第3話
「……婚約者? 王子様に?」
アリアナの言葉に、部屋にいた友人たち――エリス、マリナ、リュシアが顔を見合わせた。
学院の寮、午後の紅茶の時間。アリアナの部屋には、同じクラスの令嬢たちが集まっていた。
エリスは子爵家の娘で、優等生。マリナは有名な商会を持つ男爵家の娘でおしゃべり好き。リュシアは貴族ではないが、特待生として優秀な成績を誇る少女だ。
「うーん、私は聞いたことないわよ? 婚約者なんて」
マリナが首を傾げる。
「わたしも、そんな噂は耳に入ってないです」
リュシアが真面目に答える。エリスも頷いた。
「王子様が誰かと婚約していたら、学院内でそれなりに話題になっているはずよ。ましてや相手が公爵令嬢なんてことになれば、もっとね」
「でしょう?」
アリアナは思わず、胸をなで下ろした。
セレナ・エルメイア。完璧な容姿と立ち居振る舞い。学院内でも有名な公爵家の娘。その彼女が「婚約者」――そんな話が本当だったら、アリアナはとても耐えられなかった。
「でも……昨日、あのセレナ様に、“婚約者の存在”をほのめかされたの。王子のこと、あまり近づかないほうがいいって」
「えっ、セレナ様が……?」
三人が顔を曇らせる。
「なんか、こわ……」
「嫌味……というより、牽制ね」
エリスが静かに言った。
「でも、私たちが知らないってことは、少なくとも“公にはされていない”ってことよ。アリアナ、あなたが王子様と親しいの、皆知ってるわ。学院中が噂してるもの」
「そうだよ! アリアナちゃん、すごく好かれてると思う。王子様って、あんなに柔らかく誰かに接してるの、見たことないもの!」
マリナが両手を広げて言った。
「だから……自信持っていいと思う。王子様のこと、信じて」
アリアナは、少し泣きそうになりながら笑った。
「ありがとう、みんな」
でも、胸の奥では、昨日のセレナの冷たい声がまだ渦巻いていた。
“婚約者がいらっしゃるかどうか……気になるなら、お友達に聞いてみたら?”
彼女は、こうなることを予想していたのだろうか。
そして――アリアナの中で、ほんの小さな違和感が、静かに芽吹いた。