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除外したもの倉庫

バウムクーヘンエンド以下の魔王

作者: わやこな


「どうしてこうなったと思う?」


 魔王がぽつりとつぶやいた。

 悲哀でも怒りでもなく、単純な疑問。それがうっかり言葉として滑り落ちたのだ。

 それを察することができたのは、幸か不幸か新参者のスクナ一人だった。


「貴女様の才があり過ぎたからでは?」


 辛い沈黙の時間が降りる前に、即座に返したのは魔王腹心の生人形タボレッテだ。この魔王が魔王たる前より、見守ってきたという魔王様全肯定の魔物は、当然のように魔王を褒め称えた。


「わたくしめも、貴女様がここまで上りつめるとは思いもよらず……想像以上の結果を成し遂げるその器、素晴らしいことこの上ないです」

「そう。私も思っていなかった」


 魔王トレヴィナは深くうなずいた。

 スクナは退室するタイミングを逃した。魔王にこれを持っていってくれと、家族から頼まれた特別な菓子折りとやらを捧げたところでこれである。

 魔王は受け取った美しい包装の菓子折りを眺めて、ふう、と長い溜息をついた。そして、静かに笑った。


「ふふっ、これが結婚の引き出物。消えものなんだねえ……ふふふ」

「おいたわしや」


 涙なんて出やしないのに、タボレッテはハンカチをどこからともなく取り出すと自分の目元に当てた。つるりとした陶器の肌には目も口もない。仕草だけは完ぺきに人間じみている。


「君、スクナ、といったっけ」

「……はい」


 いいえ違います。そう言えたらどんなに良かったか。

 魔王であるとはいえ、トレヴィナは襲名して数年の新参魔王だ。

 スクナが物見遊山の各国をまたいだ遊興から帰ってきたら、突如として修羅の国だった魔族の国を統べる者が入れ替わっていた。

 もともと人間だったと聞くが、その強さは異様。どんな突然変異が起きたら、こんな生き物が爆誕したのかと思わずにはいられない。


 魔王トレヴィナの見た目は、まだ人間だ。

 どこにでもいるような、茶髪に黒い目の農村の娘。見目も際立って美しくはないが不器量ではない。

 そこそこに鼻は高く、そこそこにぱっちりした目。そこそこに愛嬌のある……まあ、普通よりちょっとは可愛いと評される妙齢の娘である。

 頭部に突き出た二本の大きな角だけが、彼女を人外だと表していた。垂直に生えて先端にいくほど外側にねじ曲がった角を見るたびに、こいつは普通の範疇にないなとスクナは安心を覚えた。

 立派な角は強い魔族の証である。というよりも、人間にない要素はすべて魔族の証だ。

 魔族の中でも、魔王トレヴィナほどの大きくて立派な角は見たこともない。それに、トレヴィナの角は折れても欠けてもすぐに元に戻る。魔力や生命力がすぐれている証拠だ。


「私が魔族の王に上り詰めた理由、知っているかな」

「え、いいえ」


 元が人間の、それも一介の村娘だった魔王は誰にも気安い。

 ただ舐められると手と足ついでにブレスで焼き尽くされるともっぱらのウワサだ。スクナは懸命に首を振った。

 魔王の目は細く閉じられ、じいとスクナに視線が注がれる。スクナは直視をさけて、魔王の首元あたりに注目した。スクナでも簡単に折れそうな人間の首だ。

 しかし上から注がれる圧が怖い。怖すぎる。


「貴女様の孤高の決意は、わたくしめだけに話してくれたものではないですか」


 取りなしたわけではないだろう。拗ねた口調のタボレッテが、膨らむはずのない頬を両拳で抑えてあざといアピールしている。


「それは貴女様が幼き頃より、ずうっとわたくしめをお相手に真摯に練習なさってきた秘事。貴女様とわたくしめだけの思い出であります!」

「ううーっ、黒歴史!」


 途端、魔王が呻いた。


「貴女様に振り向かなかった……いいえ、好意に気づきもしなかった! たかが村人のシグフリドいかなるものぞ! 愛の言葉をささやかれ、貴女様に必要とされたのはこのタボレットただ一人! ですよね、貴女様!」

「誤算、誤算なのおおお」


 魔王がのたうち回った。

 今ならてっぺんとれちゃうかな。ふっと思ったが、スクナは賢いので大人しく待った。勝手に帰ろうと後ろをちらっと見たが、門番らしき召使たちが首を振っていた。

 なんで、と目で訴えたら両手をクロスさせてさらに首を振られた。

 駄目らしい。


(こいつら、俺を人身御供にする気だ……!!)


 自分たちが話に巻き込まれたくないばかりに、スクナを留まらせるつもりだ。さすが魔族。自分本位主義極まれりな自由奔放さが売りの種族。自分勝手ともいう。


(うん? 俺の家の奴もいる。なに、取り入れ? 馬鹿言うな、お前らがやれよ……あーっ逃げやがった!)


 ぱちぱちと瞬きと口パクで抗議のやり取りしているうちに、魔王たちの寸劇は終わったらしい。

 わざとらしい咳払いに、スクナは身を正して視線を戻した。


「遡ること、私が何も知らない子どもだったころ……」


 あ、話すんですね。口から茶化す言葉が出ないように、唇を引き結んでスクナは顎を引いた。


「私には、将来を誓い合った相手がいた」

「一方的に思いを寄せていた相手ですね」


 副音声のようなタボレッテの補足がする。トレヴィナは真面目な顔で、遠い目をしながら話をつづけた。


「彼の名前はシグフリド。同じ村の猟師の息子として生まれた彼は、とても素朴な人だったわ」

「本当に何の変哲もない、普通過ぎる、模範的村人でした」

「そう。模範的に普通で、特別でもなく、善良な人。そこが、良かった……!」


 渾身のためでトレヴィナはうっとりと息を吐いた。


「勉強も、運動も、働きも、何一つ秀でるというわけもなく! ただただ、善良! それが、良かった!!」


 タボレッテがうんうんとうなずいている。いまいち共感しづらいが、スクナもとりあえずうなずいた。


「かくいう私も普通の村娘だったの。でも、好きな相手にはよく見られたいじゃない?」

「当然の帰結ですね」

「だから、励んだの。まずは彼の背丈に似た人形を作って夜な夜な話しかける練習をしたわ。寝る間も惜しんで続けて……できたのが、彼よ」

「美しい誕生秘話ですね」


 またハンカチを目元にあててタボレッテがよいしょした。


「まあ、人の形を模したものに命が宿るのは、お話にも聞いたことがあるし。うん、そこはいいのよ」


(うちの錬金術師が聞いたら卒倒するんだけどなあ! そんなはずないんだけどなあ!)


 つっこみを脳内でいれつつも、スクナは真顔を取り繕った。


「次に、いざって時に互いを助け合えるっていいじゃない。体は田舎暮らしでは何をするにも資本となるわ。だから次に、体を鍛えたのね」

「極めすぎて、気と魔力に目覚め、より高みへと昇られました。なんと素晴らしいことか」

「ええ。強い奴を求めて戦い、その最中で得たものを食べるその日暮らしをして……角が生えたわ。捥いだら痛いし、また生えるしで、いいことがないわよね魔族」

「貴女様が言うなら、そうかもしれませんね!」


(駄目だこいつ。お前も魔物だろう)


 タボレッテはスクナを無視して、トレヴィナばかりを見ている。通常運転だ。こんなのが魔族の現ナンバー2である。世も末では。

 もう一度、外に飛び出したくなってきたスクナをよそに魔王の話はまだ続く。


「気づいたらごちゃごちゃ抗争中の魔族の領土争いに巻き込まれて、えいっとやっちゃったから今に至るわけだけど」

「今も忘れはしませぬ。手に汗握る一大スペクタクル。わたくしめ、ときめき魔物&魔王メモリアル、略してときマモを続編含め鋭意執筆中です。これを歴史的教科書にしたく存じます」


 タボレッテの手には分厚い辞書なみの本があった。装丁からして、ごてごてきらきらと凄まじい主張をしている。目に痛い発色をしたそれを誇らしげに魔王へと掲げた。


「えっ、何それ」

「貴女様の夜ごとの渾身の言葉の数々を始めとして、わたくしめと貴女様のめくるめくる思い出と共に魔族どもをしばき倒した歴史を辿る作品です。渾身の一品にございます」

「あなた、これをどうするって?」

「全魔物、全魔族へ……いいえ、全世界に発信してもよいかと」

「廃棄よ」


 本が魔王ビームで消えた。


「ご無体な!」


 追いすがろうとするタボレッテを一息で吹き飛ばし、魔王トレヴィナは豪奢な椅子に座りなおした。

 そして重々しい顔で手元の菓子折りを掲げた。


「ともかく。そうこうしている間に、彼は他村の娘と結婚したというわけ……で、祝いの返礼品をあなたが持ってきた今に繋がるのよ」

「はい、ああ、そうですか」


 どうりで、誰も持っていきたがらなかったわけだ。

 特別手当をたくさんつけるからと、国内情勢もまだ完全把握できていなかったスクナを送り出した家族は確信犯だったに違いない。

 家族曰く、「お前の無害そうな姿かたちは魔王のお眼鏡にかなうはずだから」らしい。余計なお世話である。

 強面一族のなかでは、唯一と言ってもいいほど優男なのだ。だから外に出てあれこれするのに向いていた。


「彼の面影を思わせる、そんなあなたからこの引き出物を渡された私の気持ち、わかるかしら」


 本当に、あの家族は余計なお世話をしてくれたらしい。

 やばい引き金をひいたのではと、スクナは冷や汗が噴き出す心地がした。


「とくにあなた、その小麦を思わせる髪色。彼に似ているわね。目を細めたら大体彼だわ」

「ええ……」


 緩い判定にもほどがある。ほぼほぼ目を閉じているような目つきの魔王は、手をスクナにかざした。


「待って! 動かないで。そう、そのまま斜め右を向いて。ええっ、いいかも。そうね、もうちょっと首を下に向けて。あらやだーぁ、そっくり!!」


 それ輪郭だけを見ていないか。

 スクナは言われたとおりに動きながら、また小さく「えぇ」と戸惑いの声を上げた。


「ジェネリックシグフリド」

「スクナです」

「いいえ、今日からお前は、ジェネリックシグフリドですよ。うらやましい!」


 横入がきた。

 復活したタボレッテが四つん這いでこちらを向いている。


「貴女様のご興味が割かれてしまう! 口惜しい!」

「ああ、このぼやけた視界……懐かしい。よくこうして見守ったもの。シグフリド、幸せになったのね、私でない相手と」


 菓子折りを抱えたまま、魔王は宙を仰ぎ見た。深く背もたれに身を沈め、すん、と鼻をすすった。タボレッテがすかさずハンカチを差し出した。


「あの……疑問を一つ、よろしいですか」

「どうぞ」


 鼻をかんで、トレヴィナは答えた。投げやりな姿勢のままだが、誰も咎めはしない。はなからこの新魔王に威厳や威容を誰も求めていない。ただ強ければ正義なのである。


「奪えばよろしいのでは」

「駄目でしょ、そんなの!」


 トレヴィナがバネのように飛び起きた。


「私はね、彼の善良さに惚れこみ、愛し、尊重しているのよ。おわかり?」

「え、と。ですから配下の誰かに任せて、洗脳すれば済むかと」

「自らの意思で! すすんで! 私を選んでほしいのよ。乙女心よ、わからないのねえ!」

「ええ……すみません」


 独特の価値観に、スクナはたじたじと返事をした。鼻息荒くトレヴィナは「いいこと」と続けた。


「だから私は、影に日向に彼の成長を見守り続けてきたのよ。選ばれなかったけど!」

「正直、わたくしめに向ける言葉の一つ、シグフリドめに向ければよろしかったと思いますけど。結果、偉大な貴女様が生まれたのでわたくしめは満足です」


 なるほど。

 スクナは理解した。


(対象に何もしなかったからこうなったと……当然では?)


 その思考が筒抜けだったのか、トレヴィナはじたばたと足をばたつかせた。菓子折りを投げようとして、留めて振り回している。


「そうよ! 私の意気地が足りなかったせい! ぜーんぶ、私が悪いのよお!! 世の中クソ! 全部クソですよ!」

「貴女様、貴女様、落ち着きになって。菓子折りにメモがございましたよ。今、中から飛び落ちてきました。読みましょうか」

「うう……うぅうう、シグフリドから? 彼女と二人で幸せです的な文章だったらいらないわ」

「はい、読みますね」


 そして、タボレッテは紙面を開いて視線を向けると沈黙した。

 読まないのか。

 不思議に思っていると、そのままスクナに渡してきた。読めと小突かれた。


「……前略。村の平和に貢献した君という存在に、僕たちは感謝しています。おかげで素晴らしい縁も繋がったこと。本当にありがたいと思います」

「おおん」


 トレヴィナが口を抑えて吠えた。


「思えば君は、幼いときから何事にも一生懸命で、そんな姿に実は励まされていました」

「あっあっ、ああ」


 ちら、と恐るべき魔王の様子を見ると、隣に控えていたタボレッテが続けろと大げさにリアクションしていた。ナンバー2の迫真のリアクションに、スクナは引きつつも続けた。


「身一つで挑戦し続ける姿を見て、僕も頑張ろうと勇気をもらっていました。だから、こうして、この場に立てているのだと今思っています」

「う゛ッ! はあ、ふう、つ、続けて」

「君からしたら小さすぎる僕の歩みではありますが、人生の大いなる一歩となりました。それに感謝をし、ささやかながらお返しを用意しました」

「はあ……ッ、はあっ……!」

「僕が見つけ、彼女が作り上げた素材で作った特別な菓子です。村の偉大な恩人にぜひとも味わってほしくお贈りします。敬具、君の行く末がさらに輝かしいものであることを祈っています」

「うう゛―っ、おおおっ、う、うおお」


 どんな感情だ。

 嗚咽を上げたトレヴィナの肩を、甲斐甲斐しくタボレッテは撫でて満足そうにうなずいている。


「シグフリド、なんて良い人……! 挨拶しかしたことないのに!」

「よくそれで好きになってもらえると思ってましたね」


 思わず口をついて出てしまった。

 外面の良かった自分らしくもない。魔王の幼稚さすら感じる気安さのせいだ。

 は、と口を押さえた時にはもう遅かった。

 トレヴィナは聞いたこともない奇妙な声を上げて、動きを止めた。


「ジェネリックシグフリド、お前……事実は時として人を傷つけるのですよ!」

「いや、すみません。ですが、打たれ弱すぎでは」


 胸を抑えたまま、トレヴィナが椅子にもたれかかった。そのまま沈黙してふっと意識を飛ばした。


「おいたわしや……こうもやられておしまいになるとは」


「なんと!!」


タボレッテの言葉を聞いた部屋前の者たちは、我先に入ってきた。ずっと見守って、この時を待っていたのかと思うほどのてきぱきとした仕事ぶりだった。


「新魔王様倒れたってことは、代替わりだーッ! うおおお、スクナ様万歳!」

「王配トレヴィナ様決定! 回せ回せ、文書証書回せえー!」


(……は!? やられた!)


 あっという間に、魔族たちが一斉に動き出した。


「既成事実さえありゃあ、こっちのもの! ついに我が家門の不良物件が身を固めてくださった。やったぜ!」

「お前、うちの家の者だな!? なんてことを」


「なんですってジェネリックシグフリド、ずるいですよ! そんな大それたことを考えていたなんて!」


 トレヴィナを抱えたまま、タボレッテが叫んだ。

 違う。まったく考えていない。

 ぶんぶんとスクナが首を横に否定しても、周りのはしゃぎぶりのせいで信用してもらえそうにない。

 さすがに騒ぎに気付いたのか、トレヴィナがゆっくりと目を開けた。ざわめいて部屋の模様替えや慌ただしく動く者たち、嘆くタボレッテ、途方に暮れているスクナと順々に視線を向けた。


「え……何事」

「あなたさまが、ジェネリックシグフリドの魔の手にかかったのです」

「言い方! ちが、違います魔王トレヴィナ。俺はそんなつもりはなく」

「そんなつもりなく、わたくしめの貴女様に言い寄ったと!? なんたる不遜!」

「違う違う違う」


 誤解だ。

 頼むから自分の言い分を聞いてほしい。そんな気持ちを込めて、スクナはトレヴィナをじっと見つめた。


「きゃっ」


 両側の頬を抑えて、トレヴィナが恥じらった。


「失意のなかで言い寄られるなんて、そんな、物語みたい。ねっ、タボレッテ」

「わたくしめで練習した、第三の間男が現れた回ですか貴女様」

「ふんッ!」


 タボレッテが吹き飛ばされた。壁に埋まったまま沈黙した。


「前向きに検討しましょう」


 にこっと微笑んで、いそいそと菓子折り小脇に抱えたトレヴィナが寄ってきた。

 角は大きいが背丈は普通の女性だ。スクナより幾分か低い頭を見るが、先ほどの様子を見るに侮るなんて到底できなかった。


「スクナ」

「……はい」

「同じ、ナ、で終わる名前とか、お似合いかもしれない。運命を感じるわ」

「すごい強引な理由すぎませんか。いやあ、どうでしょう。そこの俺を差し出した奴とかエサンサナといいますけど」


 スクナは内装をせっせと変えている男、エサンサナを指さした。屈強な肉体を持つナイスガイと名高い、スクナの家の侍従だ。

 しかしそのナイスガイさを消し去り、エサンサナは残像を残して首を振っている。


「好みじゃないんで! もっとでっかい女性がいいです! あともっと派手な感じでお願いします!」

「まーあ、なんって正直な口」


 にこにこと微笑んだまま、魔王の鉄槌が落ちた。壁の装飾品が増えてしまった。


「私としても、傷心の身。身代わりを立てれば気が晴れるかもしれない……そんな希望を、今、抱き始めているところよ」

「前向きすぎる。いや、魔王トレヴィナの好みもあるでしょうし、俺も」

「私が好みでないと?」

「……なきにしもあらずですが!」


 スクナは圧に負けてしまった。


(いやいやいや。いや、いやいや。まあ、魔族にない小さな体躯は悪くないけども。それ以外が怖いというか)


 真顔でこちらを見るトレヴィナは、これ見よがしに壁の動く下半身オブジェへと視線を向けた。

 視線が言っている。お前もこれに連なりたいか。そう言っている。


「あのね、スクナ? 私、傷心なの」

「はい」

「そんな中で意識がふらーっといって、書類でまとめられちゃったと聞かされたの」

「はい」

「どうよ」

「……誠意を尽くしてお仕えしたいと思います」

「なるほど。尽くす系男子。シグフリドとはまた違うのね」


 値踏みをするような目はやめてほしい。視線をうろつかせてスクナは「善処します」と小さく言った。


「恋を上書きし、愛を積み重ね。今度こそ幸せを掴んでみせる! まあもう、王配? 手に入っちゃったみたいだけど! 今ならこの菓子さえも容易く消費してみせるわっ」


 無造作に菓子折りの包みを開いて箱を開ける。

 ハート形の焼き菓子が入っていた。何層にも重なった生地が、職人の腕の良さを感じさせた。中心には幸せそうな二人の絵姿を模した平たい焼き菓子が鎮座していた。


「ふんっぬ!」


 手刀で真っ二つに割った焼き菓子を手に、半笑いのトレヴィナがスクナを仰ぎ見た。

 目は光もない夜の底。真っ黒だった。


「幸せに、するわよね? なれるわよね?」

「が、頑張りましょう……その、お互いに」


 同情半分。

 またまた口をついて出てきた言葉に、スクナは割れた片側の焼き菓子を手に取った。


「じゃあ、その、お互いの意見の擦り合わせからで……せっかくだから食べてしまいませんか。もったいないし」

「うん……食べる」


 トレヴィナは菓子をむさぼりながら、黙ってうなずいた。

 涙目で潤んだ丸い目やもそもそ動く唇は、可愛く見えなくもない。大人しい姿にそう思えてしまった。

スクナはこの騒動で疲れたのかなと、自分も菓子をまとめて口に放り込んだ。

 なんだか、めちゃくちゃ甘く感じた。






 なお、このことがきっかけとなり、なんだかんだで破れ鍋に綴じ蓋のような魔王夫婦が誕生したとかしないとか。


 以降、魔族の結婚の際には、とあるしきたりが追加された。

 親しい友人夫妻を模した焼き菓子を真っ二つにした後、互いに願いを込めて食べることが始まったのも、この代のことからである。

 経緯については、当時の腹心だった者の手記に書かれていたが、著者の多大なバイアスがかかっていたため真実はいまだ不明なままとなっている。








なんだかんだで、うまくまとまったようです。


ここまでお読みくださり、ありがとうございました。

これを異世界恋愛として投稿する勇気は、私にはなかった。

たぶんコメディです。ラブはちょっとあるかもしれません。あったらいいなと思います。


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