第18話
「アリアナ、お前に伝えておかなければならないことがある」
父・エリアスは、深く息を吐いてから、ゆっくりと席についた。
その表情に、どこか昔の“父親”らしさが戻っていた。
「……今度は、“リース家の物語”を話そう」
アリアナは無言で頷く。父の語る言葉のひとつひとつが、もはや自分と無関係ではないと理解していた。
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かつて、リース家はアストリア王国において、「王家を守る一族」として特別な地位を与えられていた。
その地位は公爵、名誉、そして神蛇の巫門――王家の均衡を保つ「神の剣」とも呼ばれていた。
「我々の先祖は、王家を守りながら、時にその血を断つ役割も担っていた。
“神蛇の巫女”は、ただの儀式の巫女ではない。王権と国の均衡を、神の意志で正すための存在だった」
しかしその力は、王家にとって“恐れ”となった。
「強すぎた力は、やがて排除の対象となる。
王家は我が家を“危険な家系”とし、貴族会議を動かして爵位を剥奪。
“信仰の過激化”という口実を使い、公爵から男爵へと落とした。都からも追放した」
リース家の力は、表からは完全に消えた。だが、血は生きていた。
「私たちは表では大人しく“辺境の男爵家”を演じてきた。だが、水面下では常に牙を研ぎ続けていた。
その一つが――隣国との連携だ」
アリアナの眉がわずかに動く。
「隣国との繋がりは、かつて神蛇の信仰を共有していたことから始まった。
今も隣国には、“神蛇教団”の分派が残っている。王家の力を削ぐことで、“神蛇の巫女”が再び歴史の表に立つ時代が来る」
そして、その時が「今」だった。
「第一王子・レオノール――彼は王位継承の最有力だった。
だからこそ、我々は“宝具”を通じて呪いを送り込んだ。
隣国の使節団が“友好の証”と称して贈った《神蛇の契宝》。それを作ったのは私だ」
アリアナは息を詰める。
(あの夜、腕に蛇の呪いが現れたのは――父の作った、呪詛の仕掛けだった)
「王子が契印を宿したことで、王家の魔力は弱まり始めた。
そこへ、お前が愛を通じて繋がり、精を受けた状態で、呪いを引き受けた」
エリアスの目が細くなる。
「これで完成だ。王家の力は、お前に流れた。
“王たる力”の象徴――魔力の核は、神蛇の巫女であるお前の中にある。
そして王家は、次代の“芯”を失った。」
アリアナの中にある契印が、静かに脈動する。
「私に……その力で、国を滅ぼさせようと?」
「違う。王家を倒した後、この国は隣国との協定のもと、再統治される。
だが実質、中心に立つのは“神蛇の巫女”であるお前だ。
我々リース家の血が、再び国を導く。それが――復讐であり、正義だ」
エリアスの声は震えていない。
それは決意というより、信仰に近い“確信”だった。
アリアナは静かに立ち上がる。
左腕の契印が、淡い光を放つ。
「……わかった。私が“力”を持つ理由が。
でも、私は――あなたの復讐のために生きたくない」
父の目がわずかに揺れる。
「……私は、私のためにこの力を使う。
愛した人を通じて手に入れた力。
裏切られ、傷ついて、それでも得た“私の証”だから」
エリアスは口を閉ざし、しばらく黙った。
やがて――小さく、笑った。
「……ならば、それもまた“血の選択”だ」
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アリアナは、再び神蛇の声を聞く。
『我が巫女よ、汝の意志を祝福しよう。』
かつて封じられた血が、いま世界の理を変えようとしていた。