部、期待の新星だ!」

「………はあ。どうも」

俺は正直、この人達があまり得意ではない。

同じ人種にくくられるのは、何というか不本意というか。

…だが。

「遅かったじゃない?」

部室の奥から聞こえてきた声に、眠気は一気に吹き飛んだ。

「はいっ、すみません姫!」

俺は慌てて返事をして奥へダッシュ、跪いて携帯ゲーム機を彼女に差し出す。

「こちら…昨夜、苦心の末入手したレアアイテムです!どうか、お納めを」

彼女はピンク色の自分の機体を覗き込み、大きな瞳を不敵に細めた。

どうやら…通信で入手した、俺のアイテムにご満悦の様子。

それまで座っていた机からぴょん、と飛び降りると、姫はいかにも楽しげに微笑む。

「よくやった土師、褒めてつかわす」

「…ありがたき幸せっ!!!」

先輩達の羨望の眼差しが、優越感を倍増させる。

ざまあみろ、と、俺は心の中で舌を出した。

『姫』こと…我がゲーム部の部長は、俺達のヒロインである。

可愛くて、スタイルも良くて、ゲームの腕も超一流。その上、成績も上位をキープしているという。

基本Sキャラでありながら、時折ちらりと見せるデレっぷりが…そりゃあもう、たまらないのだ。

巷には色んなアイドルがいるけど、三次元で姫に敵う女はまあいない。

と…俺は常々思っている。

………いや…思って『いた』。

暗い顔をした俺に、姫は不思議そうに目を丸くした。

「どうしたの?」

『どうしたの?和成くん』

「いえ…別に」

『ありがとう、今日はとっても楽しかった』

にっこり微笑む…彼女が脳裏を過ぎった。

『また…会える?』

そりゃあもう…いくらでも。

兄貴が絡まなきゃ、いくらでも。

思わず、そう…答えそうになるが。

そんなこと…人の良さそうな彼女に、到底言えるわけもなく。

「何か変よ?土師…週末何かあったでしょ」

「まあ………」

姫っ…と、長くて華奢な足にすがり付いたら、ドガっ!と足蹴にされるだろうか………

それも何だか、良さそうだ。

だが………そんな人の道を外れた行いは、男として駄目だ。

「姫…兄弟とか、いるんですか?」

「え?ええ…けど、何で?」

何で?

確かに…何でこんなこと、聞いちゃったんだろ。

けど、一度口に出してしまったからには、是非とも聞いておきたい。

「上ですか?下ですか?男?それとも女?」

「…お姉ちゃん」

意外…てっきり、ゲーマーでニートのお兄様かと。

『お兄ちゃんは何で働かないの?』…てやつ。

いや…『お兄ちゃんてば、私がいてあげなきゃ全然駄目なんだからっ』…かな。

「…土師?」

ふるふるふる…と首を振り、妄想を振り飛ばす。

けど…お姉様、きっと姫に似たすごい美人さんなんだろうなぁ。

『似てるね…お兄さんと』

…ま…まさか。誰があんな………

「土師は?」

いきがかり上聞いておくか、といった醒めた調子で、姫が問う。

「一人っ子?」

「そんな風に見えます?」

まあ…と頬を掻く姫に、思わず…ぼやいてしまう。

「俺も…DQNな兄貴じゃなくて、優しくて綺麗なお姉ちゃんが欲しかったっす」

「へぇ、お兄ちゃんなんだ…なんか意外」

「まあ…離婚した母ちゃんについてったっきり、久しく会ってないんで、基本一人っ子みたいなもんですけど」

「あ………そうなんだ、ごめん」

顔を曇らせる姫に、俺は大いに動揺した。

「いや、別に…だからって、暗い少年時代を送ったとか、継母にいじめられたとか、そういうのじゃないっすから、そんな顔しないでくださいよぉ姫!」

彼女の、すまなそうな表情がまた堪らん…と思いつつ、フォローの言葉を述べると。

ほっとした様子で、彼女は目を細めた。

「じゃ…全員揃ったことだし、始めましょうか」

「おっす!!!」

野郎のふっとい声が、小さな部室に響き渡った。

我がゲーム部には、幽霊部員など存在しない。

なぜなら…みんな姫が目当てで入部するからだ。

そうでもなきゃ、誰がこんなキモオタ集団なんかに………

俺を含め…全員がそんな風に思っている。

正直、恐ろしい話だ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ