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第三十話「小銃と君主」



            

サバ―カは村の牢屋窓から入り込む月光を見上げる。


何かを得て失っていくのが運命だとしたら、どうしても納得がいかなかった。


弱きものの運命は強き者に踏みしだかれる運命。


愚かな者の運命は賢い者の養分となる運命。


其処に正義も倫理も存在せずただ「社会」だけがある。


運命が、サバ―カは憎くなった。


己がもう少し強ければこんな事は防げたはずだった。


不甲斐ない己が憎くて憎くて見苦しい。


己が醜すぎて美しい月を見る事にも耐えられなくなる。


床に両腕を叩きつけ蹲る。


力を込めすぎて骨折しても気にならないままその日を終えた。


 次の日。


サバ―カは蟲姫ウームニイ・スビェートの居城にガルムと共に案内された。


背中に小銃担ぎ手には鎖を掛けられガルムの背に揺られる。


巨大すぎる蟲の城に入って行く。


内部は想像以上に直線デザインが多かった。


人の住める仕事ができる空間が随所にある。


蟲兵以外の人間が文官や通信兵や城内部の絡繰りを操る労働員がいた。


農奴村の住民ではなく皆学歴と文化を学んだ帝都出身者ばかり。


エリートらしい無関心でサバ―カと言う罪人の登城を機械的に処理して行く。


 なぜこんな場所に案内されているか理解できない。


八メートルサイズのガルムが通れる兵器運搬口を進む。


無数の蟲型魔道砲を見かけ内部へと進んだ。


城の中庭へ誘導され丁寧に刈り取られた芝生の庭に在る東屋。


そこで蟲姫はクマムシ改良型の近接型八メートル級蟲兵を四体侍らせていた。


クマムシ型蟲兵は近衛を意味する蝶の刻印を入れた腕が握る長大な戦斧を構え佇んでいる。


サバ―カは厳めしい戦斧をかかげ交差させ左右に二名づつで作った儀仗隊列を見せられた。


「ガルムから降りて蟲姫ウームニイ・スビェート様から、拝謁の栄誉を賜れ、、、粗相が在ったら蟲兵の餌にしてやる」


 蟲姫の配下軍事部門の秘書官はそう言ってサバ―カに首で「行け」と合図を送った。


サバ―カはコーシカを失い憎悪ばかり目に宿したまま無表情でガルムを飛び降りた。


戦斧で作ったトンネルをくぐった。


その先に在る東屋。


紅茶とケーキセットと美しいアンティークの食器皿とティーポットが並ぶ。


蟲姫はボディースーツのようなものを着込み薄くて透ける紅に染めたシルクの飾り布を六枚ほど体に巻き付けていた。


彼女はぼんやりと指に蚕の成虫を指に乗せて見つめる。


交尾に向け羽を羽ばたかせるばかりで飛べない蚕の成虫のおもちゃじみた可愛らしい顔を覗き込んでいる。


 サバ―カはその美貌に圧倒されていた。


が、自分の今の身分が農奴以下の懲罰兵だと思い出し城の主に拝跪して恭順を示した。


「割愛と言う言葉の意味を知ってるか?」


 蟲姫が鈴の音のような声で舌足らずに言った。


「蚕は人に品種改良され過ぎて飛べなくなった上に種の保存の交尾ですら人の手で切り離してもらわねば性器と性器の結合を解けぬ惨めな生き物なのだそうだ。見た目は可愛らしいが可愛い分だけ無能極まれりだ。それもこれも人の手で其処まで歪められ美しい絹を得るためにこの蟲は生きて居る。サバ―カ、いいやロウヤ、お前の古い友として蟲姫は心配だ。この地に来てからお前と柊は愛を得て弱くなった。何時まで蚕の幼虫みたいに寝ているつもりだ?」


―――、美しい糸を作っても取り上げられるだけと何故気付かない?、―――


 サバ―カは意味が解らず沈黙するしかなかった。


「まあいいか、私もしょせん、旧ロシアが作った人工生命だ。そのロシアも今は無く蟲姫は任務を放棄してレナ川に起こった帝国の家臣に成ってしまった。ロウヤが蚕なら私も蚕みたいなものだな、いや、お前はオオカミか、記憶封印されていても三つ首クズリとの相性は最悪な狼だな、、、、許す。面を上げ発言せよ」


「あんたと俺が友達?」


「蟲姫はそのつもりでお前が生きて行ける便宜を図ったつもりだ。さすがにシュールスチ家の干渉を跳ねのける力は五年しかなかった。その点は謝ろう」


 サバ―カは蟲姫が立ち上がる姿を見た。


 華奢な体に人にしか見えない姿。


首から生えた無数のプラグだけが人との違いを強調している。


「お詫びに、蜜をくれてやる。竜が食べれば上位竜に蟲が食べれば強靭な体と知恵と魔力を得る特別な蜜だ。弱くなってしまったお前の素質と才能を戦闘系として補填してくれよう」


「何故アンタが俺に便宜を図る?友達と言うだけでは効かない特別待遇を何故懲罰兵に与える?」


「戦争が近いからだ」

「誰との?」


蟲姫は悲しげに笑う。


 ―――、この地に魔物を送り込んだ連中との戦争だ、―――


 そう言って蟲姫ウームニイ・スビェートは魔法封印した小瓶を東屋のテーブルより取り上げる。


口に含み小瓶内部の蜜を吸い体内で練り上げ直しサバ―カの口へキスで流し込んだ。


サバ―カが総て嚥下するのを満足げに見届ける。


蟲姫は蜜の作る金の糸を口から垂らし、その糸は、光を孕みながら空気を震わせ、まるで命の契約そのものだった。


蟲姫は頷いて言葉を再開した。


「この地、ロシア連邦領だけではなく地球全体に旧暦二十世紀末の当時、魔力汚染と魔物汚染を招いた連中は、魔物と魔力を使い環境変更と現地生命駆逐を計画していた。連中の計画では今頃地球は連中にとっての楽園になるはずが、人類とその他生命は意外と丈夫で文明と軍隊を維持して復興してしまった。業を煮やした連中は搦手を辞め本軍を繰り出す気だ。それがこの世界の各国が南極大陸地下の大空洞から持ち帰った情報の解析結果だった」


 サバ―カは力なく首を振る。


「そんな大きな話をされてもついていけない」


 蟲姫はサバ―カの顎を掴み目線を近づけ歌う様に言った。


「お前の妹、柊を異世界まで運んだイーゴリィは勇敢無謀にも百万兵団と共に最前線にて迎え撃つ気だ。妹を奪還するならレナ大河帝国軍に所属し軍功を積み最前線でも有能と示す方が何かと有利だぞ?妹を奪回後帝国を捨てるにも、その後の生活にも軍功と戦闘能力はあればあるほど異国からの亡命受け入れの条件は緩和されるであろう」


 サバ―カは蟲姫の話を受け徐々に凛々しい顔つきを作る。


「蟲姫様、俺はチャンスをくれたアンタに何を返せばいい?」


 尋ねたが蟲姫はさらにサバ―カに甘い言葉をかけた。


「子供が欲しいが、辞めておく、もう一人の友人であるお前の妹柊に恨まれる。

蟲姫ウームニイ・スビェートの恋は今のキスで終わりだ。蟲姫はこの地を愛している。城が落城するまでこの地で蟲兵を使いレナ大河帝国の東の守りとして、連中の毒虫として立ち塞がるつもりだ。お前はその戦いで蟲姫の直属兵として戦い軍功を得ろ。軍功成れば、戦が本格化する前に南極侵攻軍への有力兵として推薦してやる」


 その言葉はまるで蟲姫自身が破れると予感している様でサバ―カは不安に成った。


「蟲姫様、あんたどこか悪いのか?随分弱気だ。辺境で一番有名な百戦百勝の偉大な姫とは思えない」


 蟲姫は失笑した。


「蟲姫も年を取ったという事だ。生産工場の制御系としては未だ最先端だが軍司令官としても兵器生産工場としても蟲兵設計者としても蟲姫は時代遅れだ。お前に負けた時から蟲姫はロートルだ。この様では、お前と同じく出戸加奈シリーズの呪いから逃げきれんし命令からは逆らえん。だが矜持は失っていない、蟲姫の棺はこの城で在り蟲姫の最後はこの地で迎えたい」


 サバ―カは多くの疑問を胸に仕舞い尋ねた。


「敵は全部俺が小銃で射抜く、直属兵としてアンタに従う、、、だが敵の名前は?」


 蟲姫はサバ―カから少し離れ東屋の機械設備に首のケーブルを一本繋ぎ映像を投影した。


「ミラージパンデモニウム、蜃気楼万魔殿、それが連中の帝国の名前だ。ユダヤ聖書に出て来る悪魔どもの城の名前だ。中東の国が残した古代の遺跡から魔力残留痕が確認されレナ大河帝国ではそのように呼称が決まった。連中はこちらを徹底的に見下している。交渉役は全て殺して無視だ。それだけで連中の愚かさとしつこさが垣間見えるだろう?」


如何にも悪魔みたいな生き物が暮らす巨大すぎる空中都市映像。


東屋のテーブル上に空中表示され戦力分析詳細が数値的に表示され続けた。


「総兵力十億か、やってられねえな……」


「逃げるか?手引きしてやる。代わりに蟲姫を抱いていけ」


「お誘いは嬉しいが逃げない、妹の戦場回収にはアンタの直属兵として戦うほか、馬鹿な俺じゃ思いつかねえ、、、蟲姫様直属兵として忠誠を誓いますので、どうか良しなに」


 そう言い終えたサバ―カは片膝をつく。


小銃を剣代わりに両手で捧げる様に持ち蟲姫の直属兵に成る簡易儀式を促す。


蟲姫ウームニイ・スビェートはサバ―カの手をふさぐ鎖を焼き溶かし小銃を受け取るとレバーを引いて弾薬を一発薬室に装填していく。


彼女は堂に入った構えで空に一発放ってから返却。


この動作でサバ―カは蟲姫ウームニイ・スビェートの直属兵に成った。


階級は一等兵。


戦争開戦まで推定三か月の猶予がある。


それまでに体に筋肉を付けろと言われた。


城の一室に案内され改良と訓練と食事の毎日がサバ―カとガルムを待ち受けた。



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