第十二話「チープ・ヒューマニスト朧家狼夜」
俺は間髪入れず仲間を浮遊騎士鎧に捕ませ空へと脱出した。
背後でタッチの差でダンジョン壁が急速修復されて行く。
まごついていれば修復壁にはさまれていただろう。
俺たちはほっと溜息をもらす。
浮遊騎士鎧は地上へ高速降下し地上まで高度百メートルにたどり着き減速して行く。
俺は仲間たちの歓声を受けながら限界を迎えどんどん出血して行く。
両目からも出血し視界が霞み意識が朦朧となる。
そんな中、笑顔で俺に抱き着く出戸加奈の胸の感覚を味わい、ニヤつきつつ目を瞑る。
体中が痛くて疲労が広がり燃えるように熱い。
けれども俺は出戸加奈が生きていて何だか幸せだった。
地上まで残り十メートル。
そこで意識が途絶えた。
そう、俺はここでまた死んだ。
小隊は残存生存兵五名をもって本体に帰隊。
蔵王連峰ダンジョン討伐戦はこうして終わった。
死者の朧家狼夜を担いで本隊に帰隊した出戸加奈クローン千二百三十号は葬式をかたくなに拒否。
彼女は発狂した。
発狂への理由。
それは、俺への執着もあったがそれよりも過酷な戦場を渡り歩き精神が疲弊しきっていた弊害だった。
俺と言う友人の死は単なるトリガーにすぎない。
第五神聖帝国軍所属第二仙台軍令本部は彼女を破棄処分と見なした。
加奈より魂を抽出・肉体を焼却炉で燃やしこの世から完全に消した。
抽出された魂を使い、東京第四軍事研究所は「機械天使兵六号、加奈オリジン」を生成・各戦線で投入され大規模な戦勝と武功を上げた。
「機械天使兵六号、加奈オリジン」は戦功膨大を根拠に人権を得て第一等臣民の地位を手に入れた。
その後も戦線を渡り歩き英雄となり多くの蓄財に成功。
富貴をもって朧家狼夜二号遺体に固執。
朧家狼夜クローニング三号の私的生成に施設研究員を動員に成功。
第二仙台軍令本部を私的動員して軍事研究完成を急ぐ。
長い時をかけ「レギオンマスター朧家狼夜」を完成させた。
時、第五神聖帝国崩壊より三百二十年が経過していた。
現在、日本列島は無政府状態の戦国時代を迎えている。
多くの純潔日本人が失われ皇族からも戦死者を出し国は徐々に統合されて行く。
魔法を持つ封建領主が生まれ支配する奇妙な諸侯国へと日本列島は改変されて行く。
出戸加奈。
クローン千二百三十号の記憶を引き継いだ機械天使兵六号「加奈オリジン」
彼女はエルフの長命で戦国時代を生き残り戦闘能力に物を言わせ東京地下遺跡より回収した改良兵器・「冬精霊、病葉楓」を再構築・復元。
レギオンマスター朧家狼夜の私的配下に奴隷として病葉楓を配置。
以降、日本列島の三分の一を支配する侯爵として「加奈オリジン」は君臨。
名前を出戸加奈と名乗り多くの臣民と属領を抱える諸侯となった。
彼女は自分が抱え込んだ生物兵器「朧家狼夜」と冬精霊兵器「病葉楓」を侍らせた。
しかし兵器運用せず封印の中に眠らせ加奈個人の圧倒的な戦闘能力で戦場の支配者となり日本列島の多くを占めるダンジョンを粉砕した。
日本列島は加奈侯爵の戦争指導で急速に治安改善が進み安定化を果たす。
そんな日本列島を傍目に世界でも変革が起きる。
魔物が跋扈した世界の変質だ。
多くの人類が流入した魔素の影響で嫌が応もなく進化を促され変質。
魔物ばかりの世界で人類は世界各地で新たな能力「魔法」の運用能力を獲得していく。
生き残りたちは反撃の狼煙を上げた。
多くの戦闘を経て魔物を徐々に駆逐。
安全な土地を得て新人類から民族国家と宗教が勃興し新たな文明世界が出来上がって行く。
ユーラシア大陸も南北アメリカ大陸もオーストラリア亜大陸も多くの魔法を使う新人類によって小国家群成立を果たす。
ヨーロッパでは魔法国家群が連合を組み、旧EU圏を再構築。
南北アメリカでは魔法宗教が台頭し、神政国家が乱立。
オーストラリアでは魔法生物との共存都市が誕生。
アフリカでは偉大な帝国の萌芽があった。
本来、―――大日本帝国の系譜であった第五神聖帝国。
この帝国ははこうなる前にマッドサイエンティストにして大日本帝国の政治をもてあそんだ闇のフィクサー天狗党党首「福部薫」の指示通りに世界征服を果たすつもりであった。
が、長い時を、大規模戦争から離れて戦士としての本能を失った純潔日本人にその気概は無かった。
帝国は日本列島の地下都市に引きこもり富裕層として平和を謳歌した。
その後、―――生産した多くのクローン兵の反乱に悩み純潔日本民族四億人は没落と国家崩壊を味わった。
そんな中、―――俺は目覚めた。
目覚めるとそこは、館でありランプ型発光装置によって朧に光源を得た夜の部屋。
大きすぎるベッドで白いシーツを掛けられていた。
部屋の扉は開け放たれ扉奥よりリストの「愛の夢」を耳にした。
ピアノの切ない音色、誘われるように俺はベッドから降り立つ。
裸だ。
近くにある迷彩型カーゴパンツを履くとサイズはぴったり。
カーキー色のワーカーシャツもそこにあり有難く着込む。
見慣れた魔道具化装甲ブーツのベルト式フィット装置を操り俺は足を締め上げる。
暗い館を進み、音源へと導かれる。
自動ピアノが延々と鍵盤を叩く階段下ホール。
その場所に高価で美しいソファーがあり観客が一人座っている。
白の袖なしワンピースを着る亜麻色の髪の少女。
彼女の周りにはクリスタル氷で出来た長すぎる茨棘が無数に生えている。
俺は二階バルコニーから身を躍らせ落下、彼女の元を目指すべく着地。
二メートル五十センチの巨躯が二階の高さから落下して直撃しても床は壊れなかった。
床は魔法障壁をわずかに展開して衝撃を吸収。
俺の着地に少女も気づき小首をかしげた。
自動ピアノは流し続ける音楽を夜想曲に変更。
ショパンのゆっくりとした音楽が流れ始めた。
「初めまして俺はロウヤ」
「牢屋?閉じ込めるの?」
「狼の夜だ」
「変な名前」
「君の名前は?」
「病葉楓」
「ひどい名前だ」
そう言うと彼女は俯いて泣き出した。
慌てて俺は謝る。
彼女は不満げにこちらを見上げる。
「謝るなら頭を撫でて……」
そう言われ俺は従う、ピアノ音楽を聴きながら二人は静かに過ごす。
そんな五分後彼女は言った。
「朧家狼夜、クローニング三号の貴方に合わせたい人が居る。付いて来て……」
そう言って楓は立ち上がり歩み始めた。
彼女が歩むたびに床に霜が落ちクリスタル氷の棘が無数に小さく生えた。
彼女の姿におぼろげながら戦場での記憶が刺激され第二仙台市スラムで見たエルフ少女との類似までもが思い出された。
三階主人室へと案内された俺は思わず質問した。
「君は蔵王連峰に住んでいた冬精霊?」
「違う、そいつの残骸をテストヘッドに作られた合成人間。庇護者が欲しい駄目兵器……」
そう言うと主人室のノックを忘れ俺に振り向きじっと見つめてきた。
長すぎる亜麻色の髪が風もないのに揺らめき広がり、彼女は爆発寸前な思いつめた表情で俺に質問する。
「ろうや、貴方はあーしを大切にしてくれる?あの日あの時第二仙台市地上区画第45地区の廃屋で死の淵から助けてくれたように、もう一度、あーしの事、助けてくれる?朧家狼夜、あーしのマスタ、愛しい人、、、あーしを気持ち悪がらないって約束してくれる?」
言われて俺は戸惑う。
心当たりはあるが、答えを持たない。
俺は粗雑な兵士、突撃能力だけが取り柄の兵士だ。
それも何度も死にオリジナルから遠くなった大まぬけだ。
一人の少女を守れるほど御大層な身分ではない気がした。
誤魔化すように彼女を抱き上げた。
そっと頬を撫で「案内ご苦労様」そう言って背後に降ろし俺は主人室の扉をノックする。
何が待ち受けるにせよ、この先の人物に話を聞かねば先に進めない。
そんな気がした。
自動ピアノの流す旋律はさらに変化していて幻想即興曲、英雄ポロネーズを流し始めていた。
俺は英雄じゃない。
だが、部屋の内部の人物は英雄かもしれない。
そんな事を考えて扉を開いた。




