第三十一話「蜜がもたらす幻覚と改良」
サバ―カは城の一室を進む。
手術室。
ガルムは怯えぺたんと座り込む。
「お前、怖いなら豪商の家畜屋サブヴェーニイェさんの小屋に帰って良いぞ?」
「くーん」
ガルムは静かに首を振る。
「お前、ここに留まれば兵器系として改変されるぞ?」
狼夜、いいやサバ―カは静かにガルムへ危険を説いた。
ガルムは耳を伏せサバ―カの元に居続けた。
サバ―カは苦笑し一緒に手術を受けた。
まず受けたのは不妊化手術。
障碍者が受けてきた理不尽にして少数民族が受けてきた屈辱を強者から受けた。
吐精出来るが種なしサバ―カ。
排卵できるが不妊ガルム。
その仕事がなされると兵器系として増強を受ける。
筋力系、反射神経系、骨格強度、再生力、脳機能、脊髄機能、代謝機能。
エトセトラに増強を受ける。
手術中に意識が混濁したサバ―カは夢を見る。
懐かしいサハ民族の農奴としての記憶。
ラジオ音楽に彩られた悲しき記憶。
闘いを避けた己に待つ村からの侮蔑。
魔物と戦う村人はサバ―カの臆病を嘲笑し棒で叩いた。
その棒は焼き肉から骨を引きはがした残骸を炉にくべる時に使う鋼鉄棒。
鋭い一撃を何度も受けサバ―カは呻く。
尻を殴られ背中を殴られ腹を殴られる。
村人が笑う。
魔物と戦わなかった臆病者を殴る祝祭がそこにある。
サバ―カは前線を避けたが守備隊義務は熟していた。
守備兵として村に危機が訪れるたびに参集に応じ村を横断する防壁に小銃とダガーで集結。
小銃を構えたモノだった。
だが、村人は遠征参加者ばかり誉めそやしサバ―カが殴られれば、嗤った。
「臆病者」
「村にそんなに留まりたいのか?」
「お前がやっている事は14歳の小僧でも出来るぞ?」
「それで?お前はちゃんと発砲したのか?」
「村には魔物が一匹も魔物が訪れなかった。なぜ?」
「それは遠征隊が迎撃したからだっ!」
村がドッと笑う。
取り残され祝祭料理をお情けでいただき祝祭を去る。
妹コーシカは健気でかわいらしいと誉めそやされ兄のサバ―カは生活費の主力なのに認められない現実が幻覚となってサバ―カを襲う。
料金の滞納に頭を下げる。
夏の日照りに穀物が育つ落涙。
妹を狙う村のいじめっ子と渡り合い言葉で追い払うといじめっ子の家族がサバ―カを攻め立て賠償金を分捕る。
ああ―――、コーシカが痩せて行く、―――
痩せる事を止められず年に一度の身体検査で妹は前の年の体重のまま背ばかり延びた。
俺は五キロ増え身長は、すくすく伸びる。
俺が飢える時、コーシカはさらに痩せる。
その自覚が妹へ生まれ多くをコーシカに貢。
コーシカはサバ―カの金と栄養ですくすく育ち始める。
そうしてサバ―カは飢え衰え背丈ばかり育つ労働地獄に沈む。
手術幻覚が告げる世界は背の高いサバ―カを越えた巨人による切開の痛みに体が震える。
悲鳴を上げられず、喉と肺に満ちる酸素管を噛み締める。
切開、切開、また切開。
サバ―カは麻酔を越え立ち上がろうとする。
拘束具がサバ―カを封じる。
手術室で目覚めたサバ―カは呻き続けた。
腹も頭蓋骨も足も腕も戦闘用変更手術を受け続ける。
不意に投与された麻酔が仕事を成しサバ―カを幻覚世界に誘った。
幻覚は楽し気に振舞いサバ―カを棒で叩き続ける。
呻き蹲りサバ―カは意識が滅びそうになった。
握られる。
手を引っ張る光。
サバ―カはボロボロの亡者として引っ張られる力に従い歩み出した。
其れは歴代朧家狼夜の記憶達の武骨な手。
クローニングされ続けた先代たちの記憶。
其れが当代朧家狼夜事、サバ―カの手を引き悪夢幻覚が殴り続ける棒の中から彼を守った。
光に導かれる。
サバ―カはコーシカの混濁記憶に導かれた。
薬物を用いられ兵器系として再覚醒を強要された泣き叫ぶコーシカの……
つまり「病葉楓」こと「柊」の意識。
コーシカがサバ―カの意識接近に気付いて泣きついて来た。
「サバ―カっ!私どうしようっ!兵器の柊って思いだしちゃったッ!このままじゃ兵器として従軍するしかないよ。イーゴリィに抱かれた。狼夜あなたに貫いてほしかったモノがなくしちゃった……イーゴリィのやつ早速、戦死したよ……どこまでも無責任な少年だった……人間なんて、大っ嫌いッ!……サバ―カ兄さん兄さんだけが私の味方だ……きてくれて……ありがとう」
その言葉に狼夜の記憶がないサバ―カは言葉もない。
抱き着いて来たコーシカを慰める。
二人は犬と猫のように言葉もなく沈黙。
お互いの悲しみを伝え合い、今は再起雌伏の時を待つと誓いあう。
其れは言葉ではない。
ただお互いを強く抱きしめ合うのみ。
幻覚世界のコーシカに別れを告げサバ―カは歩む。
光の先の闇へ歩を進めた。
金色の蜜糸がサバ―カに道を示す。
闇と村の恐怖幻覚を去り、見事な城に至った。
青き空の下、蟲の城がある。
城門前でパラソルを広げ大きな影を結界と成し、敷物を引いている蟲姫様の元にサバ―カは進んだ。
ウームニイ・スビェートの美しい顔。
蟲姫はほほ笑みを作る。
「よくぞここまで来た」
サバ―カは拝跪する。
「手術中に申し訳ないが呼び出させてもらった。柊を感じたか?」
サバ―カは頷く。
「……そうか、繋がりは未だ途切れていないか、成らば希望が残る……」
蟲姫は物憂げに溜息を吐く。
「お前の記憶がカギだ」
サバ―カは傅いたまま疑問を沈黙で返す。
ただ青空がそこにあり太陽輝く城のほとり、蟲姫は告げる。
「お前の妹を奪った分家貴族息子イーゴリィは魔物軍勢相手に無謀な突出を繰り返し既に討取られた。奴の愛人であるコーシカこと柊もまた従軍したが、武運拙く敵の虜となった」
―――、この場合の敵とは魔物で営まれる異世界の大軍勢の捕虜を意味した。
蟲姫ウームニイ・スビェートは報告映像をサバ―カに示す。
軍勢の無謀な進撃とそれが削り取られるまでの記憶が描かれている。
苛烈な戦場に百万軍勢は敗退。
多くの死傷者を出した映像は苛烈の一言で表現できるが、その様は到底二文字では言い尽くせない戦闘記録だった。
貴族兵は己の強大さを過信して多くの精鋭を無駄死にさせた。
挙句、貴族諸侯軍は雑兵で己を守りどうにかこうにか南極地下大空洞を要塞化。
魔物侵攻軍本群を食い止めている映像が続いた。
蟲姫は夢の中、友人へ密告した。
「お前の記憶が取り戻された時、お前の相棒兵器コーシカこと柊は本来の威力を発揮し魔物を焼き払い、お前の元に逃げ帰るだろう。それまで妹コーシカの無事を祈れ、例え無慈悲な魔物軍勢と言えど超兵器のコーシカが持つポテンシャルに気付けば軽々しく解体も殺害もしないはず。まずは「柊」の洗脳利用と穏健な解析に終始する筈」
後はコーシカの精神プロテクトが壊されるのが先か、
お前が彼女の元に駆け付けるのが先か、
スピード勝負だ。
「蟲姫は告げる。わが友サバ―カ、妹コーシカを救え」
最後まで聞いたサバ―カは頷き敬礼に立ち上がった。
「命令と盟友様からの忠告しかと心に刻みます」
その言葉を受け蟲姫は静かに空を見上げる。
「語りは秘せ、お前は夜の夢に妹コーシカを慰め続けるのだ。ではさらばだ」
その言葉が終えた後、サバ―カは、はっと目が覚める。
手術からの予後回復用に医療ベッドに寝させられている。
手術よりすでに二週間が経過した後で在る。
蟲姫様の忠告を胸にサバ―カは強くなる誓いの証に深く拳を握った。




