第16話
王都から三日かけて、アリアナはやっとリース男爵領の館へたどり着いた。
馬車から降りると、母がすぐに駆け寄り、ぎゅっと彼女を抱きしめた。
「おかえり、アリアナ……! 無事で、本当に良かった……」
父は何も言わず、ただ娘の頭に手を置いた。
弟のレオンは、少し大人びた顔でそばに立っていた。
そして、母がそっと囁いた。
「……まだ、思い出していないのね。あなたの本当の“使命”を」
アリアナは目を瞬かせた。
「……どういう意味?」
母は微笑む。
「いずれ、わかるわ。……今日、行きましょう。あの場所へ」
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午後。
アリアナは両親と弟とともに、領地の外れにある“忘れられた神殿跡”へと足を踏み入れた。
古びた石の列柱。
壁面をうねるように飾る、蛇の彫刻。
地面には苔が生い茂り、だが神殿の中心だけは、不思議と風が止まり、静寂に包まれていた。
アリアナが一歩、足を踏み入れる。
――その瞬間、世界が反転した。
頭の奥に稲妻のような閃光。
視界が白く染まり、息ができなくなる。
そして、あふれ出した“記憶”。
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黒い蛇の神像。
それに祈りを捧げる幼き日の自分。
母の手を取り、“契りの言葉”を唱えていた。
「この身をもって、神蛇の眼となり、血となり、契りの器となることを誓います」
――そう、私は“選ばれていた”。
神蛇の契約巫女。
王族に仕え、時に王家を守り、時に滅ぼす力を持つ者。
そして何より――“神蛇の呪力を媒介できる唯一の血筋”。
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アリアナは、膝をついた。
「……ああ、そうだった……全部、私が……」
左腕が灼けるように熱くなる。
包帯の下――
神蛇の契印が、再び動き出していた。
そして、その奥から“声”が聞こえた。
――「ようやく、目覚めたな。わが巫女よ」
アリアナの瞳に、深い金の光が差し込む。
(……これは、呪いじゃない)
これは“力”だ。
王子と関わり、彼の魔力と呪いを通して神蛇の核が目覚めた。
愛したあの人の裏切りすら、私に“力”を与える糧だった。
(ありがとう、レオ様。あなたのおかげで――)
私は、“真の目”を手に入れた。
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家族は黙ってアリアナを見守っていた。
「……ようやく、思い出してくれたのね」
父が、静かに言う。
アリアナは立ち上がる。
左腕の包帯を、ひとつ、外した。
そこに浮かぶ金と黒の紋様――神蛇の眼。
それは、もはや“呪い”ではない。
世界の真理と恐怖を宿す、“目覚めの証”だった。