第十五話「お買い物と呼び出し」
お目当ては電波受信型音声変換装置。
つまりラジオだ。
商店街でそれを探し多くの住民とすれ違う。
クマ獣人の巨体が運ぶビールケースと肉のパックが狼夜の横を擦れ違う。
ドライアド族の一団が売る果実ケースを搬入するゴブリン族のとっつあんがいる。
魔道具の操作を誤り少し店をはみ出て大きな運搬用魔道具が旋回。
客にぶつかりそうになって馬鹿野郎の罵声が飛ぶ。
とっつあんは「スマンこってす」と最早、古語の日本語をネイティブに発音。
ガンショップの店員が新型の魔道小銃を店に並べていた。
弾倉型魔道小銃のコマーシャル。
魔法弾の威力を増幅する装置の性能を録音装置で何度も繰り返し誇る。
子供らが制服姿で集団で進み尾に角に長爪生やした姿で今年の流行服の売っているお店に入って行く。
お菓子屋では古式ゆかしい和菓子が売られている。
草餅が人気のようだ。
ヤクザみたいなエルフ兄さんとオーガの護衛が顔をほころばせて大量に買い付けて行く。
近くにダウンロード販売の音楽端末がある。
流行曲を店先から流し奇抜過ぎてついて行けない格好の若者が熱心に試聴。
その隣にある消火設備から少し水滴が漏れ道行く猫の鼻に落ちびっくりさせた。
狼夜たちは機械式生活雑貨の店を目指し坂道の先を目指している。
するとコボルトの一団が道にたむろして塞いでいた。
金が無くて相手にされない内にここに押し出されたらしい。
狼夜は楓を連れ先を目指す。
大柄なロウヤに怯え毛むくじゃら。
犬顔のコボルトは「くーん」と鳴いて道を開けるが痩せて薄汚れている。
楓に向かって物乞いの手を伸ばすので狼夜は楓を担ぎ無視してその場を去る。
すると怒ったコボルトが狼夜の足に噛みついた。
狼夜は足の力を籠め振りほどき先へと進む。
「やっちゃわないんだ?」
「彼らは東京市民だ」
「働かないチンピラじゃないの?」
「仕事が無いんだ。彼らは保護されたばかりで物々交換経済しか知らない、学校に通うほうが先だ」
「そうは言うけど、加奈の話じゃ、駆除するってさ……。なんでも地下東京の地殻壁を掘りぬいて侵入した不法移民。修理費請求しても支払い能力なし……不法入国者で弱くて厚かましいうえ馴染まないから都市から駆除するって……」
俺は目を見開きコボルトに振り向く。
無学で労働能力が無くて痩せて飢えて薄汚くて臭い毛駄者。
どこの時代。
どこの国でも損な奴は居るが扱いはいつの時代も酷くなるとは聞き及んでいた。
が、加奈の行動におかしさを感じ狼夜は納得行かなかった。
最近の彼女は少し二年前と違う気がしたが印象の話で根拠は無く困った。
楓はくすくす笑う。
「同情しちゃだめよ?飢えたら同族を殺して捌いて食べる為に都市の路地で煮炊きして素手で食べるんですもの、同じ人と思わない方が良いわ。それに駆除されるのはプライドばっかの頑固な長老組で残りは保護されて再教育を受けるんですって……」
その発言は普段と違い差別意識と上位者の余裕がにじみ出ていて嗜虐的。
美しい顔を冷酷に歪めている。
こんな楓も普段と違いさらに朧家狼夜は困った。
「見たのか?」
思わず尋ねた。彼女は首を振る。
「人の眼球ではなく精霊の知覚系のおかげであーしは寝ていても東京の地下都市全域を網羅している。侯爵に言われ、あーしは東京住民で要らない人を戦場に出征している超遠距離からでも、凍結して殺してきた。あーしの知覚系にかかればその人がどんな生活をしているか丸裸よ?こいつら、人と言うより獣だわ」
病葉楓の冷酷な発言で狼夜は動揺した。
戦場では頼もしい精密魔道砲台だと思っていたが、そこまで隔絶した能力を持つとも思わなかった。
普段無言で過ごすのは何らかの魔法制御にかかりきりだからかもしれない。
狼夜の精神はまだ平気だが、楓の酷薄な兵器としての側面に触れ狼夜は悲しげに俯く。
「どうしたの?もうお店は見えてるわ。行かないの?」
彼女はキョトンと俺を見つめ俺はぎこちなく歩み始めた。
ラジオをお店でも不調な俺は発見できず店員さんに頼る。
一つのクリスタル型のラジオを受け取った。
大きさは二センチ。
随分と小型化しているが受信範囲と受信環境は俺の知る物よりはるかに高性能で日本列島を離れて地球の反対側でも日本の放送を受信してくれるそうだ。
その話がどこまで本当か俺は大いに疑問だったが少量の魔力充填一回で二年の連続稼働性能を気に入る。
壊れた時の予備含め二つ購入した。
其処で通信端末に連絡があり侯爵の配下のバトラーが伝えた。
「地表部の城まで来てください貴方の子供が生まれました」
俺が性交した相手は侯爵一人だった。
だが常に加奈は避妊してきた。
妊娠したという報告も姿も見た事も聴いたこともない。
その矛盾を感じ俺は酷く動揺して地表部を目指し走りだした。
楓も空中を飛んでついて来た。
焦る気持ちで地表部に向かう。
侯爵が好み、俺の部屋がある小さな館に向かい侯爵軍所属兵士の制服を着込む。
この服を着ないと俺は城に入る事を許されないそうだ。
通信で案内された装甲列車に乗り込み「城」を目指した。
城は空にある。
東京中央にある空港に向かう。
浮遊大型飛行機械を無数に係留する空中桟橋を持つ巨大空港に向かう。
其処から専用小型連絡艦に乗り込み空中に浮かぶ城へと進む。
いわゆる出戸侯爵の持ち城は底面五キロ半径面積を持つ積層型空中要塞だった。
多くの浮遊石を城底部に魔道具化して配置・浮遊成立。
城は二十四の大型レーダーを持ち大型対空砲塔を四十八基外殻部に配置された円形構造。
三重城壁を持ち軍港があり空中戦艦の寄港地として機能を持つ。
緊急時には城をまるごと覆う魔道障壁を発生させる高性能結界発生装置つき。
主兵装に強大な超大型魔道砲を一門もつ。
長い砲身の超大型魔道砲。
今は現在照準を辞め砲身仰角を下げ切っている。
超大型砲はそのまま城の主塔ににある砲基部より伸びた砲身が城の外郭末端に寄りかかる形で沈黙。
超大型魔道砲先端を支える関節化大柱が見える。
その大きな柱が乗るレール絡繰り装置が装甲を外されメンテナンスを受ける姿を見られた。
常駐戦闘員は精鋭ばかり五千名。
城の運用員は二千名。
城で執務を取る家臣団と従者は三千名、合計一万人が生活可能。
空中戦艦五隻への同時補給が可能。
この城は、クローンの出戸加奈が侯爵となってから数百年心血を注いで作り上げた繁栄と権威と軍事力の象徴だった。
この「城」を空中に浮かべる事でドラゴンクラスの超高位モンスターと互角以上に渡り合う事が英雄「加奈」以外の通常軍人にも可能となっている。
この城に俺は入った事が無い。
俺の事が嫌いな人間が大勢この城に居るせいだ。
彼らが加奈のエリート家臣団として城から属領を統治しているから俺はよりつけない。
機械と魔道の融合文明が生み出した最強の城内部に案内されるままに歩む。
何度も実戦運用された城とは思えない美しい内部構造は装飾品とインテリアで溢れている。
内部の人間も戦闘員や機関士はあまり見かけず制服姿の貴顕ばかりだ。
影口としかめ面をよく見かけ、進む。
しかし話しかけられる事無く城の深部へと案内された。
其処には加奈がいて酷く困った顔つきで……
だが嬉しそうな複雑な顔つきで……
豪奢な普段見かけない侯爵の礼服を着込み小さな赤ん坊を見つめている。
赤ん坊はカプセル型保育器に納まり、近くには官僚一人と研究員が複数いた。
官僚のそいつは師岡亮平と言い五十代の純潔日本人。
加奈の側近中の側近である。
この男、クローンで非常識な加奈を長年支え続けた忠臣なのだが出戸加奈を除いたエルフもオーガもドワーフも嫌いな、いわゆる変人だった。
当然、加奈の悪い蟲で愛人な俺を見つけた今も性根は変わらず無暗に怒鳴りつけた。
「貴様っ!侯爵様直属兵なら敬礼はどうしたっ!」
「はっ!失礼しました」
俺は慌てて侯爵と良平に敬礼していく。
俺はそのまま目線で呼び出された理由を加奈に尋ねた。
彼女は静かに囁くように説明してくれた。
事態は嫌な方向に転がる。




