第二十一話「狼夜と異国」
神威大帝国の中枢日本列島内部の内戦終結のラジオ放送が牢屋に響き渡る。
出戸侯爵に味方した諸侯に対する裁判。
戦後復興に向け西日本から出資された機材と資金と兵団の話。
政界を牛耳るようになった西日本有力者の腐敗と専横について……
ラジオは多くを語る。
そんな中、俺は懲罰動員されつつ、ラジオで、とある裁判を聞いた。
度重なる軍事裁判の果て……
内戦を長引かせた罪で第三等倫理違反及び軍法第七項違反で有罪が出戸侯爵家当主彩芽に確定。
罰として四肢を切断され体内から兵器としての動力源を奪われた。
貴族の爵位も失いただの彩芽として国外追放となった。
彩芽は俺の孫、バンデーレに引き取られ日本列島を離れイタリアへ飛んだ。
俺は出戸侯爵軍に加勢した罪で懲罰動員の労働者として空港に向かう。
娘の乗せたイタリア船籍を目撃できないまま……
貨物運搬で汗を流し続けた。
空港ラジオの流す未来的な三味線早弾きを聞きながら空港の貨物搬入業務が続く。
その日の懲罰業務を終え牢屋に戻り財産を失ったまま眠りにつく。
数年後、手紙が頻繁に届くようになった。
手紙の中身。
かつて娘の彩芽を運んだ山小屋。
俺の背中を踏みつけ挑発した黒の軍服女が手紙の主で、しきりに「シベリア遠征軍である私設軍隊の一員にならないか?」と誘う。
俺が頷けば俺を牢屋から出すと手紙は語る。
当時最強近接兵器だったガン・ブレードと冬精霊兵器病葉楓を返還する……
と、手紙には書かれていた。
数年間休みなく続く運搬業務に飽き飽きしていた俺は返事の手紙を書き上げた。
「糞ったれは、ロートルを放っとけ」
そう書いて狼夜は返事を短く書き収め手紙を牢番に預けた。
十年後。
朧家狼夜クローニング三号は劣悪な収監設備内で流行した次世代サーズウイルス疾患により喉と肺を腐らせ絶命した。
絶命までにピアノの月光を聞きたがり…………
友達の牢番が持ち込んだ小さな音楽再生キットが流す粗悪な音色に耳を傾け大量の咳と血混じり痰に悩み生涯を苦しんで終えた。
脳と兵器系臓器は摘出回収され、長い時保存された。
時代は進む。
西日本諸侯が切り取ったシベリア領域の辺境植民地へ密かに朧家狼夜の成れの果ては、海を越え運搬。
西日本諸侯と現地有力者の結託で建造された生体研究所に運び込まれる。
生産工場がある大要塞地下にて……
朧家狼夜の記憶継承クローニング四号は生産された。
この時。
エルフ血統の長命を誇った出戸彩芽が死んでおよそ三百年が経過している。
シベリア領域を切り取った西日本諸侯の権勢は遠く衰退。
現地に作られた植民地は独立を果たした。
レナ大河王国を名乗り現地の新人類サハ民族によって支配された。
こうして魔物との争いで衰退して行くロシア系国家のくびきを脱した少数民族サハ人系民族が支配する土侯国で彼は目覚めた。
この地は領土を争う群雄の土地。
旧日本列島勢力が建造した大要塞保持者の所有物として……
朧家狼夜は四号クローンとしてぼんやりとしている。
卵系大型培養槽の薬液が抜かれていく。
機械と宗教細工満ちる設備で裸のまま狼夜四号は十二歳の人型少年としてへたり込む。
眠ったような顔つきでぼうと床を見つめ動かない。
記憶は曖昧で、感情は空白だった。
だが、音楽だけが、何かを呼び起こしていた。
音楽が鳴らされて行く。
呪術めいたサハ民族音楽では無く、フーガ ト短調が流れ、狼夜は顔を上げる。
真っ白な高すぎる天井と五百メートル先にある壁。
扉は開かず狼夜は裸のまま機械アームの運ぶタオルで拭かれ、放置された。
五分後扉が開き、黒髪の男性が七名の兵を伴い機械の数値表示に頷く。
―――、君主は叫ぶ、其れは演説にも似た、―――
「素晴らしい。蛮族共の作ったこの兵器があれば我がシュールスチ家は戦争の勝利と栄光に包まれるであろう」
そんな言葉を零す男性は高笑いを上げる。
クローニング四号はその高笑いに類似点を見つけた。
何もかも見下した肉食獣の傲慢が宿る笑い、、、飛竜山系で娘を奪う少女を思い出す。
山小屋であった獣耳軍服少女をわずかに思い出し反感に顔を歪めるが彼を無視してシュールスチ家の男は事後を兵士に託しマントを翻し去った。
マントの紋章は獣のクズリを三つ首にした凶暴な文様で三つ首クズリはマントの中、大地と騎士を踏みつぶしている。
狼夜は兵士に回収され大要塞の一室がある尖塔に運び込まれた。
次の日、狼夜は、意識を取り戻して立ち上がる。
鬱陶しいほど壮麗なバッハのト短調を耳に流し込まれかつての怒りが再燃する。
感情のままに召喚兵を生み出していく。
五百体、七メートルサイズムカデ兵生み出す。
要塞の一部を占拠。
狼夜は着慣れぬサハ人民族の作る布で裸を隠し尖塔を登り空から、かつてのサハ人が大切にしていた広大すぎるレナ川を見つめる。
眼下に広がる水系は寒冷すぎる土地。
そのせいで不毛な姿と点在する魔道化した集落。
それと農園が見て取れた。
ほかに川を行く船を見つける。
どれも巨大高速だった。
視線を大要塞へと近づける。
そこは機械化砲塔ばかり厳めしい遺跡じみた苔むす城塞が広がる。
城下町からは古臭い姿の騎兵がマント姿で背中に小銃を吊り下げ伝令に一騎歩む姿が見える。
城下町は機械絡繰りが随所に見て取れた。
工房が煙を放ち、大型レールが、偉大なレナ川を横断する大陸橋の姿。
首を向けるほどに景色は、変異。
無数の旋回砲塔抱える装甲列車が大型レールの魔道装置の助けを借りて浮遊高速移動を続け謎の貨物を延々と西へ運んでいく。
大要塞の波止場では船から降ろされて行くものが見える。
人だった。
首輪の奴隷民族が多い。
皆薄着のままに船の埠頭に降り立ちおのれの運命におびえている。
空中には三つ首クズリ紋章を描いた戦隊旗掲げる飛竜騎士団が百メートル級飛竜に乗り込み空中を飛び交う。
警戒線を構築中。
狼夜。
彼は、呆然と知らない世界に放り出された感覚のまま風を浴び途方に暮れ佇む。
「お目覚め?」
言葉に振り向くと懐かしい西日本諸侯の黒軍服を着込んだ獣耳少女が居た。
「お前は誰だ?」
「ドイツ系移民七世の諸侯が日本列島の兵器商人から購入した設計図の成れの果て、、、つまりクローン兵出戸加奈シリーズの最終版にして偉大卑劣なシュールスチ家の長女にして、次期当主だ。私はお前を保有する。三百年以上前、牢屋に収めて置きながら間抜けにも死へ逃げられたお母さまの名に賭けて、お前と言う男の所有者だ。奴隷よ、跪け……」
最後の発音がなされた途端、狼夜は体の制御を奪われ跪いていた。
「面を上げろ」
顔が勝手に動き少女を見つめる。
銀の毛皮に金の瞳、エルフ血統を意味する異常な美しさ。
そこに新型人造人種「獣人」を意味する全身毛皮を軍服で隠し十四歳の彼女はうっとりと狼夜を見つめ言い放つ。
「この地は内戦中だ。諸侯統一戦に向け、私と私の戦士団は出撃待機中、狼夜、貴様が兵器としての性能を伝説通りに発揮するなら、私の愛人にしてやっても良い」
言い終えてシュールスチ家の娘は鋭く短剣を抜き放ち狼夜の顔を横一文字に深く荒く切り裂く。
「伝説では狼夜初代には横一文字の大きな傷が顔にありオーガ血統示す角が生えていたとか、、、まあ、今のお前を所有した証に傷をつけた事で満足し、角を生やすのは辞めておこう」
そう言うとシュールスチ家の娘は笑みを浮かべ傷口に入れ墨の炭を魔法的に注ぎ込み治療した。
「あとは、父上(シュールスチ家当主クルイーク)の命に従い召喚兵を解除して戦争に備えろ」
その言葉を最後にシュールスチ家の娘は尖塔を去り狼夜は一人残された。
佇んだままでいたかった。
尖塔を降りれば嫌いなバッハの曲が待つ、だが体が勝手に動き、狼夜は召喚兵を戻す。
尖塔を降りバッハのフーガト短調に心を追い詰められ過ごした。




