第二十二話「従軍」
俺につけられている監視兵と従兵に頼んでパイプオルガンのト短調を止めてもらうまでに三日が過ぎた。
それまでに俺は部屋に軟禁された。
部屋にはピアノが置かれ自動で音楽を流し続けた。
俺の慣れ親しんだ音楽はそこに無かった。
レクイエムにノクターンにフーガにプレリュード。
だが、好きになれなかった。
三日後。
冬精霊病葉楓が宿るガン・ブレード180センチメートルと戦闘服を与えられた。
まず戦衣を着込む。
色々と思う所もあるが、仕事をせねば食っていけない。
その思いで苦い気持ちを飲み下し貴族配下の戦士へと戻る。
サハ民族の戦闘服は長い魔物との戦で現代風と民族文様が織り交ざった呪術服の姿をしていた。
意味ありげな魔道文様が無数に散りばめられた茶色の服を着る。
鎧装甲を全身にサハ民族風に着込む。
灰色のマントを取り出して着込む前に武装を思い出し持ち込まれた大箱の封印を解き中身を掲げた。
黒いケースからガン・ブレードを取り出す。
鞘から引き抜きブレードに宿る病葉楓に話しかけた。
「よう、相棒無事か?」
間髪入れず昔と違い鋼色から透き通る赤に変わったガン・ブレードより返事が返る。
―――、彼女は捲し立てた、―――
無事じゃない。
回収されて封印されていたはずが、いつの間にか訳のわかんない未開化したサハ民族の都市まで運び込まれた。
かと思えば、三号の貴方が死んじゃったと聞かされ泣く暇もないままっ……
ゲームもお菓子もないまま、無給でひたすらサハ人の魔法研究に供せられて、体中弄り回されてごめんね?も無くてっ!
この地で開発された魔道科学工場の主。
山の女王が鍛えたクォディネンツ鋼とか言う意味不明な魔法金属と融合させられてすまないも言われずっ!
人格だって変えられたっ!!
出戸侯爵家の忠誠心を奪われた……
シュールチス家の怠け者と評判の戦姫チャージェスチ・メロゥーディアとか言う十四歳の小娘に投げ与えられて蛮用されて三回も折られたのよっ!
でも、あーしはまだ“あーし”だよ……そう言いたかったのに、誰も聞いてくれなかった。
戦争も戦いもうんざりッ!!それからそれから、―――
狼夜は元気な相棒に苦笑して彼女の懐かしい声を背中に浴びマントを羽織る。
マント中央にある黒の剣掲げる三つ首クズリの恐ろし気な文様はシュールスチ家の高位戦士を意味するそうで……
従兵から「なくすな」と念を入れられた。
従兵の案内でレナ川に立つ巨大すぎる要塞内部を歩む。
実用化された低コスト転送魔道装置がある。
そこに先にたどり着いていた騎士団と騎乗獣と砲兵隊と戦士団団長のシュールスチ家の長女にして今の狼夜の主、チャージェスチ・メロゥーディアに出くわした。
「来たか、遅いぞ、現地ではすでに戦端が開かれている。我々より先行してパドゥプを放て」
「パドゥプ?」
「つまり柊の枝より降りるクズリだ。ただの柊でも良い、由来は聞くな、私も興味が無い」
「何だそれは?」
「お前がガン・ブレードに宿した病葉楓はこの地では日本由来を根拠にパドゥプ、つまり柊の名で呼ばれている。冬精霊病葉楓は亜麻色髪の少女から姿を三百メート級三つ首クズリに変異した。我が家の長年の研究成果で大幅なアッパー性能を獲得した高機動兵器だ。貴様はそいつを現場で召喚するだけで良い…………」
俺は背中のガン・ブレードの柄を見つめる。
病葉楓が少女を辞め大きすぎる三つ首クズリとなる?
魔道とはこの地でも兵器運用が盛んな様だった。
生活費を稼ぎ労働を認められればあるいは元の少女に戻してやれるやもしれない。
その願いを込めて転送先への説明ゼロに不満を零さないよう気を付けた。
転送装置に乗り込む。
転送装置が輝き、魔法陣がいくつも浮かびクローン四号は戦場に降り立った。
現地は地上要塞化工場群を攻撃する空中艦隊を虫型兵器系で迎撃中。
サハ人の王権を拒否するロシア語読みのサハ人つまりヤクート人兵団を猛攻撃している空中に俺は飛び出る。
飛行機械が無数に飛び交い追いつ追われつ空対空重機関砲弾が飛び交う。
魔道誘導弾体を輝かせ機体射出孔より無数に放ち続ける空中戦闘に出た。
俺の装備した頭部データリンク装置は敵空中要塞の兵器化昆虫生産工場中枢である蟲姫ウームニイ・スビェートの位置を示した。
俺に飛行移動魔法起動を推奨。
俺は足元に生み出す魔法の床を踏み出すために推奨に従った。
弾幕を躱し駆け抜け彼我の距離を一キロまで縮めた瞬間。
データリンク装置であるピアスは次に、パドゥプ召喚命令を命令。
俺は彼女を召喚した。
背中に担いだガン・ブレードから大きすぎる三つ首クズリが生まれる。
時速五百キロの俺より早く鋭く空中を駆け抜けた。
敵要塞化工場群に向け三つ首を向け超低温衝撃波を三つ放ち終える。
パドゥプは勝手に召喚を辞めガン・ブレードに帰還。
その間俺は空中を進み敵空中要塞の中央に降下開始。
空中要塞内部に降り立つと蟲系兵器が無数にいて人の姿はない。
連中の放つ砲弾幕と毒煙と消化液を躱す。
ガン・ブレードで標的を高速に任せ両断し召喚兵を移動能力ある食虫植物七メートルで四千体放出。
周囲を蹂躙して進出を続けた。
おかしかった。
俺は三百年の間に旧型化したはずが三百年以上先の兵器系大型昆虫を蹂躙できた。
神威大帝国では主戦兵器クラスで在った改良型アバドン兵の系譜である素早く大きすぎる蟲も余裕で切り裂ける。
当時の俺では対応不能な重装甲芋虫型兵器群の放つ光線兵器も無力化に成功。
俺の攻撃とは思えない魔道砲撃の高威力で粉砕蹂躙を達成して突っ走れた。
戦場のルールが書き換わっている手ごたえ。違和感。
感覚のままに空中要塞内部中枢を目指した。
多くの迎撃系ガン・アームの放つ弾幕を撃墜しながら突き進む。
ガン・アームが振り返れない様に両断撃破。
道を螺旋に進み扉迷路の主塔をデータリンク装置の助けを借り案内されるままに出くわす蟲兵を撃破。
たどり着いた中枢にて、対峙した。
そこには二万の射撃系蜂型昆虫兵器に守られる母体の少女が居た。
母体と言っても生産工場の頭脳にすぎない。
魔道リンクした実際の生産工場の異形はそこに無い。
複数のチューブにつながれてデータ交換する黒髪の子供がぼんやりと裸のまま中枢に座り込んでいる。
俺を見上げるそいつは指先一つで攻撃指示開始。
狼夜は無視して食虫植物兵を五百召喚すると決着はあっけなくついた。
彼女を守る兵は喰われて尽きた。
狼夜はブレードで空中要塞とデータ交換可能なチューブを切り離し子供を抱えた。
「投降しない、蟲姫は大ロシアの姫である。戦場の掟に従い殺すが良い」
「ここは切り取られた、、、正確には奪還したサハ人の国だ。大ロシアは歴史の闇に消えた」
「私がまだいる」
会話に付き合わず狼夜は彼女の制御系に干渉。
データリンク装置の言うままに幾つかの干渉魔法を操り蟲姫ウームニイ・スビェートを眠らせる。
二か月連続戦闘指揮の負担で疲弊した彼女の体と脳をスリープにした。
大ロシア民族は、1941年当時にロシア中枢へ到来した未来人のムーア人系人種女性、イアコフ博士の暗躍で大ロシアは正史を大幅にゆがめた歴史を歩んだ。
ロシア軍とその配下は二十二世紀末、
不毛で危険ばかり多い地球を見限り、南極の大穴を目指した。
長年にわたり無数の魔物たちを送り出してきた謎の世界へ出征。
ロシア民族中枢を軍として改変・増強して送り出しイアコフ博士は未来で受けた延命処置の限界を迎え絶命。
現地にたどり着いたスラブ民族兵団は異世界侵略を成功させ新たな繁栄を現地で築いた。
―――、誰が語っているのかも分からないままの、情勢語り―――
それは、終わらない戦争の残響だった。




