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第十三話「英雄と飼い犬」


           


内部はチェスの盤面のような白黒正方形な床タイルが敷き詰められていた。


薄い赤を基調とした壁とインテリアが部屋を満たしている。


天蓋付きベッドに裸の女がいる。


 銀髪の若い女。


 胸のサイズはそこそこで見ごたえがあり。


シルクのような美しい肌は所々に戦傷の跡が生々しく走り無残。


緑の目をうっすらと開け天蓋を見つめベッド隣の小机から小瓶を手に取り一息で飲み干す。


中身は何か知らないが魔法薬のようだった。


「飲め」


 彼女は見た目と違い年季を感じさせる渋い声でそう言った。

俺に小瓶を投げ渡した。

 鑑定魔法を起動しようとしたら彼女のディスペル魔法で防がれた。


「飲め」


 今度は俺の脳に届く命令伝達魔法を放つ。


二文字の「飲め」という言葉で脳内命令受領装置が起動し強制支配。


俺はいつの間にやら脳改造を受け彼女に逆らえないように調整を受けていたようだ。


小瓶の中身を嚥下する。


甘すぎて薬臭い魔法薬を飲むほどに体内が熱くなる。


興奮剤か麻薬の様だった。


 服を脱げ、彼女は更に俺に命じる。


 私を抱け私だけを愛せ、そんな風に彼女は俺に命じ性交に誘った。

 俺は意識が酩酊する中、静かな狂おしい興奮のままにベッドに上る。

 長い時、愛し合い結合して過ごした。


 寄せて帰す大きな波のような辛く大きな愉悦の時を互いに味わう。


―――、息も絶え絶えになるころ朝だった。


エルフの華奢な白い体は、オーガ混血の俺の巨躯のせいで手の跡がくっきり残り部屋は「事後」の香りで満たされた。


「私が誰か判るか?旧神聖帝国所属自警団員殿?」

「加奈か?」


「加奈が発狂し、そこから回収された魂を再構成した機械天使兵六号加奈オリジンだ。わたしは出戸加奈クローン千二百三十号の正統記憶後継者だ。今は……お前の持ち主だ……」


 そう言って彼女は嬉し気に目を細め美しい笑みを作る。

傷跡塗れの裸体を曝し俺の頬を掴みそっと近づけキスを落とした。


それから二週間。


愛玩動物化したマムルークの様に過ごした。


多くの夜会と食事会に護衛として参加。


英雄加奈のプライベート時間の多くを下手くそな従者として過ごし、夜に抱き合った。


夢の世界に落ちてしまったような気分を味わう。


俺は彼女に抱かれながら、どこかで自分が消えていく音を聞いていた。


それは快楽でも愛でもなく、ただ命令に従う肉体の震えだった。


猟犬として噛みつくべきは女体ではない。


敵を喰いちぎってこそ猟犬。


その思いと熱量を持て余す日々は、音楽ウイリアムテルのそれに似て壮大空虚だった。


俺の心は乾いて行く。


俺は愛玩動物に成りたかったわけでも性奉仕する形ばかりの奴隷軍人になったわけでもない。


第五神聖帝国二等臣民の一人で在りたかった。


今は二等臣民どころか三等臣民ですらなく国家崩壊で所属国家すらない英雄の飼い犬。


溜まらなく嫌な現状は俺の心を焦げ付かせ、焦りを無数に生み出した。


快楽に溺れるのは嫌いじゃないが人としての義務を果たさず報酬を受け取り女を抱き続ける日常は内面が腐って行く。


その感覚が悪夢を頻繁運ぶ生活が始まる。


半年で耐えられなくなり俺の持ち主へ訪ねた。


「俺の義務は?」


そう加奈に尋ねると


「レギオンを産め」


そう命じて給料の出る侯爵家所属正規兵士身分を伍長でくれて戦場へ案内してくれた。


人対人の係争地ではなかった温情。


魔物と言う絶対的に人類と相いれない悪意ある敵性生命の駆逐現場に動員してもらえた。


こうして俺の正義の軍兵ごっこが始まる。

俺は戦場に帰還して英雄の猟犬として魔物の駆除を開始。


戦っては破壊と殺しを続け成果物をご主人さまに持ち帰る日々。


それは慣れ親しんだ世界でホッとする。


俺の周りの士官と下士官と兵士たちは侯爵英雄の威光を授けられた強力な兵器である俺を脅威と見なしてた。


軽い気持ちで俺をからかう者は二号クローンの記憶世界とは違い遠ざかる。


ある種の孤独な理想生活を送れた。


狼夜は魔物と戦い加奈の指揮で軍団を生み出し運用して行く。

クローン二号と違い能力増強された狼夜は一度に五千の兵団を生み出した。


山岳地帯で、


かつての都市残骸で、


僅かな平野部で、


広大な迷宮内部で、


闇に昼間に熱すぎる夏に雪の多すぎる冬に迷宮内部の猛毒瘴気を突っ切る。


武装を構え魔道砲撃を立体高速移動中に放つ。


爆炎の中、俺は一瞬だけ空を見上げた。


そこには何もなかった。


ただ、灰色の雲が流れていた。


敵を爆破しハルバートを構え強敵と斬り結ぶ。


生み出した五千の異形の兵団を伴い夕日の中・敵弾幕を突破し現地の要塞化された魔物王国を疾駆する。


千万のアンデット軍団支配者にして敵首塊リッチの放つ大魔法爆撃の中、英雄加奈の突撃進路を切り開くために泥と埃と火傷に塗れ戦う。


生き延び敵防衛線を犬みたいに噛み破る。


飼い犬の成果に喜んだ英雄は突撃する。


敵首塊を瞬間的に討取る突撃実行。


早すぎて火力過剰な成果を叩き出し、戦場は勝利に沸き返る。


こうして、クローン二号の生存時間記録を越えてクローン三号の俺は戦場で二歳に成った。


二年間の戦線放浪の果て、一時の休息を得る。


俺は耳にワイヤレス・イヤホンを嵌める。


戦場までついてきた冬精霊兵器病葉楓の軽傷に消毒液と回復薬を塗り込み包帯を巻きながら「ラ・カンパネラ」を聞き続けた。


彼女は二年を経てもほんの少女ままで非現実的なまでに美しい。


どうやら人と違い成長しないと実感で理解した。


彼女の傷を治療して脱がせた服を渡すとぶきっちょに彼女は着込む。


無表情で彼女は俺にどこまでも付いて来て昔のように話しかけてくることは減った。


何が楽しいのか判らないが無償で俺に奉仕を続け酷く後ろめたい気持ちに苛まれた。


場所は野戦陣地軍令本部付近に設営されたテント内。


コーヒーとタバコの香りで満ちた一室。


他の傷病兵と共に楓の頭を撫で軍用カロリーバーを彼女に授けると無表情で一心不乱に齧り始めた。


チョコナッツバーは嫌いじゃないらしい。


懐かしい友人ホッジスの好みと同じで俺はクスリと笑う。


彼女は笑う俺を見上げ不思議そうに小首をかしげた。


今回の戦争で魔物王国の駆逐は成った。


日本列島が安定したことで俺の飼い主である侯爵は戦場を離れ政治家として動いた。


彼女は政治家のベールに包まれ何をしているのか、飼い犬の俺には見えなくなった。


俺は、誰かの命令で動くことに慣れすぎた。


自分の意思が、どこにあるのか分からなくなっていた。




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