私メリーさん。今、あなたの隣にいるの。
「な……なにを!?」
「私メリーさん! 今、そこの宰相に暗殺を依頼されてこの役目にいるの!」
少女は焦る宰相などに目もくれず、さらにふざけた事実を暴露した。宰相から告げられた暗殺計画の詳細を事細かに暴露し始める。
さらに焦る宰相。これ以上暴露されては都合が悪い。今はまだ狂った女の戯言の処分できる範疇だ。そう考えた宰相は、事が終わった時に少女を始末するために用意しておいた私兵達を急いで呼び寄せた。
「お……王族の暗殺を企むだけでなく、宰相である私まで侮辱するとは……! 許せん! その狂人を殺せ!」
私兵達は傭兵崩れのようであまり練度も高くないようだが、少女一人殺すのには十分すぎる戦力だった。少女の下に滑るように走りこんできた私兵共は、その手に持った剣をそのまま振り下ろそうとした。
「ハイ邪魔!」
だがその刃が少女の身体を切り裂く事はなかった。私兵と少女の間の空間に、なんと男が現れその凶刃を防いだのである。男が現れたのは――上からだった。
「――勇者様だ!」
その男の姿を視認した国民達は一気に興奮の声をあげた。それまでは、よくわからない少女が戯けた事を叫んでいると思っていたのである。そこに急に現れた救国の勇者。国民達も、周りの貴族達も展開についていけなかった。
「危なくなったら助けると言いながら、屋根の上にいるからどうするのかと思ったの」
「仕方ないだろ。俺一応有名人だから、あんまり近くにはいれないし、だからと言って距離が遠いと間に合わない場合もあるし」
「だからってこの高さを飛び降りるなんて普通じゃないの」
「ああ普通じゃねぇよ。勇者だからな」
気が狂ったと思った少女と勇者との親しげな会話に、周囲の人々は驚愕した。いったいあの少女は何者なのかと、人々は隣にいる者と話し始める。
だが、少女と勇者が知り合いであった事に最も衝撃を受けたのは誰であろう、宰相であった。
「ゆ……勇者様……?」
「ん? 何?」
「そ……その狂った女とは……お……お知り合いで?」
「んー……まぁな」
その瞬間の宰相の顔は、まさに驚愕と絶望を混ぜ合わせたような表情であった。
「宰相よ」
「え……王子……あの、これには色々と訳がございまして」
「ではその訳を聞こう。じっくりとな」
それまで事態を冷静な視線で見ていた王子は、そろそろ頃合だろうと事態の収拾に取り掛かった。そして王子は、少女に向き直った。
「君にも色々聞きたい事がある。話しを聞かせてくれ」
「お! 王子! いけません! その者は気が狂っておりますゆえ、マトモに会話などできませぬ!」
「そうなのか? 勇者」
「いや? コイツはまぁ色々ちょっと変わってるけど、別に狂ってやいないよ。俺が保証する」
そこで宰相は力を無くしたようにガクリと崩れ落ちた。少女には今回の計画を事細かに伝えてあった。何より失敗があってはならないと思ったための判断であったのだが、それが裏目に出た。狂った女一人、例え計画を話されたとしても狂った人間の戯言だと一蹴してしまえばいい。そう高をくくっていた。だがここで、勇者というイレギュラーな存在がそれを不可能にした。勇者の友人である少女の言葉を、ただの狂人の戯言と言うには、無理があった。
「正義は守られたの……」
「ストーカーが正義を語るな」
****** 一件落着……? ********
メ「私メリーさん。今、王城にいるの」
男「知ってる」
メ「あの王子キラキラした見かけによらず、ちょっと腹黒いの」
男「まぁ確かに」
****** 数日前 ********
王『誰だ!』
メ『私メリーさん。今、王子の部屋にいるの』
王『……何者だ……どうやってここまで入り込んだ』
メ『メリーさんにはどんな厳重な警備も意味はないの』
王『暗殺者か……』
メ『そうなの』
王『ふん。私が容易く殺される人間だとでも思っているのか? よかろう、かかってこい!』
メ『嫌なの』
王『何?』
メ『私は確かに暗殺者の依頼を受けたけど、それ嫌だからあなたにどうにかしてもらおうと思ってきたの』
王『何を言ってるんだこの女は……』
メ『今日はあなたにお願いをしにきたの』
王『お願い?』
メ『勇者を召喚してほしいの』
王『勇者だと? 貴様何を考えている』
メ『何も』
王『ふん。白々しい!』
メ『本当に何も考えてないの。私考えるの面倒くさいの。だから勇者呼んで勇者に全部丸投げするの』
王『は……?』
メ『とりあえず勇者と繋がってるから電話で話してほしいの』
王『な……なんだこれは』
男『おーい、もしもーし』
王『! その声……勇者か!』
男『そうそう。王子久しぶりー』
王『何が久しぶりだ。帰ったのはつい2,3日前じゃないか』
男『まぁそう言わず。で、実はお願いがあってさー』
王『……召喚の事か?』
男『話が早くて助かるわホント』
王『だが何故だ? 召喚などせずとも、いつでもゲートを通ってこちらに来れるはずだろう』
男『まぁ、それには深い事情があってだな……』
****** 数日後 ********
メ「事情を飲み込んでくれたのはよかったけど、あの儀式の場ですべてを明るみに出すなんて根性がひん曲がってるとしか思えないの」
男「まぁあの宰相にはけっこう苛立たされたからなー。その腹癒せだろ」
メ「それに私を使わないで欲しかったの」
男「まぁそのおかげで美味しい料理やら菓子やら食えて、ご満悦だったじゃないか」
メ「事情聴取とかなんやらですごく疲れたの……こんなに多くの人と一度に喋ったのは初めてなの」
男「ああ、いつもは1対1で『私メリーさん。今○○にいるの』で切っちまうもんな」
メ「それがメリーさんの在り方なの……私はもうメリーさんじゃないかもしれないの」
男「は?」
メ「こんな風に沢山の人と関わるのは、メリーさんじゃないの。私はきっともう、メリーさんじゃない何か違うものなの」
男「それならそろそろ電話越しで会話するのやめない? 隣にいんのに」
メ「嫌」
男「素早い拒絶に勇者の心は傷ついた」
メ「……今までほとんど電話越しでしか話した事がないの。もうメリーさんじゃなくても、やっぱり電話越しがシックリくるの」
男「まぁいいけどな」
メ「…………」
男「…………俺勇者」
メ「?」
男「今、あなたの隣にいるの」
メ「………………」
男「……すべった?」
メ「私メリーさん」
携帯を持っていた手をそっと降ろし、少女は携帯電話の終話ボタンを押した。勇者の耳にそえられたままの携帯からは、通話終了の音が鳴るばかり。すると少女は、驚き固まる勇者にかまわず、その携帯電話をどけ、勇者の耳元にそっと囁いた。
「今、あなたの隣にいるの」
ここまで読んでくださり、ありがとうございました。これで一応は『私メリーさん。今、異世界にいるの。』は完結となります。ここまでお付き合いいただき、本当にありがとうございました。