第8話
(セレナ視点)
手を下すつもりは、なかったのよ。
私はいつだって、静かに微笑んでいればよかった。
そうすれば誰もが私を讃え、尊び、王子も隣にいてくれる。
愛人がいるのは知っていたわ。
昔から、あの人はそういう人だったもの。
でもそれでいいの。
私の価値は、“穢れないこと”にあるから。
それに、結婚する前に王子の欲望が私に向かわないように、
下位貴族の娘たちが“受け皿”になってくれるのなら、それはとても――便利なことだった。
美しいとか、可憐とか、可愛いとか。
そんな女たちが、甘い夢を見て、王子に抱かれて、
やがて捨てられて、落ちていく。
あの目に宿る絶望が、
肌の白さがくすんでいく様が――たまらなく、気持ちよかったの。
だって、そうでしょう?
“私だけが、本当に愛されている”
それを証明するには、
他の女が“愛されなかった”と壊れていく様を見届けるしかないじゃない。
……でも。
あのアリアナだけは――どうしても、許せなかった。
あの人が、彼女に本気になりかけている気がしたの。
笑い方、話し方、視線の温度。
“私”には見せない顔を、あの娘に見せていた。
王子は「君だけだよ」と言ってくれる。
「あんなの、ただの性欲処理の人形だ」とも。
でも、信じられなかった。
だから、手を下した。
虫を詰めた紅茶。
取るに足らない嫌がらせ。
牽制、ただそれだけ。
……なのに、あの娘は怯えもせず、涙も見せず、立っていた。
まるで、“何か”に守られているかのように。
怖い。
怖いの。
彼女が、王子の本気を引き出してしまうんじゃないかって。
だってそれは――
“私が選ばれた存在”じゃなくなることを、意味するから。




