第一話 ザ・ラストワン
天井に焦点が合ってて初めてそれが天井だと認識した。いつの間にか布団の中で眠りこけていたようだ。緩慢な動作で布団を跳ね除けようとして、別に布団から出る理由もないことに気がついて辞めた。今が何時かは分からないが、暫く眠気は訪れなさそうだ。
俺は立ち上がり、机の上に開いたままのノートに今日の文字を書くことにした。このノートには将来小説家になるために毎日平仮名を一文字ずつ小説を記入している。昔は山程思いついた筈の空想や脳内のオリジナル漫画は何時の頃か何も思いつかなくなった。それでも何かの本で読んだ「毎日少しずつでも何かを書いていくことが大事」という言葉を信じて、俺は今日の一文字を書き続けている。
昨日の文字は「む」だった。その後ろもまたその後ろも。ある日、たまには前の日と同じ文字の日があってもいいだろうと考えて「む」を連続して書いてから、面倒になって「む」をもう何日も連続して書き続けている。少なくとも今開かれているページは全て「む」で埋め尽くされているようだ。
ページを一枚後ろにめくる。後ろのページも見開きを全て「む」で埋め尽くされていた。ぼうっとそのページを見つめて。次の瞬間、俺は何かに気がついた。何かに気がついたような気がした。次に襲いかかってきた感情を、俺は言葉にすることが出来ない。その中からあえて一つ言葉を探すなら。それは後悔だろう。気がついたら俺は叫んでいた。
「ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙」
ひとしきり叫んで冷静になるとそのことにも後悔が浮かんだ。これが問題になれば、俺はこの家にすら住めなくなる。気がつけば仰向けになって、また元のように天井を見上げていた。
それでも身体は立ち上がり、まるで自分のものでないかのように鉛筆を持ちノートの最後の行に何故か文字を書こうとする。もはや、複雑な平仮名を書く気力すら沸かなかった。俺は鉛筆を叩きつけるようにノートに走らせた。走らせてそれを捨て、また元のように仰向けに戻る。
ドクン
胸に何か違和感を感じる。顔を上げると、いつの間にか自分の手で胸を押さえつけていることに気がついた。
「え?」マヌケなオレの声が耳に聞こえる。
ドクン
先程の感覚が、先程より酷くまた襲いかかってくる。心臓が軋むように痛い。脳は俺の状態を表す言葉を今になって見つけ出した。
「誰ッ」ドクン
肺から絞り出すように発した言葉が心臓の鼓動にかき消される。脳にモヤがかかったように眠気が訪れ、胸に猛烈な苦痛があるにも関わらず同時に眠りに落ちる前のような奇妙な静寂も感じる。不意に、死ぬっていうのはこういう感覚なのかなと心のなかでふと合点がいくような気がした。意識が遠のく。
「誰でもいいから、誰か助けてくれ」
最後に心のなかに浮かんだその言葉を口に出していたのか、それすらもう感じることは出来なかった。最後に左手が温かい何かに触れた、そんな気がした。
「…かしこまりました」




