第二十話「娘と恋人」
雲取山の小さな丘に不時着した迎撃機の風防を砕く様に開けた。
狼夜は後部座席の出戸彩芽を引っ張り出す。
その時娘の胸に吊り下げられた二センチのクリスタル球ラジオを見てぎくりと狼夜は強張る。
助け出す手を止め半秒の逡巡から目線を外す。
作業に戻り娘の体を押さえ込むシートベルトを切り外し迎撃機を離れ娘を担いで飛竜山の方角へ進む。
山と森林と渓谷の中。
魔物を避ける隠蔽魔法を常に起動して起伏ある山と高身長の木々に隠れ鎮定軍の追撃を避け進んだ。
目的地は渓谷の外れの森に隠れた二階建ての山小屋。
それは朧家狼夜が海外契約で購入した設備。
イタリア子爵時代、神威帝国の地元企業より購入した物資が運び込まれた山小屋である。
三日の山岳移動後、増設放棄された二階建ての山小屋に狼夜はたどり着く。
「幽玄荘」と書かれた壊れかけ看板に見つめつつ狼夜は内部に入る。
室内を進み、出戸彩芽を背中から降ろし狼夜が掃除したベッドに娘を眠らせた。
本格的魔導治療は望むべくもないまま応急キットを操り彩芽の体を補修する。
狼夜は娘の部屋を出て階段を降りた。
山小屋の小さな応接間に向かい戦塵と血油にまみれた体を引きずる。
内部のソファーに座り込み夢も見ないで気絶。
目覚めると山小屋は鎮定軍に制圧されていた。
中隊規模の精鋭が山小屋周辺を確保。
ソファーに眠る狼夜に手錠を取り付けている最中、狼夜は目覚めた。
「糞っ!」
立ち上がろうとして背中を銃床で殴りつけられ転ぶ。
無数の銃剣付小銃で狙われた。
「暴れるな愚か者。出戸侯爵を殺されたくなければ、大人しくすることだ」
その言葉に振り向くと彩芽の眠るベッドへ続く階段を上る敵兵士の分隊が見える。
狼夜は阻止の為に魔力を使い召喚兵を起動するべく敵を睨む。
輝き魔法陣を生み出しかけた。
そこで頭部を蹴り上げられた。
凄まじい力で首が横にのけ反り狼夜は蹴り主を見上げる形でそいつを見た。
黒い将校制服姿の出戸加奈十四歳の姿だった。
人造人種のエルフから改良されたクローン兵器系である出戸加奈の情報は長い時をかけ神威帝国中に流出しチープ兵器として生産されていた。
彼女は朧家狼夜クローン三号を西日本勢力所属将校として冷酷に見降ろす。
狼夜の記憶にある出戸加奈。
クローン千二百三十号と違いそいつは銀の狐耳を生やしている。
最近開発された人造人種「獣人族」の特徴である。
次世代兵器系として開発されたそいつに旧世代型の狼夜は制圧された。
手錠で拘禁され背中を踏まれ身動きできない。
この姿勢で戦いを挑むのは、例え現実を無視する一対一の環境でも不利の限りだった。
狼夜が首をよじり見上げる。
そいつは嗜虐的な笑みが牙を剥いて口元を歪め白い歯の列をのぞかせた。
膨大な魔力量を放散させ傷ついている狼夜の体を攻撃的な魔力放出で痛めつけた。
彼女は傲慢に告げる。
―――、大人しくしていろ、―――
なにも殺すとは言っていない。
貴様が持つ海外コネクションと戦闘能力と人生を私に譲るなら、出戸彩芽などと言う落第貴族を殺さないと保証しよう。
どうする?三号クローニング?
私に逆らうのかな?
ご自慢のガン・ブレードの射撃機構を起動して私を穿つのかな?
それともブレードの大きな刃で私を両断するのがお好み?
私を殺すことは貴様の戦闘能力にかかれば叶うやもしれない……
だが、娘はどうなる?
お前と私の戦闘の巻き添えで殺すのか?
……狼夜、お前はそこまで愚かなのか?
……私は出戸加奈クローン千二百三十号の……
つまりお前の恋人の記憶継承者だ。
―――、そんな私をお前は殺すのか?、―――
其処まで歌う様に言うとそいつは大爆笑した。
そいつは音楽再生キットのスイッチを入れバッハのプレリュードを流し始めた。
奴の勝利を確信した高笑いが山小屋内部に響く。
甲高い女の笑い声と無言の兵士共によって運び出されていく。
意識の無い娘の彩芽を助け出せずに床のカーペットに踏みしだかれる俺は歯ぎしりをした。
戦闘したがる楓を命令で待機させ、彼女の宿るガン・ブレードが封印されて行く様を見た。
無能極まる俺は山小屋で捕獲された。
その時以来、バッハもチェロのプレリュードも嫌いになった。
回収された出戸彩芽は厳重な監視のもと機械化装甲兵二個中隊にいつでも殺される環境下、治療を受けた。
娘と俺は結局会話をせず二度と顔を合わせる事が出来なくなった。
その後、彩芽の運命を俺は牢屋天井のラジオ放送でしか知らない。
俺は、父であることすら、許されなかった。




